12.注目されたいやつの気が知れない
T21の出入り口から中に入ると、たまたま近くにいた人たちがこちらを見た。それだけならいつもの通りなのだが、今回は違った。
みんなこっちを見て固まっている。その目線の先にはビショップ・アルファの残骸。
「なあ、それ何だ? えらく大きいが……」
「ビショップ・アルファらしい」
カイがずばりと言い放つと、周囲の人たちがみんな黙った。耳を疑っている様子だ。彼らはカイの顔とビショップ・アルファの残骸を交互に見ている。
ようやく言葉の意味を理解したのか、彼らは一気に騒ぎ始めた。騒ぎを聞きつけて周囲からさらに人が集まってくる。みんなビショップ・アルファの残骸を囲んで大騒ぎだ。ちょっとキャンプファイアーみたいになっている。
「俺、『兵器の人』なんだけどなあ……」
予想外に注目されなかったサクヤが人垣の外でしょんぼりしている。ミヅキとヒマリが一生懸命そんな彼を慰めていた。やっぱり愛されてるなあモテ男。
大騒ぎがぼちぼち落ち着いたところで、私たちはビショップ・アルファの残骸を技術班のところに持ち込んだ。
「アイラちゃん、無事でよかったわあ。ああ、カイとレイトは当然無事よね。そしてそちらの方々はどなた?」
サクヤたちに初めて気が付いたのはリカお姉さまだった。それだけみんなビショップ・アルファの方に気を取られてしまっていたのだ。やっと自分の話題になった! と喜び勇んだサクヤが張り切って自己紹介する。
「俺はサクヤ、T19から来ました。ここでは『兵器の人』と呼ばれているらしいです! こっちはミヅキとヒマリ、俺の相棒です」
ミヅキとヒマリも頭を下げた。二人ともちょっと頬を赤くしている。相棒って言われたのがそんなに嬉しかったのか。サクヤのやつ、モテ男改めタラシ野郎で決定だな。
一方のリカお姉さまは「そう」とだけ言ってサクヤを色っぽい目つきでじーっと見つめていたが、やがて興味をなくしたように目線をそらし、今度はビショップ・アルファを熱心に凝視し始めた。
サクヤはもうちょっと何か反応がもらえると思っていたらしく、肩透かしを食らったような顔でぽかんとしていた。見かねたショウが声をかける。
「あ、あなたが『兵器の人』ですか。アイラさんたちから聞いてるとは思いますけど、T21はあなたの噂で持ち切りだったんですよ。ねえゲンタさん」
「まあ非現実的な噂がやたらと飛び交ってたな。こうして本人を見てみると思ったより普通だとしか思わんが。それより今はビショップの野郎だ」
ショウのフォローもむなしく、みんなの目線はまたビショップ・アルファに注がれてしまった。サクヤが小声で「なんでこのタイミングでレア敵狩っちゃったかなあ……」とぼやいているが聞かなかったことにしよう。この惨状は私ではフォローできない。
気を取り直してみんなの会話に混ざる。技術班は実際に戦ったメンバーから特徴を聞き出し、データベースに記載している。なんせ名前くらいしか知られていないレア敵だし、今回戦った時の情報はとても重要なものなのだ。
そして当然の流れとして、初見でこいつの名前と特徴を言い当てた私の話になってしまった。技術班の目線がいっせいに私に集まる。うわ、こっち見ないで恥ずかしい。
「ああアイラちゃん……あなたそんな特技があったのねえ……素敵だわ」
感極まった表情のリカお姉さまが全力で抱きしめてくる。豊満な胸に顔をうずめる羽目になった私は、おとなしくされるがままになっていた。下手に抵抗するとさらに思いっきり抱きしめられそうだったし。
「リカさん、ひとまず彼女を解放してもらえますか。話が進まないので」
カイがそう言って私を助けてくれた。ありがとうカイ、あのままだとそのうち違う世界に目覚めそうで危なかった。すっごく柔らかくていい匂いだったんだ。
私はそれから聞かれるままにビショップ・アルファについて説明していった。といっても鑑定で出てきた文章をそのまま読み上げただけなんだけどね。
あと、もしかしてと思ってビショップ・アルファの残骸を改めて鑑定してみたら、エネルギー晶石のある場所の情報が追加で出てきた。なのでそのまま伝えたらめちゃくちゃ感謝されてしまった。
そうやって私がちやほやされていると、すみっこですねているサクヤがどんどんいじけていった。必死でフォローしているミヅキとヒマリも手を焼いているように見える。
あいつ、後で居住フロアに放り出そう。居住フロアのおばちゃんたちはきっとビショップ・アルファよりも兵器の人の方に興味を持っているだろうし。娯楽に飢えたおばちゃんたちの恐ろしさを思い知るがいい。
そうしてビショップ・アルファについての説明が終わり、いったん解散することになった。私はサクヤたちを居住フロアに案内してから、また技術班のところに戻ってきた。
居住フロアを去るときにおばちゃんたちの黄色い声が響きまくっていたのが印象的だった。がんばれタラシ野郎。骨は拾ってやる。
「あれ、アイラさんどうしたんですか?」
技術班はビショップ・アルファの解体に忙しいらしく、一番下っ端のショウが応対してくれた。
「ハンドガンをもっと改造して欲しくて。ビショップ・アルファと戦ってる時に力不足を感じたの」
「はい、だったらどうします?」
「精度をさらに上げて、できれば威力ももう少し欲しいかも。連射力は要らないかな」
「了解です。一発狙いに特化するんですね」
「うん。近づいてマーキノイドの攻撃をかわしながら、隙をついて弱点を狙っていきたいなって」
「ああ、アイラさん弱点が分かるんでしたよね。だったらそれがいいと思いますよ、俺も」
「それで、何日くらいかかります?」
「うーん、精度上げるだけなら二、三日ですね。威力については俺の新型弾丸を使えばちょっとは補えると思いますけど。銃自体の威力を上げるならさらに三、四日かかるかなあ」
「分かった、じゃあまず精度を上げるのを優先で」
「何か急ぎの用でも?」
ショウがハンドガンを受け取りながら尋ねてくる。急ぎといえば急ぎかもしれない。たぶんサクヤはここで一泊したらさっさとT8を目指そうとするだろう。
私ももちろんそちらに向かいたいが、武器が不十分な状態で遠出はしたくない。なんせ、T8まではここから他の拠点を二つ経由して、だいたい二泊三日の行程になるらしいし。
このタイミングで勝手にハンドガン強化してんじゃねーよ、とサクヤに言われそうだったが、後でなんとか言いくるめよう。
「急ぎ……かもしれない。サクヤがこれからT8に向かうのに、私も同行したいなって思ってるから」
「T8って、また遠いですねえ。だったら予備として試作の武器いくつか持っていきませんか? サクヤさんたちの分も用意しておきますよ」
「お願いしていい? また明日サクヤたちを連れてくるから」
「はーいお願いされました! それではまた!」
私は技術班のところを後にし、また居住フロアに戻った。そろそろサクヤの様子を見てみようと思ったのだ。
予想に反して、いやある意味予想通り、サクヤのやつはおばちゃんたちに囲まれてにこにこしていた。めちゃくちゃちやほやされている。良かったな。両隣のミヅキとヒマリはかなり困った顔をしているけれど。
私はずかずかとサクヤに近づき、さっきのショウとのやり取りを話した。
「え、お前このタイミングで武器カスタムに出したの? 二、三日もかかるって?」
「またビショップとか出るかもしれないし、そうなったらあれじゃきついのよ。それに、あんたたちにも試作武器貸してくれるって言ってるし、いいじゃない。それよりあんた、何か忘れてない?」
「俺、何にも忘れてないぜ?」
「私もT8に連れてけって言ったよね?」
「おう。付いてくればいいじゃん」
ここで何かを察したらしいミヅキが冷静に指摘してくれた。ありがたい、こんなところに脳筋サクヤの突っ込み役がいた。
「サクヤ、彼女はあなたと同じ世界の人とはいえ今はT21所属なのだから、ここを離れるにはそれなりの理由があった方がいいと思うわ」
「え、そういうもんだったっけ」
「そういうものよ。アイラさん、あなたはサクヤの護衛ということにすればいいかしら?」
「はい、そうしてもらえますか。あと、できればカイとレイトにも来て欲しいです。まだ本人たちには確認取ってないですけど」
「ああ、あなたたちいい連携だったものね。分かった、あなたたち三人をサクヤの護衛として借りられるようT21の上層部に掛け合っておくわ。サクヤに任せておいたらいつまでたっても話が進まないから、私がやっておく」
「ありがとうございます、ミヅキさん」
ミヅキ、突っ込み役というより敏腕マネージャーって感じだ。サクヤはサッカー部のエースだし、マネージャーに世話焼いてもらうのは慣れてるんだなあ。
そして黙って話を聞いていたヒマリは、私が同行したいといったとたんに顔色が変わったが、カイとレイトも同行させてほしいと言ったらほっとした顔になった。物静かだけど分かりやすい子だ。
ともかく、ミヅキに任せておけば大丈夫だろう。あとはカイとレイトに説明しておけばオッケーだな。事後承諾になっちゃうのはちょっと申し訳ないけど。