日之桜風花という女
そもそも、毎日味噌汁を作っているのに、量の減りがおかしいと思っていたのです。最初はなかなか減らないなくらいの感覚でした。けれど途中から誰かが補充していることに気がついたのです。
私だって隠密の存在は知っています。しかし味噌に関わってくるのはどうにもおかしいと首を捻っていました。減らしてレンにダメージを与えるならまだしも、補充してどうするのかと。
ところがその補充が途絶えて味噌がなくなった時、レンは『王家御用達』の味噌であると言いました。それがなくなったら、誰かが買いに行かなくてはなりません。レンは味噌汁タイムを内緒にしていますから、買いに行くのは当然私になります。
「私をオーラリネリア王国から引っ張り出さないと、会えない人物……それは国外追放に処された風花姫だけでしょう」
「ご名答」
風花姫はお茶を注ぎなから合格とばかりに笑いました。城の中、風花姫の部屋です。部屋の調度は日本というより中国っぽい感じでした。
「カルロヒューレンをあそこに残してきたとはいえ、可愛い息子だもの。隠密を使って様子を報告させてはいたけれど、貴女とは直接会って話したかったの」
隠密便利かよ、とは心の中だけで呟きました。直接尋ねたりはしませんでしたが、私が味噌のメッセージに気づいて出向かなければ、相応しくないと判断されて暗殺されていたことと思います。風花姫はそういう方です。
ちら、と窓辺の椅子に目をやります。そこには私が先程追いかけていた金色の正体がいます。レンを大きくしたらこうなるのだろうな、という顔立ちの男性です。違うのは、虚ろな瞳が青色だというところだけ。
「ソルリュートよ。レンのお父さん」
風花姫はさらりと紹介しましたが、レンのお父さんは処刑されているはずです。
「なんで、って顔してるわね?」
風花姫はクスクス笑います。
「殺させるはずないじゃない。私の夫よ。どこへだって逃がさないわ」
死は逃げだと風花姫は言うのです。いつまでも自分の側で生かしてあげること、それが風花姫を傷つけた独裁王への罰だと。彼女は絶対に許さないでしょう。それでも、夫を愛しているのだという顔をしていました。だって、味噌を補充できるようなところに隠密がいるということは、隠密の手を借りていつだって逃げ出せたはずなのです。けれどそうしなかった。
その愛の有り様は、私には理解できるものではありませんでした。
「でもね、今そんなことはどうだっていいの。まずはカルロヒューレンを助けてくれたことや、側にいてくれることにお礼を言わなきゃいけないわね。肩、痛かったでしょう。ありがとう」
風花姫は頭を下げました。
「いえ。大したことはしていません。怪我もすぐ治りましたし」
「謙遜しなくていいのよ。カルロヒューレンも、貴女のことが大好きみたいだし。少なくとも、王としての責任より私情を優先するくらいにね」
「私を帰すことより、手元に置くことを、選んだからですか」
「そう。私はずっと、私を捨てて公に尽くせと教えてきたものだから、少し嫉妬しちゃうわね」
ふふふ、と笑った風花姫が続けた言葉は、私には………。
「でもね、いつまでもお母さん気分でいるなら、貴女なんか要らないわ」




