モノローグ
魔王の哄笑が響く最中。
これで良いのだと、彼女は言った。
良いわけがないと、少女は泣いた。
周囲は惨憺たる地獄であった。
燃え上がる街に照らされた夜空は、煉獄のように紅く染まっている。
赤くぬかるんだ地面は数多の亡骸で満ち、そのどれもが無残なものだった。
そんな地獄の真っただ中で、
全身から身の毛もよだつような瘴気を立ち昇らせて、彼女は立っていた。
足元には少女が一人。
良いわけがない、と。少女がもう一度叫んだ。
私のために。
私なんかのために。
あんなに大好きだった神様を裏切って。
そんなものにまで、成り果てて。
嘆くように。責めるように。
少女が泣き叫ぶ。
貴女のために、こうなったのではありません。
私が弱かったのがいけないのです。
私が最後まで、主を信じ切れなかったのがいけないのです。
だから、きっと。主が私をお見捨てになったのは、当然のことなのです。
淡々と。血を吐くように、彼女は言った。
それは違うと、少女が顔をあげる。
その時、少し離れた場所で燃えていた民家が音をたてて崩れ落ちた。
舞い上がる火の粉の中から、剥き出しの、山羊の頭骨のような頭を持つ異形が現れる。
見上げるような大きさのそれは、上半身は人間のものだが、毛に覆われた下半身からは蹄のある足が四本生えていた。
ちょうど、山羊の首から上を人間の上半身に挿げ替えたような姿だ。
太い腕に、ボロボロに刃毀れした鉈のようなものを握っている。
暗く、ぽっかりと空いた眼窩には不吉に輝く、紅い妖光が宿っていた。
この地獄の中で、未だ生き残っていた二人を見つけた異形が、殺意の咆哮とともに鉈を振りかぶる。
少女が小さく、悲鳴を漏らした。
そんな少女を守るように、彼女は異形へ向けて一歩進み出る。
悪夢のような怪物を前にしてなお、臆することもなく。
迎え撃つように剣を構えた彼女を、異形が紅く燃える瞳で睨みつける。
再び、異形が咆哮した。
そして、彼女めがけて突進を始める。
彼女は応じるように、腰を屈めた。
瘴気が濃くなった。
駄目。
そんな言葉が、少女の口を突いて出る。
大丈夫です。
彼女は振り返りもせずに答えた。
私の事は忘れてください。
これまで通り、主を信じて、教えを守り、民に尽くしてください。
どうか。
怪物が突進の勢いそのままに振りかぶった鉈を、彼女へ叩きつける直前。
あろうことか、彼女は少女に振り返った。
そこに浮かんでいたのは、柔らかな笑み。
こんな地獄の真っただ中だというのに、天使のように微笑みながら。
どうか貴女に、神の御加護がありますように。
祈るように、願うように。
少女へ祝福の言葉を口にした彼女は、迫りくる異形へ向けて無造作に剣を振るった。
魔王の哄笑は止むことが無かった。