01 竜の世界にて:竜の世界からこんにちは1
目を開けると、ぼやけているが空が目に入っていた。
流れ行く雲を横切るように大きなものが通り過ぎてく。
太陽らしき光を遮るように過ぎていく大きな塊が目に入る。
あれは、岩か?
空に岩が浮いているのか?
しばらくするとまた別の岩の塊が遥か頭上を通り過ぎていく。
「…あぅう、あう…」
声を出してみたが、上手く発音できていない。
ここどこだろう?
あの声の主の世界に移動ってこんな空の下に寝転がされてもなぁ。
手を上げてみると目の前に小さな手が見えた。
こんな手じゃ、何もできないし、動けない。
真奈の体に入れるって言ってたもんな。
ってことは、つかまり立ちはできるが歩くことはまだできないから移動もできそうにないな。
さて、どうしたものか…。
起き上がるのさえ一仕事だ。寝転がった状態から座れる体勢にしようとあがくが、真奈がやってたように上手く起き上がれない。
寝返りを打って…よっ、ようやくうつ伏せになれたが、うつ伏せになれたらなれたでどうしていいのかわからない。
思い通りに動かない手足を地面について体を起こそうと思ったが、上手くいかない。すぐにベタっと地面に戻ってしまった。
地面に草が生えていたのは助かったな。
岩や石があったら頭を打ちつけるところだった。
「あうううっ…あうあっ」
おーい、誰かいないのかぁ。
おーいっ
「あぁあああうぅぅぅっ」
誰か起こしてくれっ。
どうしてよいのかわからなくなってジタバタと手足を動かす。
すると、風がおき自分の体が持ち上がった。
体が浮いたままコロンと空中で転がされ、目の前に自分の足であろう小さな赤子の足が見え地面に下ろされる。
「あうっ…あ…」
何っ? 何が起きて…
背中側からまた風が起きる。
《お主、どこからきたのだ》
頭の中に声が聞こえた。
この世界に来る前の声とは違う少し低めの声だった。
気がつくと、自分の影を覆い隠すように大きな影が見えた。
自分の後ろに大きな生き物らしい存在が感じられる。
影の大きさを見る限り、人間ではない。
かなり…大きいっ。
そっと振り返ってみると、すぐ後ろに今の自分の体よりももっと大きい岩が綺麗に並んでいるのが見えた。岩の一つ一つの形は上にいくほど尖っていて牙のように見え、もっと上を見上げると、その岩が逆さまになって並んでいる。岩の奥にあるものは洞窟のように真っ暗だった。その口らしきものの薄く開いた間からごぉっっという音が出て顔に生暖かい風が当たる。
あまりの大きさに体が認識する前に震える…。
うっ
「う…ぎゃああああああああぁあああぁん」
うおおぉぉぉおおおおおおぉぉぉぉぉおおおお…っ
《こっ、これ、泣くなっ》
「ああああああああああぁん…」
おおおおおおおおおぉぉぉ…俺はここで喰われるのかっ。
焦っている声が頭の中にひびいたが、声の出る限り俺は大泣きした。
《驚かせてすまない。泣き止んでくれっ…お主は喰わんよっ》
ん?
「ああああぁん……っっくっ…うっくっ」
おおおおお…っ本当か…?
涙を拭いながら目の前の岩を見上げるが、先ほどとほぼ変わらない。風がなくなったくらいだった。
《ああ…我は食べる必要がないからな…》
ほっ
食べられないとわかって安心したはいいが、真奈の体に入ったとはいえ、恐怖のために大泣きしたことと、それと体が小さいからだろうか、あまりに怖すぎて尻の下がしっとり湿ってしまっているのもなお一層恥ずかしい。
赤ん坊なんだから仕方ない…よな…。
先程の声ってこの岩のような大きな生き物からだよな…。
見た目の大きさとは違い、念話でも優しい声色にそっと牙が見える下唇に触れてみた。岩のようにゴツゴツした固い感触が手に伝わる。
「ああぅぅ、あううぅ」
突然岩が動いて生暖かい風が吹いたから、本当に怖かった…。
《我の方が吃驚したぞ。我しかいないはずのこの島に突然現れたのはお主の方だ。それも、突然泣き出されて…》
「あうあー」
それはすまない…。
先ほど知り合ったヤツにここに送られたんだ。
《先程の泣いているお主の体から微妙に感じた懐かしい匂いと魔力といい…これは稀なことを…。なるほど…》
声の主は一人で納得したようだった。
匂いと魔力って、何か自分の体から出ているのだろうか。
体を捻って小さい手や足を見回してみたが、よくわからない。
「あーうっ」
ここはどこですか?
《ここは、我らが竜が住む世界》
竜の住む世界…。
「あぅああう」
それでは、貴方も竜なんですか?
《ああ、我もだ》
こんな大きな牙を持つ動物を見たことがない思ったが、竜なら納得だ。
本当に大きいもんな…この牙。
牙でこの大きさだとして、今の俺にはこの竜の全体どころか顔さえもまともに見えない。
では、死んだ時聞こえたあの声の主も竜だったのだろうか?
「ああぅ」
人間はいないのですか?
《いない。人間がこの世界で生きることは難しい。普通の人間でも厳しい環境に耐えられないというのにお主が赤子の姿でこの場にいられるのは、あやつの加護と一部を持っているからだろうな…人間の世界に戻りたいか?》
…と言われても、俺の世界は崩れてしまったしな…戻れないだろう。
そんなにこの世界は生き辛いのだろうか。平気そうだけどな…。
空を見上げると青から紫に変わるグラデーションの空に星なのか陸地なのかわからないが浮かんで過ぎていくのが見えた。遠くには肉眼でも見える天体が3つほど見える。この星の衛星だろうか。太陽のような恒星も1つあった。
空やこの周りの風景を見る限り、この竜がいるだけで人間の世界とあまり変わらない気がするのだが…
まっ、この体では一人で生き延びるのは難しいだろう…人間がいないのか…。どうするかな…。
《お主には加護と竜の一部が入っているため気づかないだろうが、ここはお主の世界でいう空気がかなり薄くかなり寒いはず。あと、この浮島にはお主が食べられそうなものはないからな…》
そうなのか…。
空気が薄いのか?
全然気づかなかった。竜の加護と体ってすごいな。
確かに周りは草木と岩だらけで、食べられそうなものは見当たらない。
この体では見つけたとしても食べられないかもしれない。
あと、気になるのは先程粗相した股から尻にかけての湿り気だけだ…。
ひんやりして冷たい。これだけは加護も体もどうしようもないらしい。わかってたけどな…。
「あーう、うぅ」
竜って何を食べて生きているんだ?
《竜にも種族が細かく分かれていて千差万別。基本は何でも食べられるが強いていうなら魔素や魔力が含まれているものが食べ物というべきか…すべての物には大小関わらず、少なからず魔力があるからな、もちろん人間にも魔力が少しではあるがあり、地上には人間を食べる竜もいる》
「…ぁああう」
…やっぱり食べるのか。
《我はこの場から僅かしか動けぬ身、動けない分最低限しか必要としておらず、大地の魔素を少し摂取しているだけだ》
「あうぅ?」
この大きな体は動かないのか?
《今は動く時ではないからな…》
頭に響く声は寂しそうに聞こえた気がした。
この竜はここでずっと一人でいるのだろうか…。
それにしても、寒さは感じないがおなかは空いてきた。
《…あやつにいいように使われている気がするが、我のようにここにずっといるわけにもいくまい。近くにいる知り合いにお主が住める場所まで連れて行ってもらうか…》
ん…。
誰か呼んでくれるのか。
《おおっ、きたか》
動けないのにどうやって呼ぶのだろう…と思っていると、頭上からゴオオオオオオオオォォォ…という風の音が聞こえた。
音のする方の空を見ると竜型というより東洋の龍型の深い青緑色の龍がしなやかな動きで空の中を泳ぐかのように近づいてきた。
《風龍のルーシェだ。我の眷属ではないがこの辺り一帯によく来て動けぬ我の代わり動いてくれる、優しい子だ。ルーシェに頼んだから、お主を御山まで連れて行ってくれるだろう》
「おおうっあぅ」
御山ってどこだ?
《行けばわかるよ…》
頭上に影が落ちてきた。
途端に、緑色の体が目の前いっぱいに広がり、宙に浮いていた。
「本当だわっ、人族の子供がいるっ!? ユルム様、この人族どこからきたんです?」