天使って何を食べるの?
「マシュマロってさ、外国ではエンゼルフードとも言うらしいよ、知ってた?」
「ふーん……」
彼女の白い指先が弄ぶようにして摘んだマシュマロに、彼の目は釘付けになっている。
指に……粉ついてる……
あぁ、おしろいみたいだ……
指、長いなぁ……ピアノ、やってたもんなぁ……
彼女のスッとした指先、粉ごとぱくんとマシュマロを咥えたそのほんのり桃色のぷっくりした唇をうっとりとながめる彼。
そう、彼は彼女が気になっている。
彼女は多分、それを知らない。
彼と彼女は彼が彼女の三日後に生まれたときからお隣り同士の幼馴染、意識なんてしたことなかった。
ただ隣にいるのが当たり前で。
ずっと自分より大きくて、いじめっ子からも守ってくれていた彼女の首筋が、こんなに細いって彼が気付くまでは。
けれど彼女の方は全くそんなそぶりはなくて、ティーンになった今になっても平気でぴっちりしたショートパンツ姿に裸足でベランダ伝いに彼の部屋に入ってくる。
「うー、あっつい、あつい、なんで私の部屋にはエアコン無いのかな、あー生き返るーやっぱ涼しいのはいいよー」
「ちょっと! いきなり入ってこないでよ!」
「なんでー、どうせ君なんて漫画読んでるかゲームやってるくらいで、見られたら困ることとかしてないでしょ」
「それはそうだけど……」
一事が万事、この調子。
彼の気持ちはふらふらゆらゆら頼りなく風に揺れて、彼女の元まで届かない。
「しりとりしようか」
「えっ……」
ぼんやりと彼女のうなじを見ていて話をよく聞いてなかった彼はまごまごとしてしまうが、彼女はお構いなしだ。
「はいっ! 君から始めて、しりとりスタートぉ、パチパチパチ」
拍手の真似事をする彼女の指には、まだマシュマロの粉がついている。
「え、じゃじゃあ、マシュマロ」
「えー、そこはエンゼルフードでしょ、さっきの話さ、全然聞いてなかったの?」
「そんな、ち、違うよ、ちゃんと聞いてたんだけど……」
いや、かなり気もそぞろだった彼なわけなのだが。
「ま、いいや、じゃあ、ロだからぁロードバイクっと、はい次ね」
「あ、あぁ、クリームシチュー?」
彼女の大好物だ。
「えー、この真夏にーそれー、まぁ、好きだけど、ん? この場合チューなのかな? それともユー?」
チューとすぼんだ彼女の唇に彼はまた釘付けになり、ぼんやりとしている。
「もー! 聞いてるの? チューかユーか! どっちなの!?」
涼しい風がなぜているのに、彼の額からは玉のような汗が噴き出す。
「ど、どっちでもいいよ、ち、ちゅうでもゆーでも……」
「んー、じゃあねぇ、チューリップ!」
チューチューチュー
彼の頭は、彼女のこの言葉でいっぱいになってしまう。
「もー、遅いって、考えすぎー、プのつく言葉いっぱいあるでしょー」
なかなか次の言葉を出さない彼に、彼女はちょっと不機嫌になり唇をきゅっと尖らせた。
「あ、ああごめん、えっとチューじゃなくて……え、あれ、あれ……何だっけ……」
あぁ、顔が熱い……
カッカする……
汗で目が痛いし、滲むし……
彼は噴き出る汗を手の甲で拭う。
「プだってば! アハハ、君ってばぼんやりしすぎだよー」
彼女は彼のそんな様子に、思わず吹き出してしまった。
「あ、そっか、そっか、じゃあ、プルタブ」
「えっ、プルタブってなんだっけ?」
彼女は眉を顰めて首を傾げた。
「缶ジュースの口の開けるとこだよ、そ、そんなことも知らないの!」
彼は思わずマウントをとる。
惚れた弱みもさることながらいつもいつもやられっぱなしの彼にとって、こんなチャンスは滅多にないのだ。
「何よー! ちょっとド忘れしただけじゃない! バカっ!」
彼女は不機嫌そうに、外方を向いてしまった……
ま、マズい……
「バじゃないよ、ブだよ……」
でも、口下手で照れ屋の彼にはこんなことしか言えない。
「ふんだ! 知ってるよ、豚しゃぶ!」
「えー、またブなの?」
「そっちが先に意地悪するからでしょ」
いつの間にか彼女の目は、三日月のにっこり目に戻っている。
彼は心底ほっとして、うーんと考え込んだ。
「不器用……」
自分のことだ。
「嘘つき」
あぁ、そうだ彼女の言う通り、俺は嘘つきだ……
素直に気持ちを伝えたいのに……
「黄色……」
うつむいた彼の声は、消え入りそうなほど小さくなってしまった。
彼女はそんな彼の頭の上で、次の言葉を元気に発する。
「ロマンス」
スだ! 今しかない!
「す、好きだ!」
彼の決死の告白に、彼女はふふっと笑うだけ。
もしかして、俺がどもったからススキだと思われたんじゃ……
彼は勇気を振り絞って、力を込めすぎて真っ白になった拳をもっとぎゅっと握る。
「大好きだ!」
「あれー、まだ君の番じゃないよね? ふふっ、私の勝ち、でも一応ね」
「キス」
彼の唇に当たったのは、柔らかなマシュマロのような彼女の唇……
ではなくて、その唇に挟まれた湿ったマシュマロ。
もぎゅもぎゅごくん
押し込まれたマシュマロを飲み込んで、彼は彼女の横顔を見る。
その白い首筋は、紅のように真っ赤に染まっていた。