SS それは恋する乙女のように【レン目線】
最後なのであとがきを少し長めにします
オーラリネリア王国、王宮の三階は王族のプライベートルームである。二階の謁見の間の左右にある通路を進むと行けるのだが、大抵は衛兵が見張りをしているうえ、エレーヌによる目眩ましがされていて見つけることはできない。
謁見の間からも玉座の裏の階段から行けるようになっていて、レンは毎日ここを往復している。
謎の仲直りから数日後。謁見を終えて書斎に戻ろうとしていた時だった。
「うん?」
階段を上がったそこは待合室のようになっていて、ソファーやローテーブルが並んでいる。家族でお茶をしたりするスペースだが、いつもは無人だ。今日はなぜかそこにマリサの姿があった。
「マリサ?」
呼び掛けても反応がない。近づいてみると、本を持ったまま居眠りしていた。夜中に起きて味噌汁を作っている分、昼間少し寝ているのかもしれない。あと今日は横髪に寝癖がついていた。
桜花国に行ったことで少し疲れが出ているのかもしれない。掛ける物でも持ってくるかと思った瞬間、ぐらりとマリサが傾いだ。
「おっと」
ほとんど反射だった。ソファーの背に手をつくと、マリサはその腕に寄りかかったまま起きることはなかった。よかったと思う反面、どうしようとも思った。
近い。
腕にふうわりと柔らかい黒髪がかかり、微かな吐息が肘の内側をくすぐる。逆の手で顔にかかった髪を払ってやると、いつも見上げる顔を見下ろすことになった。不思議な感覚だ。
ふと、なにか悪戯してやりたい衝動に駆られる。マリサはただでさえ表情が動かないのだ。笑わないとかいう意味ではなく、本心を読ませない。口調や目でなんとなくはわかるが、注意深く観察していないと読み取れないことが多い。マリサが感情を露にしたのは、それこそ短剣で刺された時くらいなものだ。
時折なにもないところで躓いて取り繕ったり、奇妙な運動をしているところを目撃されて誤魔化しているところは見かけるが……そうではなく、なにか、こう、年上のお姉さんぶっているのを崩したいのだ。
さて、なにをしよう。
「ん……?」
考えているうちにマリサが身動ぎした。目を開けてしまい、ぼんやりした瞳にぼくの顔が映った。ぱちぱちと瞬きをして、ゆっくり目を見開いた。
「え、レン……?」
桜色の唇が動くところをこんなに間近に見たのは初めてな気がした。
「ああ、起きたか。なにかしてやろうかとか、少し思ったのだが……」
素直に言ってしまってからはっとした。またデコピンされるだろうか。警戒したがマリサは動かなかった。いや、これはどうなのだろう。顔に思い切り『理解不能』と書いてあった。
「マリサ?」
名前を呼ぶとばさりと音を立てて本を落とした。デコピンか!? と思いきや顔を両手で覆って俯いた。小さく縮こまって「うぅ……」となにやら呻いている。
なんだこれ可愛いな。
小動物みたいに思えて、濡れ羽の烏色の後頭部に手を置いたけれど、びくりと細い肩が跳ねたのですぐ手を離す。
「す、すまない……」
「………っ、」
謝ったら、鳩尾にぐいっと頭を押しつけられた。これは撫でろということなのだろうか。恐る恐るもう一度後頭部に手をやる。合っていたらしく、ガッチガチに入っていた力が僅かに抜けた。
野生動物を手懐けているような気分だった。どのくらいまで許してもらえるのか、少し気になってうなじの方へ指を伸ばすと「ひぁ……」と悩ましい声を漏らして肩を竦ませた。
「ごっ、ごごごごめん、これ以上は、無理……」
同時に小声でストップがかけられた。まだ少し触り足りないが、なんとか手を離す。
「……わかった。仕事に戻る」
まだ仕事が山積みなのも事実なので、無理やり頭を切り替えてその場を離れる。けれど書斎のある廊下の角を曲がる時にこっそり様子を窺うと、マリサはソファーの背にもたれてぱたぱたと両手で顔を扇いでいた。はあ、と息を吐いて、頬を上気させて。恋する乙女を絵に描いたように。
「アドバンテージを握られると弱い、か」
レオンに言われたことを反芻する。しかし、相手に判断を委ねることは。
「できる……のか? ぼくに……」
あんな顔をする、と知ったら無闇に追い詰めてしまいそうだ。だが、逃げられるのは怖い。
「踏むとこ間違えると大怪我……距離感保っていないと逃げられる……」
ぶつぶつと呟きながら書斎に向かう。しばらくはこれをお守りにするしかなさそうだ。
お疲れ様でした。
一応、文章の書き方とかはきちんと先生に習ったつもりですが、こういう形で見やすいようにと考えると難しいものですね。そもそも私自身紙媒体至上主義者ですし。
おそらくもう、コミケ等の催しに参加することもないかなと思いますが、サークル会誌にも載せきれなかったものも多くーー漫画形式で描いていたりもしてーー勿体ない気もしたので、このような形で公開しようかなと思いました。
趣味で書き散らしているものですが、楽しんでいただけたら幸いです。




