006
「このっ、大馬鹿者が!!」
礼拝堂に、フェリン神父の怒鳴り声が響く。
「危険だから街の外へ出てはいけないと、あれほど言ったでしょう! まさか、聞いていなかったとでも? 街の外で何が起きているのか、分からないわけでもないでしょうに!!」
禿げ上がった頭を真っ赤に茹だらせて怒鳴るフェリンの前では、ラクト少年がすっかり竦みあがっている。
「シルフィさんが偶然通りかからなかったら、命は無かったのですよ! 分かっているのですか!?」
フェリン神父の説教は半刻近く続いた。
最後に、もう二度としませんとべそをかきながら謝ったラクトへ、神に誓いなさいと言って彼は聖壇を手で示した。
そこで少年が宣誓するのを見届けてから要約、フェリンは彼を許した。
「まったく。もう二度と、危険なことはしないでくださいね……そもそも、どうして街の外へ出たのですか?」
怒り疲れたように肩を落としながらフェリンが訊くと、ラクトはしゃくりをあげながらそれに答えた。
「さ、サイザシの、実をと、取りに行こうと、おも、て」
「そんなもののために?」
その理由を聞いて、フェリンが呆れたように訊き返す。
サイザシとは、夏に赤い果実をつける木のことだ。
南部では、その辺の林でもよく見かけることができる。
その身は酸っぱく、お世辞にも美味とは言い難い。
だが、かつてはそれも貴重な食糧だった。
今でも夏の味覚として、それなりに愛されてはいる。
とはいえ、命を懸けてまで手に入れたいと思うようなものでは決してない。
そもそも。街の市場に行けばいくらでも手に入るのだから。
そう呆れているフェリンの前で、ラクトの告白は続いていた。
「だ、だって、もうすぐ、な、夏のしゃ、謝霊祭があ、るから」
謝霊祭とは、各季節に一度行われる聖教の祝祭の一つだ。
季節ごとに決められた供物を神に捧げて、その恵みに感謝する儀式である。
確かに、サイザシの実は夏の供物の一つだった。
「それは……信心深いのか、そうでないのか……」
フェリンはなんとも言えない表情をラクトに向けた。
謝霊祭は確かに、聖教の大切な行事の一つではあるが、何も街の外に化け物がうろついているこの状況で供物を取りに行かずとも。
そう思っていると。
「だ、って、しん、ぷ様が、困ってた、から……」
ぐすぐすとしゃくりをあげながら、ラクトが言う。
それに、フェリンは何も言えなくなってしまった。
つまり、自分のためか。
そう気づいたからだった。
謝霊祭で捧げる供物は他人の手によって栽培されたものよりも、自然にあるものの方が良いとされていた。
聖教では、自然こそが神の恵みそのものだと考えられているからだ。
そういえば、数日前。
立て続く呪骸被害のせいで、今年は森の恵みを取りに行けそうもありませんねとラクトに零したことをフェリンは思い出した。
恵みを取りに行けないという事は、謝霊祭を執り行えないという事だ。
しかも、その原因が神の敵である悪魔のせいなのだから、神職者としてこんなに悔しいことはない、と。
そうか。だからこの子は危険を犯してまで。
「……確かに、街のみんなが楽しみにしている謝霊祭を執り行えないのは、教会を預かる身として大変に残念です。けれど、その為にお前が死んでしまっては何の意味もないのですよ……それでも、ありがとうございます」
少し考え込んだ後、フェリンは身を屈めて、泣きじゃくる少年の頭を優しく撫でた。
「さ、もう怒っていませんから。裏の井戸で顔を洗ってきなさい」
そう促すと、少年は涙を拭いながら礼拝堂の奥へと続く扉に向かった。