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チビ陛下と私の味噌汁ウォーズ  作者: 佐田祐美子
前半、馴れ初め
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覚悟と角度

 レオンさん、ひいてはその奥さんを講師に欲しいとレンにお願いしたら、なぜレオンさんとエンカウントしたかも話すこととなり、レンは危うく味噌汁を吹きそうになった後不思議な百面相を繰り広げていました。


「あの二人か……まあ、うん、よかろう」


 よかろうっていつ時代の言葉でしょうね? まあ異世界の言葉の変遷なんて私にはわかりませんけども。いつもの通りレンの向かいで味噌汁を啜ります。私が使っている桜の模様が入った漆塗りの箸は、レンからのプレゼントです。「丁度一膳余ってた」なんて言っていましたがレンのお母さんの箸です。私は最初から気づいていました。


 それと、レンは重度の味噌汁依存症なのです。人形みたいな青白い肌は、味噌汁を作り始めて一週間程で改善しました。相変わらず憎いくらい白いですが、ちゃんと人間だとわかる血色になりました。


 とまあ、日課については置いておいて、レオンさんとリーンの話に戻りましょう。

 王都のグランヌーヴェ邸にいるとのことだったので、次の日にはもう私のお作法を見てくれるとのことでした。そして約束の時間にノックの音が響きました。


「どうぞ」


 扉が開き、まずレオンさんが入ってきました。私に礼をして、扉の外へ手を差し出します。レオンさんの手に導かれて入室したのは淡いピンクのドレスのご令嬢。その顔を見て私はやっぱりなとも思いました。


「リーン?」


 呼びかければ、白い手袋をした手で口元を隠して上品に笑います。


「嫌ですわマリサ様。意地悪なさらないで。この姿の時はリリアンヌとお呼びくださいませ」


 リーンこと、リリアンヌ・グランヌーヴェ夫人は綺麗に腰を折ってお辞儀をしました。


「この姿では初めまして。リリアンヌ・グランヌーヴェ、ただいま参上いたしました」


「あっ、はい。笹森真理紗です。よろしくお願いします」


 慌てて名乗れば鈴を転がすような声で笑いました。


「では、今日はお茶をいただきましょうか。少し隣のお部屋をお借りして簡単なティーセットを用意しましたから」


 リリアンヌがそう言うので、隣の部屋へ。少し見ていましたが、リリアンヌが貴族の令嬢でレオンさんが元平民というのはなんとなくわかる気がしました。レオンさんはリリアンヌをエスコートしていましたがどことなく堅い印象で、リリアンヌの方がリードしているように見えたのです。

 リリアンヌと私が着席すると、お茶会というお作法のレッスンが始まりました。訊くとレッスン中はレオンさんが給仕係を務めてくれるのだとか。


「あまり驚かれないのですね」


 主語がありませんでしたが、なんのことかは明確でした。


「はい。リーンがおんなの……女性だということはわかっていましたから」


 お作法のレッスンなので言葉も少し気をつけていました。今でもこういううっかりミスは残念ながら絶えませんが。


「あら、そうでした?」


「本を運ぶ時、手首が細いのが気になりまして。すると不思議と見えてくるものです。わざと大きめの制服を着て体の輪郭を隠していらっしゃるでしょう?」


 リリアンヌはよくできましたと言わんばかりに目を細めました。


「ええ、よくおわかりになりましたね。手首が隠れるようにもう少し袖を長くして作り直した方がいいかしら」


「気をつけて見れば大丈夫だとは思いますが。でも私、リーンが女性だとはわかりましたが、リリアンヌ様だとはわかりませんでした」


「ではどのように見えてらしたの? レオン様の愛人?」


 ガチャン、とレオンさんが茶器を鳴らしました。まさか妻から愛人なんて言葉が飛び出して来ると思わなかったのでしょう。仲睦まじい夫婦ですし当時まだ新婚でしたから。私はリリアンヌの真似をしてティーカップを摘まみ上げました。


「いえ、一生懸命レオン様を……振り向かせようとしている子だと。レオン様の方からは甘やかな雰囲気が感じられなかったので。リリアンヌ様だとわかっていれば、リーンに習うだなんて無茶なお願いをしま……言い……お願いをしませんでした」


「マリサ様、小指に力をあまりお入れにならないで……そうです。……いいえ。あの一言で夫は白旗を上げたのです」


 くすっと笑うと、リリアンヌは誇らしげに言いました。


「あなた以上にいいお手本はいない、と断言してくださって嬉しかったのですわ。そのようにお褒めいただいたら、わたくしを籠から出して見せびらかしたくもなりましょう」


「リリアンヌ!」


 レオンさんが怒鳴り声と共に飛んできましたが、私ももう怯みません。単なる照れ隠しなのはわかりきっていますし。


「またお前はそうやってペラペラと……っ」


「あら、これも言ってはダメでしたか。でも貴方が嬉しく思ってくださって、わたくしも嬉しかったものですから」


 にっこりと陽だまりの百合のように微笑まれてしまったら、レオンさんはなにも言えなくなってしまいました。代わりに赤くなった顔を私に向けます。


「マリサ様、リリアンヌのことはどうかご内密に。グランセルネール家は大貴族ですが、大戦後の飢饉の際家財をほとんど売り払ってしまったのです」


 私の脳もスカスカではありません。そこまで聞いてわかりました。飢饉はなんとか乗り越えたものの貧乏になったグランセルネール家をなんとかしようと、リリアンヌが働きに来たのだと。けれどグランの名を冠する名家の娘を働かせるなんてとんだ醜聞だと言われてしまいます。なので性別を偽るという保険までかけて働いているのです。

 まあ、グランセルネール家がすっかり安定した今でもリーンとして働いているのはもう楽しんでいるだけではと思ってしまいますけどね……。それでも。


「貴族の鑑だと思いますわ」


 それが私の感想でした。領民を助ける立派な貴族だと。そしてそれはまたもやレオンさんの気に入る回答だったようなのです。


「私もそう思います」


 あんな晴れやかな笑顔をしたのですから。しかし会議の時間だというのでレオンさんは一足先に離脱しました。その後リリアンヌに言われたことはとても有益でした。


「ともあれ、マリサ様は心構えは合格でいらっしゃいますので、これからわたくしがお教えするのは見られる覚悟と見せる角度です」


「覚悟と、角度?」


「ええ。まず常に誰かに見られていると意識してください。それだけで自然と背筋が伸びますしお作法も気をつけるようになります。次に角度。相手にどう自分を見せたいか、なら自分のどこの角度を見せるのが効果的か学んでくださいませ」


「ああ、例えばあれみたいな」


 抽象的な言い方でしたが、十分通じていました。そう、あのお願いの角度です。リリアンヌは蕾が綻ぶように笑いました。


「ええ、だって好きな人にはいつも最高の自分を見せたいと思いませんこと?」




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