002
ひゅうひゅうと喉を鳴らしながら、ラクト少年は走り続けた。
あと少し。あと少しで、街の城壁が見えてくるはずだ。
そうすれば、聖堂騎士に助けを求めることができる。
そう自分を鼓舞し続けるが、吸っても、吸ってもまるで息が足りない。
肺に穴が空いてしまったような気分だった。
頬を濡らしているのが汗なのか、涙なのか。
もはや、自分でも判断がつかない。
それでも足を止めるわけにはいかなかった。
ドスドスと、杭のような足で地面を縫い付けるようにラクトを追うハサミムカデは疲れることを知らないのか。
その速度はまるで衰える様子もない。
どうして、あんなに沢山ある足を縺れさせずに、これほど素早く動けるのだろうか。
そんなどうでもよいことを考えたところで、逆にラクトの足が縺れてしまった。
「――っ!!」
しまったと思っても、もう遅い。
ハサミムカデが、その瞬間を待ちわびていたかのように顎を突き出した。
ギザギザの、切れ味の悪いナイフのようなハサミがラクトの足を掠める。
痛みに声をあげる余裕すらなく、少年は地面に飛び込むようにして転がった。
二転、三転してから、慌てて身体を起こす。
大きなムカデがハサミをガチン、ガチンと鳴らしながら迫ってくる。
蛇のように頭部を持ち上げた巨大ハサミムカデを見上げながら、ラクトは尻もちをついたまま後ずさった。
「か、神様……」
その口から、縋るような声が漏れる。
ハサミムカデの赤い複眼がかっと燃え上がった。
「助けて……神様!!」
目前に迫った死から目を逸らすように、彼は両目をきつく閉じた。
そして、顔の前で両手を組んで祈る。
ごめんなさい。ごめんなさい。
神父様の言いつけを守らず、勝手に街の外へ出てごめんなさい。
もう二度としません。これからはちゃんと言うことを聞きます。
朝晩のお祈りも欠かしません。
だから、だから、どうか――
必死にそう祈って、小さく聖句を呟く。
そして、天を仰ぐように顔をあげて、目を開ける。
「あ」
出たのは、そんな間抜けな声。
そこに天は無かった。
あったのは、ぽっかりと空いた底なしの闇。
それが巨大ムカデの口腔で、これから自分を丸のみにしようとしているのだとラクトは悟った。
もう駄目だ。
全てを諦めたように目を瞑る。
どうして。どうして。こんなに祈っているのに。
いつも僕らを見守ってくださっているんじゃないんですか、神様。
そんな恨み言のようなことを考えた、直後。
「――下がれ、主の敵よ」
真っ暗なラクトの世界に、凛とした声が響いた。