01 竜の世界にて:竜の世界からこんにちは2
頭の中で聞こえていたユルム様と呼ばれる竜の声とは違い、雌龍なのだろうルーシェの声は直接龍の口から若い女の人の声が聞こえてきた。
「人間を直接見たのは初めてです。この大きさって人間の赤ちゃんってことですよね。どうやってここにきたのでしょうか」
《ルーシェよ、その件も含めてこの子を御山に連れていってはもらえないだろうか》
「わかりました。御山の神殿でよいのでしょうか。それとも竜皇宮の方でしょうか?」
目の前のユルムに比べるとまだ若いのか小さめなルーシェは、そう言うと、ルーシェは前足で俺を見た目に反してそっと掬い、落ちないように手のひらの中に抱えた。力が入って潰れないように配慮してくれているのだろう苦しくない。大人の姿だったら窮屈と思える空間も赤ん坊のこの姿ならば安心できる。
「ああう…あうぅ」
これなら落ちないか…。
なぁ、神殿ってなに? 竜皇宮って?
ぺしぺし…とルーシェの手のひらの感触を確かめていると見た目に対してやわらかい。
「あまり動かないでね…指の間から落ちちゃうから」
そう言って、3本の指を落ちないように丸めた。
《神殿というのはね…竜を祀る場所、我の眷属もいる場所なんだ。竜皇宮も御山の中ではあるけどかなり離れているからね…ルーシェ、神殿に向かってくれ。我の眷属に連絡しておく。なるべく早く連れていってあげてくれ。あと、できれば我の眷属以外にはこの子を見せないように、存在を知られないように気をつけてくれ》
「わかりました」
竜界って竜ばっかりなのに竜を祀るのか…?
ルーシェに問いかけたはずなのに、ユルムから返答が返ってきた。
もしや、俺と会話できてるのってユルム様だけなのか?
それにルーシェの言葉がわかるけど、これって日本語じゃないよな…。
《我は念話で直接頭に語りかけていて、君の言葉は我が頭の中を読み取っているからな…。我と同じようなことをできる竜はある一定の位階に至っているものならできるだろうが、ルーシェのような若い竜や位階が低い竜は簡単な会話ぐらいしかできないだろう。あと、君の言葉は元の世界の言葉だが、ルーシェたち竜界の者達の言葉は、竜語と呼ばれるものである。竜の加護のおかげで竜語は理解できるし、声帯が発達すれば竜語を話せるようにもなるだろう》
「ユルム様、この人間と話しているのですか?」
《ああ、この子には竜の加護があるからな》
ユルム様の念話はルーシェにも同時に聞こえているのだろう。
竜語かぁ、俺の中では普通に日本語に聞こえるなぁ。
「では、この星も夜が近づいて参りましたので、そろそろ向かいたいと思います」
ふわっと、ルーシェの前足の手のひらの中で体が浮くのがわかった。
ルーシェの指の間からそっとのぞくと、深い紫がかかった色合いのユルムの顔が徐々に見えた。
本当に大きいな…。
《そうだ…君と名前はなんていうだい》
「あおぃ」
ナオキ…俺の名は尚紀だ。
俺は、自然と日本にいたときの名前を答えていた。
体は真奈なんだけど、まっいいか。
《ナオキだね…また会おう》
「あーああぅ」
ああ、ありがとう
顔、体…全体、と地上から離れるとともにユルムの姿が見えた。
どうやら、ユルムと俺がいた場所は小さな島のひとつで、その島の半分以上がユルムの体で覆われているようだった。
大きすぎだろっ
ほとんど動かないって言っていたが、動いたらユルム以外のものが圧死してしまうから動かないんだろうなぁ。
遠ざかるユルムの姿が浮島で隠されるまで見つめていた。
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ユルムのいた場所が見えなくなるとともに、ルーシェのスピードは上がっていった。
驚いたのはルーシェがユルムのいた星の大気圏に入り突破したときだった。
魔法なのか竜の特性なのかルーシェの周りは空気の抵抗がほとんどなく、重力も一定だった。加速からのから重力を感じることも宇宙空間に出てからの重力から開放されるということもなかった。自分が生きているということは空気の膜のようなものがルーシェの体を覆っているのだろう。ルーシェの前足の中にいる尚紀も息苦しく感じなかった。外を見なければ自分が宇宙空間に出ていると気づかなかったほどだ。
御山とは別の星だったんだな…。
人間である尚紀のことを考えて空気を操れる風龍のルーシェに頼んでくれたのだろう。ユルム様、ありがとう。
そう思いながら、すでに見えなくなったユルムのいた星のあった方向を見つめていた。
さすが風龍というべきなのか移動するルーシェのスピードはかなり速いのだろう。次々と星を越えていく。
指の間から見える星を見たが、あまりにも早すぎて遠くの星は線のように見えた。
しばらくルーシェの前足の中から宇宙旅行を楽しんでいると、通りかかった赤茶色の惑星に何かが見えた。
こちらに近づいてきているのだろう、その黒い小さな粒だったものが次第に大きく見えた。その粒はまたひとつ、またひとつと増えてきた。
近づいてくるにつれてそれが、竜の群れだということがわかった。
体が鮮やかなオレンジのかかった赤から深い赤黒い色、体長もルーシェぐらいからルーシェの一回り大きい竜まで竜型の竜が6体、明らかにルーシェを目標にしているのであろうルーシェに向かってやってきた。
知り合いなのだろうか…。
ルーシェは接近に気づいているのだろうか。
ルーシェのスピードは全く落ちていない。
そっと、指の間から真上を見上げルーシェの顔を伺う。前を向いていて龍型のためよくは見えないが、ルーシェが焦っているように思えた。
「そこの風龍、止まれ」
近づいてきた赤竜達から声がルーシェにかけられた。
ルーシェはスピードを落とす。赤竜達はそれに合わせてルーシェを囲むように止まった。
「風龍よ、どこに向かっているかわかっているのか」
「ここから先は御山である。竜皇・龍皇様方の住まわれる神域とわかって向かっているのか」
この赤竜達は御山の衛兵の役割なのだろうか。
「何が目的でこの区域を飛んでいる。場合によっては…」
完全に止まろうとせず、何も答えようとしないルーシェに殺気だった声がかけられる。
周りの赤竜達からも野次が飛び交っていた。
穏便に通れそうになさそうな雰囲気が漂っていた。
「…目的地は御山です」
ルーシェは赤竜の威嚇や野次に耐えられなくなったのか、答えた。
「お前のような下位の低い風龍が御山に何の用がある」
「いくら辺境の龍とはいえ、神事の祭りの時期以外は、竜皇・龍皇様及び各眷属様以外は誰も立ち入ることを禁止していることは知っているだろう」
御山って今から向かうところだよな…。
ユルム様の話じゃ神殿と竜皇宮があって、神殿には竜が祀られてるって言ってたっけ。じゃあ竜皇・龍皇ってやつらがいるのが竜皇宮か…。
神殿が御山のどこにあるのかわからないが、この赤竜達が言っているのは竜皇宮に近づくなって言っているのだろう。
「神殿に用があるのです」
ルーシェは緊張しているのか、俺がいる前足がわずかに力が入ったようだった。
「誰の眷属でもない辺境の竜が、神殿に何のようだ」
ルーシェは震えていた。
「頼まれたのです、通してください」
「駄目だ」
「通すわけにはいかん」
赤竜達は簡単には通してくれそうにもなかった。
「どうしてですかっ、早く向かわなければいけないのです」
ルーシェは無理やり通ろうとするが、ルーシェより大きな体を持つ竜が前に立ちはだかり、後ろと左右、上下と残り5体の竜が全ての方向にそれぞれ配置してルーシェを閉じ込めていた。
「よくいるんだよ…そう言って竜皇宮や神殿に侵入しようとするお前のようなヤツがな」
「竜皇・龍皇様に会って眷族に重用して貰おうと考えるやつとかな」
赤竜達は若いルーシェが本当に用があると思っていないのだろう。取り合ってもくれない。
「私はそんなんじゃありません、本当に神殿に用があるのです!」
目の前にいる一番大きな竜にルーシェは叫ぶ。
「用とは何だ、ちゃんと言えたら上に掛け合ってもいいぞ」
目の前の竜はルーシェを見下しているかのように笑いながらそう言った。 ルーシェは、俺を守るようにそっと左の前足だけで持っていた俺を右の前足で握り締めた。
「言えませんっ」
《この子を見せないように、存在を知られないように》
ユルムの言葉を思い出す。
俺のことが言えないから通ることができないんだな。
「言えないのは、図星だったからだろ」
「怪しいな」
「そこの星まで来てもらおうか」
目の前の竜は先程までいた赤茶色の星に顔を向ける。
「駄目です、そんな時間はないのです」
そう言うと、ルーシェは目の前の赤竜と右にいたるルーシェと同じ大きさの朱色の竜の間から龍型の特徴である細長い体を利用してすり抜けた。
「っむ、そうはさせんっ」
目の前の大きな竜はルーシェに手を伸ばし尾を掴む。
すると、竜の手からルーシェの尾をたどるように赤黒い靄のようなものがルーシェを包んだ。
ルーシェは痙攣し、尾を掴まれていることから進めないようだった。
尚紀がいるルーシェの前足も次第に開かれていく。
痺れか意識混濁か…?
何かの状態異常なのだろう、ルーシェの前足の指から徐々に力が抜けていっているのがわかる。
次第に両足が離れ、開いていく前足の指から俺は宇宙空間に転げ落ちた。
やばいっ。ルーシェの膜から離れてしまうっ。
俺はルーシェの指にすがりつこうとするが、小さい赤ん坊の手では指一つでも自分より大きなルーシェの指に触るので精一杯だった。
コロン…と落ちる尚紀を赤竜達は見るものの、人間の赤ん坊を見たことがない竜達には何が前足から出てきたのかわからなかった。
「何だ、この小さいものは…生き物か?」
「おい、お前は何を持って」
宇宙空間に放り出されながら、ルーシェを見ると意識はあるようだが体が動かないのだろう、焦っているような顔をしていた。
「っ…ナ…キ」
ルーシェの空気の膜から出る。ルーシェの声が遠くで聞こえるようだった。
完全に体が空気の膜から出たとき、俺はブラックアウトした――。