エピローグ
先日の台風の日の事は許してくれた。
ある日。今の今までどうしても言い出せなかったが、勇気を出してあの日雨戸を打ち鳴らしたのは自分だと告白、謝罪した。
すると、小陽は一瞬の驚きの後「え? なーんだそうだったんだぁ」と安堵と供に大きく息を漏らしただけだった。
責められる事を覚悟していたので、アルヴァが怒ってないのかと聞き返す始末。
小陽はわけがわからずという風に首をかしげ「うん。別に怒ってなんかないよ」と返した。
一分には満たなかっただろう。その程度の無言の後。
「デート……したいな」
若干唐突だが、この話を持ち出すには完璧なタイミング。アルヴァに断れるわけがなかった。
痛い所に付け込んでくる交渉術に酷く長けた人物との付き合いが長かったため、狙ったのかたまたまなのか、アルヴァには判断が付きづらい所がある。
それはそうと。
断れるわけはなかったが、果たしてデートとは一体何をすれば良いのか。
↓
「なあ、夏ってやっぱり暑いんだよなあ……?」
「え? うん。夏は暑いよ。とっても」
「とっても暑いのか」
「うん。とっても」
「へぇ・・・・・・」
「うん」
学食のとんかつのような会話をしながら往来を行く小陽とアルヴァ。
七月の頭。温暖ながらその先にある獰猛な暑さの到来を確かに予感させる時候。
この世界この国の夏はとても暑いという話は既に聞いていた。そこで、現地の人間の声を聞いてみようと思った。
「そうか……今年は暑くなり過ぎなければ良いな」
「クーラーとかいっぱいあるし大丈夫だよ!」
そう言って小陽はたぶん励ましてくれている。おかげで未だ訪れていない季節を憂えげんなりするのも何だか馬鹿馬鹿しいという事に気付けた。
ほどほどに雲の散った天気空、休日だけあって比較的人――特に休日にはほとんど見ない自分達と同年代の若者――が多く、何となく安心感を覚える。
台風は過ぎたが置き土産とでも言うべきか、その日を境に埃っぽさが無くなったように思う。吸い込む空気で喉や肺が洗われるような感覚が新鮮だ。
今まで散々歩いた場所も、誰かと一緒に歩くだけで全然別の場所のように感じられた。
アルヴァは歩道脇の花壇を避けるために少し小陽と距離を詰めた。
二人の間を二、三列の自転車中学生が通過していった。
二人は同じ歩道のそれぞれ両端を歩いている。
デートと呼ぶには不自然な間合い。
デートは受け入れたが、その際に可能な限り自分から一定の距離を取って行動するよう願い入れた。憑素に関して明確に判明している事は決して多くはない。ならばせめて分かっている範囲で安全な対策をとった。
アルヴァが多くを語らずとも小陽は受け入れてくれた。彼女が残念がったのではと思うのは自分を買いかぶりすぎだろうか。
小陽曰くデートらしいが、前日に行程を聞かされた所、大型ドラッグストアで安売りをしているが、一人で買える個数が限られているため頭数が欲しいとの事だった。
他にはと聞くとしばらく考え込んだ。どうも小陽もデートとは言ったもののそれが一体何をするものなのかよくわかっていないのではないだろうか。
かくいうアルヴァも、小陽にどこか行きたい所はと逆に聞かれ、しばらく考え込んだ後にホームセンターと答えた。
デート以外にもっと適当な表現が有るような気もするが、たとえ何と表現した所で、少し離れた所を歩く小陽は何だか嬉しそうで、自分だって悪くないと思っている今が変わる事はないだろう。色々考えるのは別の機会にして、今はこの何でもなさを堪能しよう。誰かがそばに居るという事自体もう何ヶ月ぶりの事だった。
「通り魔捕まったな」
お互い無言のまま少し歩いてから、別の話を持ち出した。
「うん。……でも何だか不思議な結末だったね」
今から一、二週間前の事。小陽にとってこの事件は最早過去の出来事だろう。あの台風の日以来、通り魔に怯えている様子はない。
「朝、警察署の前で寝てたんだってな」
そして、出勤してきた職員に見つかりその場で逮捕。寝転がる犯人のそばに落ちていた凶器が決め手となった。
「それに――」
ゆっくりと歩く二人の間を歩行者が横切ろうとしたので一旦話を遮った。いくら解決した事と言っても話し過ぎるのも考えものかと今更思い辺り、これを機に途中で話題を終わらせた。
小陽は何も言わず自分が続きを口にするのを待っていたようなので、「いや、何でも無い」と言っておいた。
そのままなし崩し的にしばらく無言で歩く。
話題の振り方がうまくない。こんなに下手くそだっただろうかとかつての事を思い出す。
そういえば数少ない友人とも出会った頃はこんなだった、いや、もっと酷かったな。
さて。次は何を話そうか。
薄金色の真円は、天高く横たわるなだらかな海のまん中に浮かび、この町、道行きの二人へと、燦燦と光を注ぎ続ける。
夏が近い。
サブタイはあれですが続きます。