ちょっと今の話【レン目線】
本編から五年くらい経った頃のお話。
また書きたくなっちゃったので、気が向いたら時々追加していこうと思います。
朝、目を覚ましたら一人きりだった。
少し混乱してから気づく。そういえばマリサは『パジャマパーティー』とかいうのをやると言って、昨晩は自室で友人達と休んだのだった。幸いにも、お互い病気もなかったので一人きりで就寝したのは一年ぶりだ。以前はそれが当たり前だったというのに、今日はなんだか体も心も寒い気がする。
「慣れって怖いな……」
呟いて、さっさと身支度をする。部屋を出て謁見の間に向かう途中、ソファーで寛いでマグカップを両手で包んでいるマリサを見つけた。向こうもこちらに気づいて小さく手を振ってくる。
「おはよう、レン」
「おはよう、マリサ」
なんてことない挨拶を交わすと、マリサが少し右にずれる。空いた左側に遠慮なく座らせてもらった。マリサはぼくの肩に頭を擦り寄せる。これは撫でて欲しい時の仕草だ。左手で頭を撫でると小さく笑っていた。
「今日はいつもよりちょっと早いんだね」
「隣にマリサがいなかったからか、早めに目が覚めた」
「ふっふふふ。そうかぁ」
してやったり、というような声音だ。もうぼくの方が背も高いのに、まだこうしてお姉さんぶることがある。少し面白くない。途端に黒いどろっとした……でも甘い感情が湧く。
「マリサは、どうだったんだ」
「うん? ちょっと寒くて目が覚めちゃっただけ。だからホットミルクでも飲もうかと思って」
「本当に?」
ぴく、と一瞬体が強張った。もうそのくらいはわかるようになってきた。ぼくがマグカップを取り上げてマリサからは届かない位置に置くと、細い指がそわそわと動く。
「あー、はい。本当ですよ?」
マリサは動揺すると目を逸らすし、口調が途端におかしくなる。自覚していないようだが敬語も混じってくる。ぼくはマリサの頬に手をやってこちらを向かせた。やっぱり右下の方を見ている。
「マリサ、ぼくも寒かったぞ。心の方が特に」
ぺち、と気の抜けた音が響く。マリサが両手で顔を覆ったのだ。
「ちょ、朝っぱらから顔面テロしないでください」
抗議されたが、問答無用で手首を掴んで手をどかす。さほど抵抗はされなくて、すぐに真っ赤になった顔が現れる。俯いているものの、ちらちらと潤んだ目が見上げてくる。目を合わせてくれと常々言っているせいだろう。額を合わせてしまえば、鼻先が触れ合ってもう目を逸らすことは叶わなくなる。マリサは首を竦めるようにして距離を取ろうと悪足掻きをしている。
「またそうやって」
「だ、だって」
余裕を失くして震える声を吸い込むように口づける。マリサはカチコチになっていたが、角度を変えて何回か繰り返すうちに力を抜く。ぼくは手首を放して背に手を回した。絡めた舌が甘い。またホットミルクに蜂蜜を入れていたのだろう。
「あ、……レン……ん、はっ、ふっ……」
合間になにか言おうとしている。たぶん仕事に行けとかそんな感じのことを。そんな風に喘ぐように言われても逆効果なのだが、仕方なく切り上げた。マリサは乱れた息を恥じらうようにまた目を逸らすが、「あ」と小さく声を上げた。
「やば……シワが……」
マリサはいつの間にかぼくの襟をぎゅうと掴んでいた。そわりそわりと手を開くが、はっきりとシワがついてしまっていた。
「ま、自業自得だな。部屋に戻って上着だけ変えてこよう」
言うと、マリサは不満げに眉を寄せぼくの髪をくしゃりと掴んだ。
「むう、面白くない。私も手伝う…………」
と、言うものの不思議な顔で足をじりじりと動かすだけで立ち上がらない。ややあって、諦めたように脱力する。
「…………ごめん。立てない」
悔しいとか情けないとかが透けて見える表情だった。ぼくは吐息だけで笑った。マリサは本当に攻められるのに弱い。それに取り繕っているだけで案外余裕がない。表情があまり動かないと周囲の人間は言うが、とっくり観察していると落ち込んでいたり照れていたり、細かい表情の変化がわかるようになる。それはマリサと『パジャマパーティー』なるものをしていた友人達もそうらしい。
「あら、おはようございます~陛下」
「おはようございます、陛下……ってマリサさんになにかしましたね?」
起きてきた二人の友人のうち、片方は呑気にちょこんと礼をして、もう片方はジト目で睨みつけてきた。一国の王を相手に随分な態度であるが、プライベートの場であるし文句は言うまい。
「すまない。余は仕事に行く。マリサを頼んだ」
「はいはい。さっさと行ってくださいね。カフカちゃんお茶入れて。あたしは朝食持ってくるから」
「はぁい。昨日夜更かししたのに朝から災難でしたねぇ」
もうしっしっと小蝿を払うようにされ、苦笑して部屋に戻る。友人にも恵まれたのはいいことだ。だが。
「ああ早く、迎えが来ないだろうか……」
女三人いたら姦しいという。ただひたすら、彼女達の夫がなるべく早く迎えに来るのを祈っていた。




