第9話:転移トラップ
「アーニャの失踪を追うと……」
「必ず後悔することになる」
俺とエアは呆然とした面持ちで、石城の扉に描かれた文字を眺めていた。
一体、この文面は誰が描いたのだろうか。
石城の扉を開けて外に出た。
あたりを見渡しても、人影はない。
静かな星の瞬きがあるだけだった。
もう一度、石城の中に戻って、放心しているエアに近寄る。
最初にアーニャが失踪したと聞いたときから、この事件は何かおかしいと感じていたが、これはどうも誰かが裏で糸を引いている案件らしい。
「イシカ……」
「ん?」
「これ。どう考えても、『ストレミーア』がヤバい何かに手を出していたとしか思えないよね。
それで、事件の真相を知られたくなくて、事件を追う私たちに脅迫をかけてきているんだ」
「それはどうだろうな」
俺の曖昧な言葉に、エアは不満のようだった。
絶世の美貌を、歪める。
「そうとしか考えられないよ。
そうだ。この事件の真相を白日の下に晒せば、ノエルは終わるはず……」
エアはぶつぶつと、憎悪の念を燃やしていた。
ふだんは徹底して無表情の女が、ここまで強い感情を浮かべるのは珍しかった。
「少なくとも『ストレミーア』がアーニャの所在を探していることについては、ノエルの話からも一枚岩と感じたがな」
「あんな男の言葉が信用になるものか」
エアは吐き捨てるように言った。
「『ストレミーア』の仕業でないとしたら、イシカはこれをどう見てるの」
「そうだな……。俺とエアが出会って、俺の部屋に行く途中、尾行されていると言っていたよな?」
「うん」
「あれ、『ストレミーア』の人間が行っていたのだとしたら、おかしくないか?」
俺の問いかけに、エアは首をかしげる。
「どうして? 私たちがアーニャにつながる情報を隠してないかどうか、試していたんでしょ」
「だったら、俺たちを怪しんでいると俺たちに教える必要は、『ストレミーア』にはなかったはずだ。
あいつらはただ俺を泳がせて、アーニャの所在を掴ませるほうが得策だった。
金貨の奪還という目的、アーニャ自身も何か価値あるものを握っていたのだろうが……。
少なくとも用を果たしてしまえば俺は、ボロ雑巾のように使い捨ててよかったはずだ」
「イシカのことは、アーニャを見つけさせてから、切り捨てるつもりだったんじゃないの?」
「もしそうなら、なぜ『ストレミーア』は俺の反感を買う形で、家宅捜索を強引に行っていたんだ?
俺にアーニャを見つけさせるというお題目があったなら、あの段階で俺の反感を買う必要が、『ストレミーア』のどこにある?」
「あっ……」
「ということは、だ」
言葉を区切って、俺は続けた。
「家宅捜索をしたのも、俺たちを追尾していたのも、この文字を書いたのも。
――別の新たな第三者、ということになる」
エアの表情は蒼白に移り変わる。
「ま、待って。ちょっと話が複雑になって混乱してきた。
つまり、私たちは何を追って、誰と戦っているわけ?」
エアがかすかに表情を動かす。
狼狽、というにはあまりにも落ち着いた様子だったが、おそらく無表情の彼女なりに動揺しているのだろう。
「いいか、エア。
この事件は、少なくとも現在、3つの人物グループが関係していると思われる。
1、クランの大金を持って失踪した『アーニャ』
2、その所在を追う『ストレミーア』
3、アーニャを追われると困る『謎の第三者』
そして、この『アーニャの失踪を追うと、必ず後悔することになる』という文面を書いたやつと、
俺たちを家まで追尾してきていた奴らは、『謎の第三者』という同一人物である可能性が非常に高い」
「だとするなら。それは、一体、どこの誰」
エアの瞳が、怪しく輝く。
「さてね。現状だと分からんね。
俺の予想だと、調査していくうちに姿を現す可能性が高そうだな」
俺は頭をガシガシと掻いて、言った。
「しかしまぁ、ずいぶんと胡散臭い話を運んできたもんだ、アーニャも。
だがこれでアーニャが生存している線は高くなってきた。俄然やる気が出るな」
「それにしても、これって血文字だよね?
なんでわざわざ血で文字を書くかな。趣味の悪い……」
エアが扉の血文字を触った時。
魔法の光が瞬いた。
「えっ!?」
驚くや否や、俺とエアの足下に幾何学文様の魔方陣が現れる。
「血文字を媒介として、魔方陣が仕込まれていたのか……!?」
幾何学文様の魔方陣は、急速にきらめきを増していき、俺とエアは次の瞬間。
まったく別の場所へと転移させられていた。
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