トイレの花子さん
「トイレの花子さんに会ったことでございますか?」
花廻り屋さんはタバコをくわえる。マッチを探しているようだが、この部屋の汚れ具合からマッチ箱を見つけることは困難だろう。僕はライターで花廻り屋さんのタバコに火をつけた。花廻り屋さんは、二、三口タバコを吸った後、答える。
「会ったことはございませんねぇ。とてもシャイな方でございますからねぇ」
「そうなんですか。花廻り屋さんなら、会ったことくらいありそうだと思ったんですけど、残念です」
「私にも未知のジャンルはございます。ところで、君はいつから幼女好きになったのですか?」
「僕は年上の女性が好きですよ。まぁ、学校のトイレに居るという花子さんは幼女かもしれませんが、花子さんが初めて噂として確認されたのは、一九四八年のころだそうです。そう考えますと、花子さんはおばあちゃんじゃないでしょうか?」
「まぁ、本当に君は可愛くない。」
花廻り屋さんは、灰皿に灰を落とす。少し思案した後、口を開いた。
「トイレにまつわる怪談は日本中にございます。たとえば、栃木県の大中寺の七不思議には『開かずの雪隠』という話がございます」
「大平山の七不思議ですね。詳しくはしりませんが」
「戦国時代。戦に敗れた晃石太郎の妻が雪隠、つまりトイレで自害し、その妻の生首が夜な夜なでるという話でございます。トイレにまつわる怪談はまだまだございますよ」
僕は「ふむ」とだけ答えた。花廻り屋さんは、タバコを二、三回ふかす。灰皿でもみ消しごろんと横に寝ころんだ。着物の隙間から見える白い生足にドキッとする。
「たとえば、トイレおやじというのが北海道の学校の怪談にございますね。あと、トイレ小僧が兵庫県でございましたかな。トイレ小僧は一九四五年。終戦の年にはすでに語られていた怪談でございます。詳しくお話いたしましょうか?」
「いや、花子さんから遠くなってしまうので、今回はいいです」
花廻り屋さんはつまらなそうに鼻を鳴らす。僕にうちわを投げてよこした。扇げということらしい。僕はうちわで花廻り屋さんを扇ぐ。
「トイレの花子さんといえば、花子さんの召喚方法はご存じでございますか?」
「学校の三階のトイレ、三番目の個室を三回叩き、『花子さん、遊びましょう』と言うのがもっともポピュラーですね」
「そうでございますね。この際、百点の答案用紙を持って行ったり、ブサイクだと花子さんには会えないという話もございます。逆にゼロ点や美形だとあの世に連れていかれてしまうという話もございますね」
「意外と面食いなんですね、花子さん」
「くふふ。女というものは往々にしてそのようなものでございます。子供から大人までね。私も例外ではございませんよ」
花廻り屋さんは、ニヤリと笑った。
「花子さんを呼ぶまではよく聞きますが、花子さんとの遊びってなんでしょうか?」
「おままごとに首絞めごっこ、縄跳びに水遊びでございますね」
「首絞めごっこって」
「その名のとおりの遊び方でございます。君は何を選びますか?」
「うーん、おままごとですかね、無難に」
「くふふふ。それは包丁で刺されてしまう遊び方でございます」
「縄跳びはどうでしょうか?」
「縄で首を絞められる」
「じゃあ、水遊び……は水栓トイレに流されてしまうとか?」
「当たりでございます」
「ろくな遊びがないじゃないですか!」
「くふふふ。怪談でございますから。さて、話も落ちましたので会いに行きましょうか?」
「トイレの花子さんにですか?」
「ええ。嫌でございますか?」
「とんでもない! 行きます」
「くふふふ。それでは参りましょう」