第五話 暗躍者
街を出てから随分と時間が経った気がする。
街道と呼ばれる街を繋ぐ道の中で聞こえるのは虫の鳴き声だけ。そんな道を月明かりのみを頼りにしながら森を左手にひたすら走る。
自分の故郷である王都を背中に。
「はぁ・・・はぁ・・・」
間違いなく走りづらいローブの中で、必死に足を前へ前へと動かす。着用してるローブは男の汗で既にびっしょりと濡れているが、命の危機が迫ったこの状況に、足を止めるという選択肢はあり得なかった。
「はぁ・・・はぁ・・・?」
男は息を切らしながら速度を緩めて行き、やがて一度足を止める。ずっと探し求めていた分かれ道が見えてきたのだ。
左手に曲がるようにして切り裂かれた森林から作られた街道から林道。木の板を一枚一枚敷かれた、同じように石畳が続く真っ直ぐ伸びる道の二つの道。
避難先である隣街はこのまま石畳に沿って真っ直ぐの方向だが、男は迷いもせずに林道の中へと走って入っていく。
林道の中は、木の葉の隙間からしか月明かりが届かないようで暗闇に拍車を掛けるように一層通る人間を不安にさせる。
それでも、男は足を止めることはなく、先と同様にひたすら前へと足を運んでいく。
数十分の間ひたすら走り続けると、やがて林道を抜ける。
幾つも並ぶ馬小屋や煙突の立った巨大な木造の建家がある広い草原に出た。
草原の中ではしっかりと月明かりが届いており視界は確保できる。そんな中でまず最初に目に付いたのは、先程まで火を上げていたと思われる焚き火の煙。
それと、馬小屋から今通ってきた林道に繋がっている幾つもの馬の足跡。
明らかについさっきまで人が居た痕跡を見ると、男は両手を膝に付けて、乱れた呼吸を整え始めた。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁー。避難済みかよ・・・へ、へへへ・・・」
肩を震わせながら男は笑い声を上げる。
「クソッ!!」
呼吸が落ち着いたのか、笑いが落ち着いたのか、男は怒鳴り声を上げて怒りを露にする。
この場所は緊急避難口として魔法ギルド会長を避難させる為に指定された場所だ。普段は一組の夫婦が管理をしており、何時如何なる時にでも使えるように維持しているとの話も耳にしていた。
だが、この有様は恐らく既に避難したのだろう。痕跡だけを残し、辺りに人気を感じることはできない。
隣街までは三日歩いてもたどり着けるか怪しい程の距離にある。馬車を使っても二日位だろうが、それでも地図と食料を持った馬車と体一つだけで歩くのでは天と地の差がある。
魔法師の端くれとして、《飛行》や《加速》を使うことが出来るならば話は変わってくる。だが、男はそれらの魔法は一切習得出来てはいないでいた。
それゆえに魔法ギルドに所属した後も、魔法の習熟よりも王都内の警備の仕事や運搬作業などを中心に生活をやり繰りしてきたのだ。
「お一人ですか?」
虫の鳴き声しか聞こえなかった中で、真後ろから突然聞こえた男の声で体をビクリと跳ねさせる。
心臓の鼓動が再び早くなるのを感じながら、声の方へと体ごと振り向いた。
「どちら様ですか?」
湧いて出てきた当然の疑問。暗闇の林道の真ん中に立つローブ姿の男はフードを深々と被り、ハッキリいって不気味以外の何者でも無かった。
「あなたは魔法ギルドの会長を此処から避難させる為にこの避難口に訪れた。違いますか?」
顔の見えない男を前にゴクリと息飲む。
素性も知れない男がどうしてそんな事を知っているのかという疑惑の念が頭の中で渦を巻いているのが分かる。
「どうして、そんな事を聞くのですか?それと、誰からそんな事を聞いたのでしょうか?」
冷静に質問を投げ返す。どちらも自分の質問を満たすという事を優先に発言を繰り返す。
「質問に答えてくれないか?」
「・・・では、どちら様ですか?素性の知れない男とは喋るなとお母さんに言われてるのでね」
小さな冗談は自分自信を落ち着ける為の物であって笑いを取ろうとしている物ではない。普段通りにお喋りな口を好き勝手に動かす方が、男にとっては気楽だったのだ。
「魔法ギルド会長は何処に行った?!」
威圧するような声のトーンに変わった怪しげな男は、依然として質問者という立ち位置を変えることはなかった。
それに対して、質問に答える気はないといった態度で構える。
「素性も知らない人間に話すことは無いって言ってるんだ。それにそんな質問に答えてる暇なんてない」
「なら、もう構わん」
真っ黒な着物の袖口からスルリと伸びた人間の左腕。その人差し指に嵌った見覚えのある一つの指輪に目が付いた。
「その指輪・・・もしかして、あなたは―――」
「《支配》」
左手の掌に描かれた小さな青い魔法陣。
そして、再びビクリと男の体が跳ねて薄らと赤い光を帯びる。
「魔法ギルド会長はどこに行った?」
「...街の中へ戻りました」
虚ろな目付きに変わった男からは生気を感じられない。まるで操り人形の様に俯いたまま、ただ聞かれた事を答えるだけだった。
「気になるような事を言っていたりはしなかったか?」
「...申し訳ありません。そのような発言は聞いておりません」
「そうですか、分かりました。もう結構ですよ」
「...はい、ベ―――」
喋っていた口が完全に動きを止めて、体から離れるように首が地面に落ちる。
薄らと帯びていた赤い光が体からは消え、その代わりに断ち切られた体が吹き出る真っ赤な血が自分の体や首を真っ赤に染めていく。
「さすがに喋りすぎですよ」
左手に握り締めていた刀の刀身に滴る赤い液体を振り落とすように、その刀を地面に向けて振り下ろすと、死体に背を向けて林道の先の王都へと向かっていった。
―――――――――
「人間ごときガ、これほどまで魔法を駆使できるものなのだナ・・・。驚きダ」
ドライドは自慢の翼で宙を舞いながら、背中に少女を乗せている事を忘れているように独り言を漏らした。
「伊達に大魔法師なんて呼ばれてないからね、私だって本気出せばあれぐらい・・・」
一人と一匹の視線の先は荒れ果てた王都。先程までの「街」という面影を残してはいない王都。
家屋と呼べる物はその全てが崩壊し、綺麗に整っていた石畳は形すら残ってはいない。地面には所々クレーターが出来ており、戦いの激しさを覗かせる。そんな、死んでしまった街に残った全ての物を燃やし尽くすように、巨大な炎があちらこちらと立ち込めている。
先程まで人口数十万人が暮らしていたとは到底思えない。それこそ、地獄とでも言われた方が認識しやすいだろう。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
雄叫びを上げるのは、そんな街の中央で炎に焼かながら大の字に倒れる真っ黒なモンスターだった。
「こういう時に、けたたましいって言えると頭が良く見えるのかなぁ?」
「いや、それはどうなんすかね・・・」
並んで喋る二人。
街を囲む壁の上から街の中心へと視線を並べていた。
「オラアアアアアアアアアアアアアアくたばれえええええええええええ!!!!!!!」
モンスターの雄叫びに負けず劣らずの声量で叫んでいるのは、横になったモンスターの遥か頭上から降下していくガルブだった。
体の所々が擦り切れたり汚れたりしていて、身に着けている鎧にも幾つもの凹凸を作っていた。
そして、その両手に握る明らかに自分よりも大きな戦斧を、魔法で自己強化された筋肉を使って振り下ろしていく。
「いいの?ラグくんは向こうじゃなくて」
「ラファ姉さんが危ない時に助けられないのもどうなのかなーって・・・」
「あら?私の心配なんですね!嬉しいですねぇ」
ニタニタと笑うラファに照れくさそうに自分の頭の後ろに手を回すラグール。
「でもねぇ」
「・・・はい?」
ラファが街の中央へと右腕を伸ばし―――
「《脆盾》」
ラファの詠唱の声共に聞こえた大きな衝撃音。
あまりの音にラグールは、反射的にモンスターが倒れている方角に目をやった。
詠唱の瞬時に発動したと思われる緑色の薄いバリアが、モンスターの方角から飛んできた巨大な瓦礫から身を守ってくれたのだろう。
バリアと瓦礫が衝突した勢いで両方とも粉々に砕け散ったようで、緑色に輝く破片の様な物が宙舞っている。
「気抜きすぎじゃないかなぁ」
「アハハー、返す言葉もございません・・・」
再び自分の頭の後ろに手を回すと、今度は申し訳なさそうに頭を下げた。
「大丈夫かーーー!!!!!!?」
もはや米粒くらいのサイズにしか見えない程に離れた所に居るガルブの声が隣に立つラファの声よりもよく聞こえてきた。
「あ・・・気にしないでいいっすよーー!!」
微かに聞こえたラグールからの返事にガルブは安堵する。
「ちょっとやり過ぎたかもな・・・」
足元に転がる。というよりモンスターの顔を足場にして立つガルブ。
巨大な戦斧の刃が黄色く光るモンスターの左目を完全に潰していた。だが、モンスターは先程までのようなうめき声を上げることもなく、ただじっと伏せている。
「やけに大人しいな・・・。まさかやったのか?」
ガルブは周辺を見渡して一人の男を探す。だが、視界で見つけよりも早く、探していた男からの声が飛んできた。
「...ええ...なんとか...」
ガルブよりも数十歩後にラミットが静かに立っていた。
「...魔力の壁というのが...これほど厚い物だとは...思いもしませんでしたが...」
態度こそ表には出さないが、ラミットも魔力の消費も大きな物だったのだろう、いつもより言葉が詰まっているように聞こえた
「いまコイツの状態は?」
「...はい...人間でいう五感...というものはありませんでしたので...視覚と触覚。それと...魔覚とでも言うのでしょうか?...らしき物を封じました」
「魔覚?聞いたことないな」
「...恐らくですが...感覚として魔力を捉えられるような物...だと思います」
「それはつまり、魔力探知の魔法のような感じのものか?」
「イメージは...合ってると思います...」
不思議そうな表情で踏みつけているモンスターを見た。
「これだけのバケモンを召喚した奴はさぞかし大層な魔法師なんだろうな」
「どーだろーねー?」
真上から聞こえた女性の声。
「よっと」
空から降ってきたのはウリルだった。
左手と両足で綺麗に着地したウリルの表情はなんとも弱々しそうな雰囲気だった。
「もういいのか?」
「手加減したつもりだし、そんなに魔力は使ってないから・・・。って、それよりも、コイツの動きは封じられたの?」
「...はい...なんとか...」
「へぇ、やるじゃん」
ウリルの弱った表情からのふっと笑った表情に、ラミットは少しだけ頬を赤く染めた。
だが、直ぐにもその頬の赤みは消えた。
「くっ・・・やっぱり、まだキツかったかも・・・」
ウリルがその場に座り込んでしまったのだ。
「もう終いだろ、大人しく休んでおけよ」
「やけにお優しいですねー?もしかして・・・脈アリ?怖っ」
「ったく、なんでそうなんだよ」
ガルブの顔を見てバカ笑いするウリルに、ガルブは小さく笑ってみせた。
戦闘体勢という緊張状態から開放されて、緩やかな会話が戻る。
「"魔神"といえども、依代が無ければこんなもんですか」
聞こえた知らない男の声。
ガラリと変わった表情の3人が、ゆっくりと声の方向へと振り返るって見ると、頭上から見下ろすように宙に浮いた一人の男。
身につけた真っ黒なローブのフードを深々と被りながら後ろに手を回していた。
「お出まし・・・か?」
「大魔法師の方々も随分とズタボロですね、大丈夫ですか?」
「さすがに、もうちょっと休んでいたかったんだけど・・・無理そうね」
ウリルは両手をついて体を起こす。ゆっくりと。
「《火速》」
そして、立ち上がり切るよりも早くその姿を完全にその場から消し去った。
「《炎鎖》」
宙に浮いた男の背後を一瞬で取ったウリルは、両手の先に浮かぶ魔法陣から素早く伸びた火の鎖で男の体を締め上げた。
ローブには燃え広がることはない。だが、焼き焦げるような小さい音がその場に居た全員がその耳で捉えていた。
「なーんだ、やっぱり大したことないじゃん」
「それはこちらのセリフですよ《魔吸》」
ウリルの両手から伸びる火の鎖が縛り上げている男の体に吸い取られいく。
「くっ・・・剥がれない!?」
巻きつけている男の体から離れようと後ろに体を反らすが、男と鎖で締め付けられているようにウリルの体は動かなかった。
そして、間を置かずして火の鎖を吸い尽くした男の体は自由を取り戻すと、そのまま体を後ろに回してウリルに左手の掌をウリルの顔に向ける。
「《斥力》」
一瞬。ただ立ち尽くしていたガルブとラミットが見たのは、その瞬きほどの時間でウリルが遥かに後方に飛ばされていく所だった。
ウリルの反応の代わりに聞こえたのは、遠い所からのとても鈍い衝突音だった。
「ウリル!!!!」
ガルブが大声を張り上げるが、それは既に音が聞こえた後だった。
「コノ野郎・・・」
ガルブはグッと握り拳を作る。眉間に皺寄せて血管が浮き出ているその表情は、誰が見てもどんな感情なのかは分かる。
だが、ガルブの足が前に出ることは無かった。初めて見た魔法や余裕そうな態度から、迂闊に動くなという理性が働いているからだ。
「おっと、安心してください。まだ彼女は死んでいませんよ、彼女も大事な依代の一人ですからね」
「...依代...?...一体...何の話をしている」
表情に一切の変化がでないラミットが前に出て男と対話する。
「そう・・・ですね。見てもらった方が早いでしょう・・・」
ガルブの方向へと右手の掌を突き出した。
「《引力》」
「くっ!なんだ...これは!!」
見えない何かが、重たいガルブの体を宙に引っ張り上げていく。
男の手先に魔法陣のような物が見えることはない。ウリルを吹き飛ばした時も、魔法陣のような物が見えることは無く、それゆえに反応が遅れたのだ。
男は懐に手を入れて一枚のボロボロな羊皮紙を引っ張り出した。
「絶対に好きにはさせねぇ・・・」
ガルブの体は未だに引っ張られている感覚があるが、拳を突き出すことは容易そうだった。
「おっと、動かれると困ります《魔縛》」
「ッチ」
ガルブは小さく舌打ちする。
「自分でやれねえのは仕方ねえが、今回は許してやる」
「一体なにを―――」
「《神聖閃光》」
放って置いてたラミットの詠唱と共に、ガルブと男の間に巨大な光が出現する。距離は近く、間違いなく一瞬で目は潰される程の光量だ。
だが、男は怯む様子を見せずに空いた左手の掌を光に向ける。
「《魔吸》」
再び同じ魔法を詠唱すると左手が光を吸収していく。
「随分と万能じゃねぇかよ、その魔法」
「ええ、魔法に対しては最強でしょうね。だからこそ貴方が一番厄介で、あそこに居る・・・おっと?」
薄れてきた光の先に居る筈の、一人がその場からいつの間にか消えていた。
「まさか、逃げるとは思っても居ませんでしたが」
あざ笑うように鼻で笑ってガルブを見る。だがガルブの表情は、なんとも余裕のある笑みを浮かべていた。
「随分と余裕そうですね、では始めま―――」
「《完全支配》」
視界外から突然の声。
咄嗟に後ろを振り返って、声の主を確かめようとするが、姿は見えなかった。男は直様自分の体に左手を当てる。
「くっ!!《魔吸》」
「無駄だ」
先程と同じラミットの声。だが、声のトーンの違いに強い違和感を感じる。
「精神干渉した魔法は直接体に接触している魔法とは違う。俺の声が既にまともに聞こえてるならもう遅い」
メリハリのあるラミットの異質な声を聞きながら男の視界がグニャリと曲がり、当たり一面が暗闇に包まれた。
まず間違いなく聴覚と視覚は確実に奪われた事を察すると、男は諦めたように伸ばした腕をだらりと下げた。
「油断しましたかね」
「さぁ、答えてもらおうか。お前は誰だ?一体なんの目的でこんな事をしている」
「・・・」
男は不気味な笑い声を上げる。ラミットも自主的に喋ってもらえるとは思ってはいなかった。
「喋らないなら、無理やりにでも喋らせるだけだ」
「分かりましたよ」
男は腹を括ったかのように深呼吸を一つ置いた。
「《自死》」
「なっ!?」
男の魔法によって浮いていた男の体が真っ逆さまに落ちていく。
「おい、ラミット!!殺しちまったのか!?」
いつの間にか、地に足を付けていたガルブが、落ちてくる男の体を見て声を上げた。
「...《スーサイド》を使って...」
「バカ野郎!!なんで最初に《支配》を掛けた時に、無理やり喋らせなかった!!」
ガルブはまっすぐにラミットを見つめて問い詰める。だが、ラミットの表情が変わることはない。
「...コイツ...《支配》喋らせる事ができなかった....」
「どういう事だ!?」
ガルブの強い言葉で動きだしたラミットは、男の死体に近づきしゃがみ込むと男の被ったフードに手を掛ける。
「...やっぱり...」
「なんだ?」
ガルブもまた男の死体に近づいてラミットの背後に立つと、フードの中を覗き込んだ。
「コイツは・・・」
骨。
肉や皮はついておらず、そこにあるのは骨だけだった。
当然口に舌なんてついてはいないし、恐らく喉だって声帯なんかついておらず、骨だけなのだろう。
ガルブは、先程の戦闘を思い返し、骨男の右腕のローブの袖を捲ると、出てきたのは骨から伸びる腕の先にある手を覆う肌色の革手袋だった。
「手袋・・・たった今、死んで骨になった訳ではなさそうだな」
「...《支配》の魔法では...相手の魔力を遮断して主導権を握る魔法...その魔法を遮断してしまえば...喋らせる事は不可能...」
「ッチ・・・そうだったのか・・・」
「...それと気になる事が...ある」
「なんだ?」
「...コイツにも魔覚が付いていた...それもしっかりと五感も残して...」
「魔覚か、調べてみる必要があるかもしれんな」
「...それに...このスケルトン...いや...魔法が使えた事から...正式にはボーンメイジ...って事はやっぱり...」
ラミットは眉を顰めながら立ち上がる。
スケルトンとは骨だけの体を持つ物の総称で、その殆どが自然的に死んだ生き物と魔力が結合して一人でに動く《死者》である。
だが、このボーンメイジというスケルトンは、自然発生した《死者》ではなく、"魔法を覚えたスケルトン"を召喚する以外に発生する事はまずありえないのだ。
「このデカイ化物と同じように召喚されたって事か」
ガルブは先程まで乗っていた真っ黒なモンスターに目をやる。
「...その前に...ウリルの様子...見に行かなくていいの?...」
ガルブは暗く俯いた。
あれほど大きな鈍い衝突音は、冒険者として経験から似たような音を耳にしていた。そして、その全てが悲惨な結果だった。
ガルブは確認したくなかったのだ、ウリルが死んでいるという現実を
再びガルブは顔上げる。
「そう・・・だったな、急ご―――」
言葉の詰まったガルブの視線の先に見えたのは、俯きながらフラフラと足並みを左右に揺らして此方歩向かって来る女性。
その見慣れた彼女が自分の足で立って歩いていたのだ。
「ウリル・・・なのか?」
疲弊しているのだろうか、ウリルからの返事は帰ってこなかったが、ガルブにとってそんな事はどうでも良かった。
一歩一歩と、此方に向かってくるウリルの姿が目の前にあるのだから。
「...大丈夫ですか...?」
傍に近寄るラミット。肩を貸そうとしたのだろう、歩くウリルの直ぐ左側に立ってラミットの右腕をウリルの肩に回す。
ラミットの頬が嬉しそうに緩んだ時だった―――
赤い。
それが血なのか炎なのか、はたまた両方なのだろうか。
ラミットの腹部に突き刺さった腕。真っ赤な炎の中に自分の血が飛んだのがハッキリと見えた。そんな光景を認識した時、ラミットは一気に気が遠くなっていく。
痛みはない。ただひたすらに意識が飛びそうなくらい頭の中が真っ白になっていく感覚だけ。
「...なん...で...」
ラミットの言葉がそれ以上続くことはない。いや、今後喋る事はないのだろう。どう見てもほぼ即死。完全に急所を突いた一撃だった。膝から崩れ落ちたラミットから、無造作に腕を引き抜かれ、体を横にした。
「ウリル・・・どうして・・・」
突き刺したのは直ぐ真横に立つウリルの右腕だった。躊躇いも戸惑いもなく、真っ直ぐに自分の仲間を殺したのだ。
依然としてウリルは無口を保つ。ラミットが起き上がることがないと確信したのか、ウリルの視線がガルブに移ると再びフラフラと歩み寄ってきたのだ。
じっと見つめられて動けないでいるガルブに、直ぐにも腕の届く距離まで近づくと、ウリルの右腕がラミットを殺した時と同じように炎に包まれる。
「どうし―――」
ウリルの腕がガルブの腹部へと目掛けて伸びてくる。
そして―――ガルブはしっかりとその拳を左手で受け止めた。
ジワジワと皮膚が焼けていく感覚とまるで刃物にでも刺されたような痛みを感じながら、ウリルの顔を真っ直ぐ見つめる。
「いや、違う。お前はウリルじゃない。あんだけのデカイ音上げて、そんなに綺麗なままでいられる訳はねえ!!」
なにを言ってもウリルの口は決して開くことはなかった。
半信半疑な憶測から確信に変わったガルブに戸惑いはなかった。
「オラァ!!」
ジリジリとした感情を吹っ切ろうとガルブの右腕がウリルの右頬を殴りつける。
柔らかい頬に当たる拳の感覚に、後ろめたい気持ちを感じながら目を閉じる。地面に強く叩きつけられるような音がよく聞こえた。
「仲間に手を上げるなんて、酷いお人だ」
背後からの男の声。
どこかで聞いたような声にガルブはゆっくりと振り返る。
「お・・・お前は・・・!」