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2.世界観をつかもうぜ

 私は新しく表示された「LOVE度」なる謎のパラメータを見ながら、しばし呆然とするしかなかった。


 いやふつう驚くでしょ、ディストピア? ポストアポカリプス? そんな感じのいっぺん世界が滅んじゃったんだよね系の世界に来ちゃったみたいだ、硬派な世界だーとか思ってたのに、そんな世界に似合わない浮かれた名前のパラメータがいきなり出てきたら。


 LOVE度のところに今のところ表示されている名前はカイとレイトだけで、二人とも数値は低い。そりゃそうだ、まだ初対面なわけだし。


 きっとこれから彼らと交流を深めていくことでLOVE度を上げられるのだろう。ただこれ、うかつに上げていいものなのか? 適当に上げると二股とかにならないか? そして上げると何かいいことがあるのか? 二人に出会ったことで名前が表示されるようになったということは、これからまた表示が増えていくんじゃないか?


 不明な点が多すぎるので、これはいったんスルーしておこう。この世界に慣れてからぼちぼち検討していけばいいや。






「さあついたよ、ここが僕たちの拠点だ」


 そう言ってレイトが腕を広げて示したのは、元オフィス街だったらしい数棟の廃ビルの集まりだった。


 ビルの集まりを囲むようにコンクリートの高いバリケードが築かれていて、一か所だけ出入り口が設けられている。その前には迷彩服の男性が二人、見張り番をしていた。


 カイが見張り番に声をかけ、三人一緒にバリケードの中に入った。よく見ると、ビルの向こうに背の低い別の建物もちらほら見えている。このバリケードの中は、外から見るよりもかなり広いらしい。




 物珍しさにきょろきょろしている私の横で、二人が担いできた機械もどきを地面に下ろした。すると、ビルの物陰で何かいじっていたらしいつなぎ姿の三人組が、私たちに気づいたのかこちらに駆けてくる。


 彼らは見事にばらばらな三人組だった。細身で気難しそうな職人風の中年オヤジ、無駄にセクシーでつなぎの胸元がきつそうなお姉さん、そして私と同じくらいの年代の落ち着きのない男子。


 彼らはそれぞれゲンタ、リカ、ショウと名乗った。正確にはゲンタさんは自分で名乗る気がなかったのでリカお姉さまが「仕方ないわねえ」などと言いながら教えてくれたのだ。


 三人はカイとレイトが運んできた四体の機械もどきを突っつきまわして調べている。あれか、倒したモンスターの素材を回収しようとしているのか。耳を澄ましていると彼らはポーンがどうとかこうとか言っている。ポーンって、この機械もどきのことかな。


 その時ふと気がついた。これって「鑑定」できたりしないかな? さっきは隠れてみたら「ハイディング」が自動で発動していた。だったらそれっぽい行動をとればいけるかもしれない。


 私は三人に混ざって機械もどきを観察してみた。するとすぐに目の前に半透明のウィンドウが現れる。


『ポーン・アルファ:ポーン種の最も一般的な個体』

『ポーン・べータ:ポーン種の進化型』


 簡単な説明文が表示されている。目の前のポーンが二種いることだけは分かった。でも何がどう違うのか、いくら見ても分からなかったので三人に聞いてみる。


「あの、このポーンのベータって、アルファとどう違うんでしょうか」


 私がベータと表示された一匹を指さしながらそう言うと、全員凍り付いた。三人は口をぽかんと開けて固まっているし、後ろで見ているカイとレイトも驚いた顔をしている。あれ、私何かまずいこと言いました?


 次の瞬間、三人が一斉に私に話しかけてきた。


「あらあ本当ね、これベータだったのねえ。言われるまで気づかなかったわあ。ポーン種を見分けるのは難しいのに、よく分かったわねえ」


「俺、全然分からなかった……」


「安心しろショウ、俺も見落としてたよ。お手柄だアイラ」


 ゲンタが私の肩をぽんと叩くと、三人が喜び勇んでドライバーやペンチを手にポーンを解体していく。あっという間に四体のポーンがばらばらになって、中からきれいな何かの結晶っぽいものが出てきた。ベータのものが明らかに一回り大きい。


「ベータの解体はアルファより難しいらしい。アルファと同じように解体すると、エネルギー晶石が壊れてしまうんだそうだ」


 三人の邪魔をしないようにカイが小声で説明してくれた。エネルギー晶石。また新しい単語が出てきたぞ。でもそれってきっとあのきれいな結晶のことだろうし、だったらあれを「鑑定」すれば。


『エネルギー晶石:マーキノイドの体内に存在する純粋なエネルギーの結晶。少量で莫大な量のエネルギーを生み出す』


 辞書あるある。一つ単語を調べるとさらに謎の単語が増えていく現象。まずマーキノイドって何なんだ。試してはみたがウィンドウ内の単語には「鑑定」は使えないらしい。うーん、あのポーンってのがマーキノイドの一種なのは間違いないんだろうけど。


 だったら誰かに聞くしかないんだろうけど……この「マーキノイド」って、きっとこの世界では常識的な単語なんだろうという予感がする。普通に聞くと確実に「頭大丈夫か」という反応が返ってくる気がする。


 仕方ない、ここは定番の記憶喪失ってことにしよう。それなら色々聞きだしても不自然ではない。まあ、今はそういう話をするタイミングではなさそうだし、また後で折を見て。


 そう考えていたら、カイとレイトがエネルギー晶石を二つばかり受け取って一棟のビルに向かい始めた。レイトが笑顔で手招きしている。私はまだ解体を続けている三人にぺこりと頭を下げて、二人の後を追う。




 ビルの中は、外見から想像していたよりはかなりまともだった。数は少なめではあるがちゃんと電灯がついているし、少し砂ぼこりが入り込んでいるものの掃除も行き届いている。大きく壊れているところもないし、よく整理されている。ちょいぼろめの普通のビルといった感じだ。


 二人を追いかけるようにして非常階段らしい階段で二階に上がると、そこでは普通に人が生活しているようだった。あちこちの部屋から大きな人の声が聞こえてきてとてもにぎやかだ。子供が走り回っているのも見える。きっとここは、集合住宅として使われてるのかもしれない。


 カイとレイトはさらに階段を上る。ちょっと待って、この高さのビルを徒歩で上るのきつい。こんな目に合うのなら体育の授業さぼるんじゃなかったよ。


 上の階に行くにつれて辺りの雰囲気が落ち着いてきた。人の話し声はしているけど、もっと静かだ。廊下を歩いているのは働き盛りの男性がほとんどで、手にタブレットや書類を下げている人も多い。もしかして、この辺は頭脳労働者中心のフロアなのかな。


 必死で足を動かして十階までたどり着いた。ここでようやく彼らは階段を上るのをやめ、すぐ近くの部屋に足を運んでいた。




 その部屋には、よく分からない機械がみっちりと詰め込まれていた。ここにある機械もごちゃごちゃしてはいるが、あのポーンとかいうのとは違って何か秩序のようなものを感じるごちゃごちゃさだ。部屋の入り口には「通信室」と書いてあった。


 二人は壁際にある機械に近づいた。それは洗濯機に似ていたけれど、あちこちに大量のコードが繋がれていた。二人はその洗濯機もどきの蓋をあけると、その中にエネルギー晶石を無造作に放り込んだ。


「これで今日の仕事は終わり。アイラちゃんもお疲れさま」


「通信機はそっちだ。君が所属する拠点に連絡を取ればいい」


 カイが洗濯機もどきの二つ隣の機械を指した。大きな薄型テレビと冷蔵庫を合体させたような姿をしていて、横になぜかレジの読み取り機みたいなのがぶら下がっている。


 あ、これ使い方全く分からんわ。今こそ秘奥義「私記憶喪失なんですう」を使うとき!


「あの、実は私、記憶があちこちないみたいなんです。これの使い方が分からなくて」


「……もしかしてそれって記憶喪失!? ああ、それは心細かったよね」


 私の言葉に衝撃を受けたらしいレイトが勢いよく近づいてきた。がっしりとした手で私の両肩をしっかりとつかんでいる。


 その拍子に、彼のサングラスがずれて目が見えていた。淡いブルーの瞳だ。彫りも深くてハーフっぽい。レイトの肩越しにややあきれた顔のカイが見えた。あきれてないで助けてほしい。


 幸い、レイトはすぐに私を解放してくれた。と思ったら彼は、何を考えているのか私の首元のボタンを外し始めた。


 ちょっと待てやこの大胆な痴漢、と思いながら後ずさりして彼の手を払うと、レイトが戸惑ったような顔になる。いや普通はこういう反応するでしょうが、なぜそこで戸惑うのか。


 お互いに困惑しながら見つめあう私とレイト。そこに救いの手を差し伸べたのはカイだった。


「レイト、記憶がないのなら登録印のことも忘れてるんじゃないのか。それでいきなり服に手をかけられたら驚くだろう。アイラ、俺たちはある程度の年齢になったらセンターに行って登録印を刻む。通信機を使う際の個体認証に必要だからな」


 カイは自分の迷彩服の首元を引っ張った。左の首筋の下の方に小さなタトゥーのようなものが見えた。私の目の前でレイトが同じように首元を見せてくる。やはり左の首筋にタトゥーがある。銀色の細かな線で何かの模様が描かれているもので、中々おしゃれだ。


 私も自分で首元のボタンをはずす。もしもタトゥーがあるとしたらこの辺りだろうか。自分では見えないのでレイトに見てもらった。


「カイ、この子未登録だよ。戦える年で未登録って珍しいね」


「そうか。だったら今度センターに連れていくか。マーキノイド狩りのついでにでも」


 またマーキノイドという単語が出てきた。今が聞くチャンスだろう。


「あの、マーキノイドって一体なんですか? さっきのポーンとかいうのがマーキノイドの一種っていうのは分かるんですが」


 今度こそ二人は絶句していた。



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