信頼できる人を
加筆しすぎてがっっっっつり遠回りしてる上に、文章がぐだってる気がします。大変申し訳ありません。
昼はレッスン、夜は味噌汁作りという生活に慣れたのは半月も過ぎようかという頃でした。ある日の夜、疲れた様子のレンがテーブルにごんと顎を乗せて忌々しげに呟きました。
「クソ、まだ縁談が来るとはどういうことだ……」
私はお玉でくるりと鍋を混ぜました。
「モテモテなのはいいことじゃないですか」
「ふざけるな。大多数が権力に群がる蟻共だ」
冗談半分で言ったのに、随分と冷たい反応でした。私は肩を竦めてここ最近の噂を思い返しました。
ええ、リリアンヌが言ったのです。「女の戦は情報戦。情報が武器になりますのよ、マリサ様」と。なので時折隠し通路を利用して色々な場所で聞き耳を立てることにしたのです。隠し通路という響きにはしゃいだ訳ではありません。……違いますよ?
そして集めた情報によりますと、やはり摂政だか関白だかを狙っている方の多いこと。いえ、中には甘い蜜を吸おうというより国の先行きを不安に思っている方もいらっしゃるようなのです。幾度も耳にしました。「先王と同じ独裁王」と。レンは普段、子どもだから舐められないようにと威圧的な態度を取っています。一度謁見室の近くまで行きましたが、レンの冷たい声に震え上がる家臣という光景を目にしました。ちっちゃいけどやっぱり王様なのです。
「……なんかお前、失礼なことを考えていないか」
生暖かい目にレンは敏感です。へらっと笑って誤魔化しますと、レンは「証拠を握って……処罰して……」と物騒な思案を始めました。そんなことをしているから反感を買っていたのでしょうが。そしてふと思い出したように「ああ」と声を上げます。
「お前のお披露目もするから、覚悟しておけ」
「っえ? なんで?」
「婚約者ができたという噂は流してしまっているからな。仮にも一国の王が婚約したのだからお披露目をしなければなるまい。お前が帰った後は病死扱いにして、喪に服すということで時間を稼ぐ。その間に傀儡にはできないと証明してしまえば、腹の中が腐りきった古狸共も大人しく巣に戻るだろう。……自分で戻らないなら余が直々に叩き帰してくれるわ。クククク……」
魔王です。魔王がここにいます。言っていることが少し過激とはいえ真っ当なことでなければドン引きしてましたね。ちょっと引きましたけど。それよりもお披露目の方です。
「大勢の前で見せ物にされるのかぁ」
などと弱気なことを呟けば、魔王スマイルがこちらに向きます。
「今更なにを。余の頬を引っ張った肝の太さはどこへ行った」
「まだそのネタ引っ張る!? あの時は態度のデカいがきんちょだと思ってたから……」
つい本当のことを言ってしまうと、レンは器用に片眉を跳ね上げました。
「がきんちょ。ふん、がきんちょか」
レンは子ども扱いされるのが大嫌いです。私としては、子どもなんだからもっと子ども時代を満喫してもらいたいのですが、そうできない環境なのもわかっています。この味噌汁タイムだけでもと思ってしまうのは私の……いえ、なんでもありません。私は味噌汁を献上するだけです。
「今日の具はほうれん草と人参ですよー」
「いただこう」
今日も向かい合って味噌汁を啜ります。ランタンの明かりに照らされるレンは本当に絵本の中の王子様然としているのに、味噌汁というミスマッチ。温かい光が揺れる緑の瞳に落ちる影の長さといったら尋常ではありません。つけ睫毛とかたぶんこの世界にはないと思います。天然モノでこんなに長いとは恐ろしい子です。セミロングと言って差し支えない長さの髪も枝毛なんてないであろうサラサラ具合です。私の癖っ毛と交換して欲しいと、当時から現在進行形で思っています。
じっと見ているとレンが顔を上げました。
「なんだ」
あなたの髪質に嫉妬していました、なんて言えるはずもなく「特に、なにも」と返しました。怪訝な顔をされましたが、すぐまた元の王様顔に戻ります。
「なにかあったら余に言え。善処する」
「なんとかする、って言わないのがレンらしいよね。まだ仕事?」
「言ったろう、先王が色恋にかまけて放置していた仕事が山積みなんだ。机に積まれたあれは宝だ。時には武器ともなる。情報の更新を怠れば待っているのは破滅ど。だから独裁王は首を切られた」
父親になんて言い方だ、と思うかもしれませんが、レンは父親のことをよく思っていません。私もまだ歴史書でしか知りませんでしたが、レンのお母さんにした仕打ち以外にも侵攻、略奪、悪逆非道の数々は正に独裁王と言うべきものでした。姿絵を見てもレンと瞳の色以外はそっくりなので、家臣達が不安がっているのもわからなくもないのです。
「では、仕事に戻る」
そう言って出ていくレンを止めることもできません。先王が腐らせた国政の影響がまだ残る中でも、一刻も早く信頼できる人ができるのを祈るばかりです。私の役目は帰る日が来るまで毎日味噌汁を作り、小さな背中を支えてあげることなのです。本当のお嫁さんのために、味噌汁のレシピを残してあげる必要があるなとも……考えながら。