32.非日常における解放感は抜群
それなりに魚が捕れたので、私たちはそこで早めの夕食を取ることにした。この辺りは比較的開けていて、野宿にもよさそうだったからだ。
あと魚捕り組が予想外に盛り上がってしまって、結構時間を食ってしまったのも大きい。その点については済みませんでした。
今日の夕食のメニューは焼き魚と携帯食。魚のおかげで手持ちの食糧を節約できるのは大きい。明日は森を歩きながら食べられそうな草とか実とかを探すのもありかもしれない。さすがに連日魚捕りは時間のロスが大きすぎるので無理だろうし。あとキノコは絶対NGだ。……いや待てよ、鑑定できるかもしれないな? 見かけたら試してみよう。
私たち異世界組が手分けして魚を手ごろな棒に通し、塩をまぶしてから焚き火の周りに立てていく。じっくりと遠火で焼いていくといい具合に焼けるのだ。
時々魚の向きを変えながら待っていると、じきになじみのあるおいしそうなにおいが辺りに漂う。水遊びの後なのでお腹も空いているし、焼けるのが待ち遠しい。
そうやって私とサクヤはわくわくしながら魚を焼いていたし、シロカさんはあまり表情を変えていなかったが、その口元にはかすかに笑みを浮かべていた。
一方、私たち三人以外のみんなはまたもやちょっと引いている。まあ、見慣れなかったら焼き魚って結構見た目がグロテスクかも。けれどみんなのそんな姿を見ていると、なんだか初めてキャンプに来た子供を見ているようで、ちょっと微笑ましい。
魚が焼けたのを見計らって回収し、棒が刺さったままのそれを皿の上に並べていく。やっぱりお腹が空いていたらしいサクヤが、両手で棒を持って丸ごとかぶりついた。シロカさんはお行儀よくフォークで身をほぐしながら器用に食べている。
どうしようかなと一瞬迷ったけど、私もそのまま丸かじりすることにした。みんなの視線をものすごく感じるけどあえて無視する。一口かじるとあったかい魚の味が口いっぱいに広がった。うん、とってもおいしい。
黙々と美味しそうに食べている私たちの様子を、みんなは遠巻きにして観察していたようだった。なんか怖いもの見たさって感じにも見える。
少しして、好奇心を抑えられなくなったらしいレンがそろそろと近づいてきた。私たちの顔を順に見まわしてから、意を決したように一口食べる。すると彼は次の瞬間驚いた顔になり、勢いよく食べ始めた。それを見て、他のみんなもそろそろと近づいてくる。
しかしヒマリはまだ明らかに戸惑っていた。頭がついてると駄目な子、私たちの世界にも時々いたなあ。
私はさっさと自分の分をあらかた食べ終わって携帯食に手を付けようとしているサクヤを小突くと、小声でささやいた。
(ちょっと、ヒマリちゃんが困ってるし、助けてあげなよ。頭と尻尾と背骨取ってあげればいいだけだからさ)
(えっ、なんで俺?)
(あんたもう食べ終わってるでしょ、それに魚のばらし方なんてみんな知らないわよ。ついでにみんなに説明してあげれば?)
最後の一言が効いたのか、サクヤは声を上げてみんなを注目させると、ヒマリが恐る恐る捧げ持っている皿に手を添えて、実際に魚を解体しながらみんなに魚の食べ方のこつを説明し始めた。魚捕りの説明を始めたときといい、単純な奴だ。
偶然ながらもサクヤの手に触れることに成功したヒマリは感激で顔を真っ赤にしている。彼女もいつも中々報われない努力を続けているんだし、これくらいの役得があってもいいだろう。
そうやって波乱含みの夕食が終わった後、私たちは野宿の準備を始めた。といっても焚き火を囲むように寝袋を置いてそこで寝て、二人一組で順に見張りをするだけの簡単なものだ。
見張りの組み分けについては戦力を考慮して、ヨウとシロカさん、ミヅキとヒマリ、私とマサキ、カイとレン、サクヤとレイトという組み合わせになった。ちょっと珍しい組み合わせがいくつかできている。
見張りの順番が来るまでしっかり寝ておこうと寝袋に潜り込むと、秒で寝落ちできた。今日やったことと言ったら山歩きと水遊びだけなんだけど、思ったよりは疲れていたらしい。
「あの、起きてください」
耳元でヒマリのささやき声がする。どうして彼女はこんなに声を潜めているんだろう?
そう思ったとき目が覚め、自分の状況を思い出した。ああそうだ、見張りの交代の時間がきたんだな。
他のみんなを起こさないように静かに身を起こすと、私と一緒に見張りをする予定のマサキは既に起きていて、笑いながらこちらに向かって小さく手を振っていた。私を起こしたヒマリとミヅキは、もう寝袋に潜り込み始めている。おやすみ、と小声で呼びかけると、二人も小声で言葉を返し、横になった。
私は寝袋から抜け出して、マサキと二人で見張りを始める。交代は一時間半後。それまで二人きりだ。
しばらくは二人とも無言で見張りを続けていた。焚き火のはぜる音だけが静かに響いている。けれどやがて退屈したらしいマサキが、小声で話しかけてきた。
「アイラちゃん、暇だしちょっと話さない?」
「でも今見張り中ですよ」
「いーのいーの。マーキノイドの連中に気配を消すなんて芸当できないし、小声でなら見張りに支障は出ないよ」
未確認の大型で消音機能付きのやつとかが出てくる可能性あるよねーとも思ったが、指摘しないことにした。うかつに口にしたらほんとに出てきそうな気がして怖い。マーキノイド引き寄せ機能付きの人間が三人もいるしね。
私の沈黙を肯定と受けとったのか、マサキが楽しそうに話し始めた。
「今俺たちさあ、位置すらちゃんと分かってないT1に向かってるんだよな。しかもばらばらの拠点の人間の寄せ集めでさ」
あ、たぶんこれ語り始めるやつだ。合宿とか修学旅行とかで夜中に語り合ってるうちに、普段なら絶対やらない熱い自分語りしちゃうやつだ。
「俺、T8とその近所の拠点くらいしか知らなくてさ、毎日おんなじような生活を続けてたんだよね。適当にマーキノイド狩って、そのうち誰かと結婚して子供作って。体力に不安が出てきたら戦闘部隊引退して、俺でもできそうな輸送部隊か物資管理班あたりに異動して。そんな風に考えてたんだ。ずっと先まで予想できちゃうって、何にも面白くないよね」
か、語ってる語ってるー! こういう時は下手に水を差さずに、本人が語り終えるまでそっとしておくのが一番傷が浅くて済む。幸い聞いてるのは私だけだし、後日蒸し返したりしなければいいだけの話だ。
「ところが、アイラちゃんたちが来てそんな生活が急に変わった。兵器の話に巻き込まれるしさ、あちこちの拠点を移動することにもなったし。そして今は生まれて初めて見る森の中で野宿なんてことになってる。君たちのおかげで毎日楽しいよ、ありがとう」
そういって笑うマサキは、いつものチャラさが鳴りを潜めていて、不思議に透明な笑顔を浮かべていた。こらマサキ、そういう顔はシロカさんに見せなさい。私に見せてもギャップ萌えの無駄撃ちです。
「……私たちは思ったままに動いただけですから、気にしないでください。それに、これからも同じように好き勝手に動いて、たぶんもっと色々なことが変わっていくと思います」
答えに困った私がぼんやりとそう答えると、マサキがいつものようににやりと笑って聞いてきた。どうやら自分でも語りすぎたという自覚があるらしく、いつも以上にチャラい笑顔を作っている。
「そういえば、そろそろ兵器は完成しそう? 見た感じ、あんたの気持ちもそろそろ決まってきているような気がするんだけどさ」
「ご想像にお任せします」
ここでうっかり隙を見せたらまたいじられかねない。私の気持ちが決まってきているように見えるっていうのがどういうことなのか気になるけど、うっかり聞いたらやぶへびになりかねない。
私はそのまま会話を打ち切って、はぜる火の音に耳を澄ませていた。
次の日は寄り道も水遊びもせず、ひたすらに歩き続けた。時々小さな崖に行き当たることもあったけど、がれきを超えるのと同じ要領であっさりと越えられた。
前日と同じように交代で見張りをしながら野宿をし、その次の日もどんどん歩く。
そして昼頃、私たちの目の前には大きな湖が広がっていた。湖畔の一部がわずかに開けていて、丈の低い木々の合間に複数の建物が並んでいるのが見える。
私たちは、ついにT1にたどり着いた。




