王宮までよろしく
目を覚ました私はおじさまと優雅にティータイムをしていました。牢屋などではなく、王宮には劣りますがそれでも高級ホテルのようななかなかいいお部屋です。
「なにか不自由していることはないかね」
「そう言うなら私を王宮へ返してください」
「それはできませんな。貴女をお披露目に出す訳にはいかない」
おじさまは情けない困った顔をしました。そんな顔をしたって私はもう警戒を解きません。そう決めていました。
「私はね、国の未来を憂いているのです。先王そっくりの王では、また悲劇が起こる」
あれ、と思いましたが私は静かにおじさまの言葉を待ちました。
「威圧的な態度で家臣を怯えさせ、操り、逆らったら切り捨てる。そしてお嬢さんにはこの仕打ち。私は王を倒すことに決めた」
「ちょっと待った」
私は思わずストップをかけました。
「ええと、話せばわかってくれます。陛下はそんなひどい人間じゃありません。強行手段に出る前にきちんと直接意見してみるべきです」
頭の造りは少し残念ではありますが、いい人でした。惜しむらくは頭の造りがちょっと残念。それに尽きます本当に。私は一生懸命語りかけました。しかしおじさまはなにを思ったかほろりと涙を流しました。
「お嬢さん……貴女は王の毒気に冒されているだけなのです!」
「ええええ」
「先王の時もそうでした。エレーヌ様をはじめ多くの人がその毒気にあてられ、己を正義と信じて戦いました。自分は間違っていないのだと! しかし結局あの独裁王に操られているだけだったのです!」
「あの、ちょっと」
「お嬢さんはなぁーんにも心配しなくてよろしい! ここでのんびりしていれば、あの悪王はあの世に行っている!」
だーはっはっは! と唾を飛ばして笑いながら、おじさまは部屋を出ていきました。残されたのは引き留めようと片腕を浮かせた私一人。
「人の話を聞け……?」
呟いたところでおじさまには届きません。しかしおじさまの声は筒抜けでした。
「さて、そろそろいい時間だな! 王の首を落としに向かうとするか! 皆の者、しっかりと見送ってくれ!」
なるほど、使用人は旦那様のお見送りをしているようです。それに気絶している間に日付も跨いでいたという情報までくれました。さっさと脱出した方がよさそうです。
私は窓に飛びつきました。はめ殺し……ということもなければ鍵が固定されていることもありませんでした。ガバガバ警備にも程がありますが、普通の令嬢なら震えて大人しくしているものらしいです。ましてや、二階から逃げ出すとは考えないのだとか。目の前にこんなに立派な木があるのに。
ベッドに適当なクッションを突っ込んで身代わりにし、私は枝を掴んでそうっと体重をかけました。いける、と思ったら後は簡単です。スカートを気にしている場合ではありません。そろそろと降りていき、もどかしくも飛び降りました。多少足をやりましたがそれも無視して、裏門から飛び出しました。
しかしここで問題が発生します。王宮は見えているのに近づくことができないのです。座学で覚えましたがここオーラリネリア王国は水ノ国、主な交通手段は水路を小舟です。走っても走っても目の前を水路が横断します。しかも立体構造の街ですので、簡単に迷ってしまいました。早くしないとと焦れば焦るほど王宮は遠退いていきます。
「どうした嬢ちゃん、頭に葉っぱくっつけて。迷子か?」
そんな時でした。小舟に乗ったおっちゃんに声を掛けられたのは。
「い、急いでるんです。王宮に行かなきゃ行けないんですけど」
「王宮!? まあよくわからんが乗ってけ」
「でも私お金持ってませんよ!」
小舟に乗ったことなんてありませんが、バスタクシーの役割を担っているとしたらお金を払うのくらいはわかります。ですがおっちゃんはふんっと得意げに笑いました。
「そんな格好で街をうろうろされちゃ、我が国が誇る街の景観も台無しになるってもんだ。これは国民としてのプライドさ」
オーラリネリア王国の国民は総じてプライドが高いです。美しいものを愛し、礼儀を重んじる。私はそのプライドに賭けてみることにしたのでした。
「お願いします!」
私が舟に乗り込むと、漕いでいる様子もないのにつうっと滑り出します。この素敵な水路はレンとエレーヌの功績なのですが、少し長くなるので割愛します。
「日が落ちるまでには間に合いますか?」
「いやぁ、そいつはちょっとどうかねぇ」
おっちゃんの返答に俯くしかありませんでした。私が迷いすぎたのです。間に合うかどうかわかりません。が、向かうしかないのです。選択肢はありません。
しかし、とっ、と舟が揺れました。
「やあおやっさん、お邪魔するよ」
降ってきた声に顔を上げれば、そこにはリーンがいました。おっちゃんは目を白黒させています。
「リーンじゃねぇか。空から降ってくるとはどういうことだ?」
「悪いけど、説明している暇はないんだ。なるべく早くこの子を王宮まで送り届けなきゃいけない。だからちょっとスピード上げるよ」
リーンが腰から棒を取り出しました。あれは噂に聞く魔法の杖というものではないでしょうか。というかそうなのですけど。
「おやっさん、頑張ってね。そーれ」
そーれ、という掛け声は適切だったのでしょうか。舟がスピードアップしました。それもモーターボートのような速さに。おっちゃんは悲鳴を上げながら舵取りを始めました。
「遅くなってごめんね、マリサ様。おやっさんに拾ってもらえてて助かったよ。腕は確かだから安心していいよー」
安心できる速度ではありませんでした。見ている人々が呆然とするくらいに。でもお披露目に間に合うという点では安心していました。




