第四話 崩壊
ヴァミリアム王国王都の中心は、夜も栄える街として夜栄街という呼ばれ方をしたりする事がある。
「キャアアアアアアアアアアア!!!」
一部の地域では宵栄街とも呼ばれるが、それもここ数十年程からで、名前自体には歴史という物はなく、人々がそう呼んでいるというだけだ。
「だ、誰か助けてくれえええええええええ!!!!」
重要な建物や南北の大門等から主要ギルドや王宮まで全てが繋がる大通り。
「やめてえええええええええええええええええ!!!!」
その大通りを全て照らし出す街灯は、真っ暗な夜にでも人間が活動する事を可能にさせた。
「い、いやだ・・・いやだあああああああああああああ」
そう、魔法がこの街を大きく変えることになったのだ。
「ヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!」
人間の叫びの比にもならない程に大きな叫び。
高さ30メートルはある真っ黒な巨大な人型の化物。その真っ黒な身体の表面に、まるで隙間なく虫が張り付いているかのようにヌラヌラと蠢いている。街中に立ち上がる炎の灯りを受けてヌラヌラとした気持ち悪い輝きがより一層強くなっていく。そして、その重たそうな足を一歩一歩前に前進する。
そして、その太い足が逃げゆく人間の群れへと伸びていく。
「やめろおおおお!!!!」
何十人もの人間が、そのたった一歩の歩みによって殺されていく。
グチャリという潰されるような生々しい音が小さく聞こえるが、誰も気には止めない。ただひたすらに、逃げ惑う人々の叫びと、歩みによって生じる重たい物が叩きつけられたようなドシンというようなモンスターの足音だけが、延々と響き渡っている。
再び次の一歩に巻き込まれないように前の人間を押しのけ、突き飛ばし、踏み潰しながら逃げていくのだ。
「冒険者はまだなのかよおおおお!」
「ひいいいいい!!冒険者でも無理に決まってんだろ!!!!あんなの人間に倒せるわけないだろ!!!」
逃げ惑うのは市民だけではない。『モンスターが出た』という話を聞いてその場に駆けつけていた冒険者達もまた、一目見るや否やその群れに混じって逃げ出していた。
そして、声を上げていた一人の冒険者の男を踏み出そうと足を上げる。
「くっそおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
大声を上げた男は、突然の自分の周囲だけが暗くなり、次の一歩の範囲に入っている事を理解したのだ。前後左右には人間が詰まっていて、避ける余裕はない。少しずつ前に進む流れに乗る他はない。
「ぐっ・・・」
広がっていく影。それは、段々とその巨大な足が近づいてきている証明。そして、確実に間に合わない事を悟った男は、諦めるように目を瞑った。
ドシンッ、地面を叩くモンスターの足音が―――
「おらよっと」
筋肉の化物。逃げゆく群れの真ん中立ち、群れの中で頭一つ抜き出た2メートルを超える身体から伸びる、太い両腕がモンスターの足を支えていた。
「ば・・・ヴァルクさん!!!」
中に着た鎧をチラつかせるローブ姿でモンスターの足を支えていたのはガルブ。
涙目になりながら名前を叫ぶ男。自分が生きているという事以上に、視界に映ったもう一体の化物の姿が救世主が現れたという事に強く感動していた。
「とっとと逃げな!」
「はい!」
ガルブが支えている間にも必死に逃げようと前を掻き分けるようにして逃げていく。やがて、後方に大きく空いた人の群れの隙間に、モンスターの足を投げ下ろす。
大きな衝突音。片足だけで地響きを起こすほどの重量が、固い石畳にヒビを入れる。だが、その一歩に被害者が出る事はなかった。
「《死気》」
ガルブの頭上を通って伸びる真っ黒なオーラが、炎のような動きで巨大なモンスターの全身を包み込んだ。
「ヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
だが、モンスターの上げる雄叫びにかき消されるようにして真っ黒なオーラが空に散っていく。
「あら、呪術系は聞かないようね」
先程の魔法は、近くの民家の屋根の上に立つミカナの魔法だったらしく、掌をモンスターに向けていた。
「なら・・・《拘束の鎖》」
再び別の魔法を詠唱する。モンスターに向けられたミカナの両手の先から、大きな魔法陣が出現し、中からは真っ白な鎖が飛び出した。
そして、その鎖がモンスターに巻きつくようにして伸びていき、やがて鎖がモンスターの四肢の自由を完全に奪い取る。
「やっるぅ!!流石、ミカ姉さん。そこに痺れる憧れる~」
「お前も仕事すんの!!」
近くに立ち尽くすラグールに、ローブを剥いで使い慣れた戦斧を手にしていたガルブが怒鳴るよう叫んだ。
「へいへーい。《連斬裂》」
気だるそうな表情をガルブに見せると、モンスターに向けて伸ばした左手の先から大きめの魔法陣が出現し、そこから目には見えない無数の"何か"が風を切るような音を上げる。
そして、モンスターの身体を切り刻むように小さな切傷を幾つも付けたが、出血は愚かダメージを受けている様子すら見せていない。
「ありゃ、斬撃も聞かないっすね。っていうか、この魔法今考えたのに、割と実用性ありそうじゃん・・・覚えとこ」
「突発で魔法考えるのやめよ?」
いつの間にかラグールの背後に立って声を掛けたのはラファだった。
「ありゃ?ラファ姉さん達は避難誘導担当じゃなかった?」
「もう、殆ど逃げてて周辺には私たちだけだしねぇ。一応誰か怪我した時に私居ないと困るでしょ?」
「ラファ姉が居ないとマズイ時って、みんな瀕死くらいじゃないと、ないんじゃないですかね?」
目線をモンスターに戻すと、丁度大きく飛び上がったガルブが抱えた鉄の戦斧を頭部目掛けて振り下ろす所だった。
「《強力な一撃》」
叫ぶようにして詠唱すると、戦斧を握り締めるガルブの身体全体を覆うようにして一瞬だけ赤く光る。
「オラァァァァァァ!!!」
ガルブの戦斧は、しっかりとモンスターのこめかみ目掛けて振り下ろされる。
だが、少し切り込みを入れると 戦斧が完全に動きを止めた。そして、押しても引いてもそれ以上もう動きそうになく、諦めたガルブが地面に降りてきた。
「グァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
耳を塞ぎたくなるような雄叫び。
戦闘に参加している大魔法師全員がしかめっ面で、モンスターを睨んだ。
「痛がってる・・・のかなぁ?あれ」
「さぁ?でも叫んでるし効いてるんじゃないっすか?」
「多分...全然...効いてない...」
「「わっ!?」」
呑気にお喋りしていたラグールとラファの背後からの突然の声に、二人して驚きを見せる。
「ラミッさんか、びっくりした。どこ行ってたんですか?」
「...さっきまで...アイツに...」
「おい!ラミット!コイツを眠らせたりはできないのか!?」
続けようとした言葉は、駆け寄って来ているガルブの言葉に持っていかれる。
「もう...やりました...。けど...こいつ...なにも効きません。睡眠や幻覚...毒や麻痺...魅了などの精神支配...全てやりました」
「だとすれば、相当厄介だな」
「なら、燃やしきっちゃえば?こうやって《無限燃焼》」
その場に居る誰もが聞き慣れた声が聞こえると同時に、モンスターの全身を真っ赤な炎が覆った。
勢いよく燃え上がった対象が巨大だった為、近くにいた大魔法師全員がその熱風に巻かれ、建物や地面にまで燃え移っていく。
「おい、ウリル!!被害が広がるような魔法はまだ使うなっての!」
「でも倒せねーんじゃ意味ねーし。それに周りにいるのは市民じゃなねーだろー?、別によくねー?」
ガルブ怒ったような表情を、登場してきたウリルに向ける。
「まぁまぁ・・・って、ウリルちゃんが来たってことは、もう完全に避難は終わり?早かったじゃない?」
「んー、終わりっていうか、冒険者が引き継いでったって感じ?」
「そうか、じゃぁ、これで魔法ギルドは完全に討伐を任された、って事でいいんだな」
「それは、早とちりっしょ。あいつらは避難を優先してるだけで・・・あいつらからしたら、俺らがやたら血の気多い奴みたいに見えてんじゃないっすか?」
「もおおおお、早くなんとかしなさいよおおおお!!!!」
取り乱した様に大声で叫んだのは、未だモンスターを縛り付ける鎖を維持しているミカナだった。
「あの魔法って発動者はずっと魔法陣張ってないと行けないんっすね・・・」
「ああ、それに発動と維持にも結構な魔力消費でな・・・結構大変らしいぞ?でも、まぁその分あの鎖の拘束は相当強力でな、神獣すらも縛り付けるっていう伝説まで残ってるんだ」
「「「へぇ~」」」
「お前らああああああああああああああ!!!!」
普段の言葉遣いからは考えられないような粗い大声。
ぬるま湯のような温度の会話が丸ごと聞こえていたウリルは、目の前のモンスターなんかよりも大魔法師達を殴り飛ばしたくなるような気持ちに駆られる。
「ガァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
再び上げたモンスターの叫び声は、今までのとは少し違った。未だ焼かれる身体を前に進めようと鎖に抗う。
少しの余裕もない巻き付いた鎖が、更に張り詰めながらミシミシと音を立て始める。
「嘘だろ!?まさか、あの鎖を破るのか!?」
傍観していたガルブが驚いたような声を上げる。
先程の余裕そうな空気や会話。それは、絶対に鎖が破られないという自信から来るものだった。。
「くっ・・・!」
ミカナは必死に鎖を引こうと魔法陣に魔力を流す。
既に体内に残された魔力が5割を切っているミカナにとって、今以上に魔力消費を上げて強く縛るのは苦しいものだった。
「ダメっ・・・抑えられないっ・・・!!」
「ヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」
金属を断ち切るような音と共についに鎖が破られた。
キラキラと散って宙に消えていく魔法の鎖。
真っ黒な全身に真っ赤な鎖跡を残したモンスターは、首を曲げて足元を見る。それは、完全に大魔法師を見据えていた。
「私たちを認識したみたいだねぇ」
「どうやら、知能はありそうっすね」
モンスターは、再び足を上げる。だが、今度は蹴り飛ばすような姿勢で後ろに大きく左足を引き上げた。
そのまま炎を纏った巨大な足を、地面ごと抉るようなとんでもない勢いの蹴り足が大魔法師達に目掛けて振り下ろされる。
その風圧で周囲の建物は吹き飛び、接触した家は粉々になってその姿をこの世から消し去っていく。
さらには、粉々に散った家の破片に纏った炎が引火し、街全体に炎が一気に広がっていく。
激しい衝突音。街中に敷かれていた石畳を物ともせず、その下の土ごと抉り出す。
そんな高威力の蹴りは、今までの地響きとは比べ物にならない。恐らく逃げ惑っていた市民達であれば、立っているのもやっとな程だろう。
「お前の炎のせいで、被害が増えてんじゃねぇか!消せ消せ!!」
「っちぇ」
大魔法師達は、モンスターの蹴りから後退するようにしてバラバラに飛び出していた。
後ろに飛び退いていたウリルは、ガルブの注文を受けて宙に体を浮かせながらモンスターに掌を向ける。
「《鎮火》」
モンスターの身体を覆っていた炎が一瞬で消える。
だが、一気に暗くなった視界は、大魔法師達に一瞬の隙を作ることになった。
「しまっ・・・!」
突然暗くなった事によりうまく体制がとれないでいるガルブに、すぐ目の前まで伸びて来ている巨大な"何か"を回避できる余裕はなかった。
空気ごと切り裂くような轟音。それがどれほどの威力なのか、戦士としても戦うガルブにとってそれを察するに時間は要さなかった。
暗闇の中に大きな黒の輪郭がどんどん近づいていく。
咄嗟に目を瞑って歯を食いしばり、腕を身体の前で交差させて防御の姿勢を取る。
「ぐっ・・・」
激しい衝突音が鳴り響いた。
だが―――
「あ・・・あ?」
ゆっくりと目を開く。未だ遠くに見える赤い炎によって薄らと照られたのは、倒れ込むモンスターがゆっくりと背中に受ける建物を全て崩壊させながら、激しい衝撃音と共に、凄まじい地響きを起こす所。
そして、空を舞う見知った巨大な鱗の塊とそれに跨る見知った金髪の少女。
「かいちょ―――」
「大丈夫ですか?」
思っていたよりも高いもう一つの若い声。それは想像していた人間ではないという証明だった。
というより、その見知った生物を見たときに気づくべきだったと、ガルブは自分を鼻で笑った。
「ああ・・・助かったぜ、サリー」
「いえいえ、むしろ遅れてしまい申し訳ないです。ドライドが中々、言うこと聞かなくて・・・」
「夜に召喚ぶんじゃねえって毎度も言ってんだろうガ」
モンスターよりは小さいながらも、人間からしてみれば、それは巨大な鱗の塊。少女が跨って使役している、それはまるで強さの象徴のような生き物だ。
暗闇に溶け込むような全身を覆う碧い鱗。鋭い引っかき爪が先端に付いた大きな翼。胴体ほどの長さの刃のついた尻尾。長く伸びる首の先端についたゴツゴツとした顔。角や口からはみ出す牙が特徴的で、その鋭く黄色い瞳がその存在をより強く強調するようなそんな生き物。
種族名をドラゴン。個体名をドライド。
それは、少女が最も信頼し《召喚》するモンスターだ。
そんな彼のドスの利いた声が、サリーナとガルブの会話に割り込んで来る。
「だーかーらー、何度も謝ってるじゃない。そーんなネチネチしてるから、未だに交尾の相手一人見つかんないでしょーが」
「関係ねぇだろうガ・・・っていうか、もっとアレの心配をしたほうがいいぞお前ラ」
ドライドの黄色い瞳が、倒れたモンスター見据えて睨みつけている。
「どういう事?」
素朴なサリーナの疑問に、ドライドは喉を鳴らして唸るような音を上げる。
これは、ドラゴンという種族のせいなのか、ドライドの癖かは謎だが、考えている時と睡眠をとっている時に、この様な唸り声を上げるのだ。
「さっき、奴を尻尾で薙ぎ払った時、鋼のような硬さだっタ」
「ああ、それは俺もさっき実際に奴の体に触れて、斧も叩き込んでやったが、刺さったまま抜けない上にあれよりも深く傷を付けることはできなかった」
「やはリ・・・奴の体の表面。あれは魔力そのものダ」
「魔力そのもの・・・?どういう事だ?」
疑問符を浮かべるガルブに、ドライドは喉を一度鳴らすと、再び説明を始める。
「一言で言うなラ、"形を持たない魔力"とても言うべきだろうナ」
「形を持たない魔力・・・?」
「なんにせよ、色々と謎は多いガ、一つだけハッキリと言える事はある・・・アレは全く別の次元の世界から召喚ばれタ。それしか有り得ない」
「それってつまり・・・」
常々、戦いながらガルブは考えていた。
城塞都市とまでは言わないにしろ、壁を立てて四方にある出入りの門。そこには、常時一つの門に門番が最低でも四人は在中している。
いくら暗闇の中とは言えども、そんな幅広い人目がある中、モンスターが侵入してから市民が退避を始めるのにはいくらなんでも遅すぎる。
それはつまり―――
「・・・コイツを召喚んだ奴が、この街の何処かに居るんだろうナ」
「やっぱり、そうか―――」
「あー!ドライドだぁー!!」
目をキラキラと輝かせながら、こちらに向かって走ってきているのはラファだった。
そして、その後ろにラグールとウリルがゆったりと歩きながら付いて来ていた。
「久しいナ・・・」
固そうな顔が更に硬くなったような表情を浮かべるドライド。
「ちょっと体大きくなった!?てか、彼女出来た!?」
張り詰めていた糸を叩き切るように、ラファのトークが始まる。
ドライドはサリーが、召喚ぶこともあって、大魔法師達は勿論、一部の役員にもその名前と顔が知れ渡っている。
「どいつもこいつモ・・・そんな事、お前らには関係ないだろうガ」
「だってぇ~気になるじゃない?竜の交尾」
呆れ顔にも見えくる表情を浮かべるドライドは、その長い首を左右に振った。
「あー・・・兄貴、ミカ姉を見てないっすかね?近くでは見当たらなくて・・・」
「見てねえな・・・、まあアイツの事だし、問題はねえだろ」
「ねぇ!」
こちらに背を向けたまま、気だるそうに腰に手を当てて立ち尽くすウリルが全員の視線を集める。
「アイツ、もう起き上がるよ?」
ウリルの声に、全員が同じ方向に視線を合わせた。大の字に倒れていた筈の巨大な体は、今まさに中腰の状態から立ち上がろうという所だった。
ダメージを受けている様子は一切ない。むしろ、先程までしっかりとついていた真っ赤な鎖跡が完全に消えていた。読み取れもしないその表情や動きからその場にいる大魔法師に冷や汗を流させた。
「まさか、あれでノーダメージって事・・・?こりゃ、もうちょっと本気出さないと、やばいんじゃぁ・・・」
「でしょーね、被害を気に過ぎてミカ姉以外まともに魔法使ってないっすもん」
大魔法師がガルブの顔を見た。
先程のガルブがウリルに注意したように、二次災害を抑える様にと、事前にミカナから指示が出ていた。
いくら、優秀なチームや冒険者パーティーにも指揮を取る物は必要だ。
そして、会長もミカナも居ないこの場に置いて指揮権を握っているガルブだった。
「俺も我慢の効くタイプじゃないからな、やるしかねえなら・・・」
ガルブのその声に大魔法師の全員がローブに手を掛けると、一斉に―――
「やってやろうじゃねえの」
脱ぎ捨てた。