005
「では、シルフィさん。改めて、この子を助けてくださり、本当にありがとうございました」
疑問を棚上げにしたフェリンは居住まいを正すと、丁寧に腰を折りながら礼を言った。
「いえ。そのような……私に感謝など、不要です。それに、少年が瘴気を吸ってしまったのは私の不手際が原因ですし……彼が助かったのは、主の御慈悲があったからです」
何がそんなに恥ずかしいのだろうか。
彼女はもごもごと口を動かしながら、頑なに謝意を受け取ろうとしない。
その様子に、どうやら他人から感謝されることに慣れていないようだなとフェリンは感じた。
彼は若い頃、伝道のため大陸中を歩き回ったことがある。
当然、様々な人とも接してきた。
人の中にはこうして、誰かから感謝されたり、褒められたりすることに気後れを感じてしまう者がいることを知っていた。
そうした者たちは何故か、心の奥底で自らを罪深い人間だと思い込んでいることが多い。
自分は罰せられるべきであり、他者からの好意を受けるに値しないのだと、自らを貶めているのだ。
無論、人の数だけ生き方があることは重々、承知している。
だが。
もしも、彼女がそういったことで苦しんでいるのなら救ってやりたいと、フェリンはシルフィを見つめながら思った。
余計なお世話だと言われれば、その通りだ。
しかし、神父の仕事など十中八九は要らぬお節介を焼くことにあるのだ。
神への信仰はまず、他者への愛情から生まれる。
主がそうであるように、この地上にある全ての者へ分け隔ての無い愛情を注ぐことこそが真の信仰である。
彼はそう信じていた。
そして、この地上にある全ての者、という中には、自分自身さえも含まれるのだ。
自らを愛することのできない者に、誰かを愛することなどできない。
それがこれまでの人生経験から導きだした、信仰に対する彼の答えであり、それを説くことこそが自分の使命だと思っていた。
何よりも。赦されない罪など、この世にはないのだから。
「まさに、この子が助かったのは神の御慈悲があったからでしょう」
フェリンは慎重に言葉を選びながら、シルフィに声を掛けた。
こういう場合、無理に押し付けるような言葉はかえって逆効果になる。
人間というのは面倒なもので、どれだけ素直な者であろうと、押せば押すほど意固地になってしまうものなのだ。
「しかし、そうであるならば今回、この子にとって貴女は主の御使いということになりはしませんか? 御使いへの感謝は、主への感謝そのもの。やはり、主に感謝するように、私は貴女に感謝しますよ」
極めて迂遠な言い回しではあるが、これでどうだろうかと神父はシルフィの表情を盗み見た。
しかし。
「そうであるならば、なおさら、私への感謝など不要です」
シルフィはむしろ、先ほどよりも拒絶の意思を露わにそう応じた。
あまりにも頑ななその態度に、フェリンが困ったように頭を撫でる。
その時だった。
「あれ? 神父様?」
目を覚ましたラクトが、きょとんとした声で彼を呼んだ。