第8話:石城
俺とエアは星乙女の迷宮42階層を進めていた。
魔物が現れれば戦闘で倒し、わずかな痕跡を見逃すまいとくまなく調査する。
星乙女の迷宮は内部がかなり広く、42階層だけを探索するにしても数時間はかかる。
俺とエアは調査がひと段落した時点で、また休息をとっていた。
戦闘は体よりも精神が疲弊するので。こまめに休息をとらなければ万が一の事態が起こりかねない。
俺たちは地面に座り込んで、近くにあった灌木を使って焚き火を起こしていた。
パチパチと燃える焚き火を見ながら、俺とエアは完全栄養食のブルーチーズを食っている。
「イシカ。なんで『ストレミーア』は金貨数百枚を持って、迷宮に入っていたのかな」
魔方陣の痕跡からアーニャの行動を予測した1件を境に、エアが俺を見る目は明らかに変わった。
こうして、俺にたびたび推論をぶつけてくるようになっていた。
「そこが今のところの、1番の謎だよな。
街の中で金貨を持ち歩くなら、まだ分かる。それにしたって大金すぎるが。
だが迷宮には金貨を使うような商店はない。
魔物相手に、まさか賄賂を贈るわけでもあるまいし。
だとするなら――」
「するなら?」
エアは俺の話に相槌を打ち、俺に先を促した。
「『ストレミーア』は、星乙女の迷宮内で何者かと、なんらかの取引を行う予定だった。
アーニャは、それを阻止したかった。だから金貨の入った袋を奪って逃走した。
そう考えるのが、妥当な線じゃないだろうか」
「気になるね。『ストレミーア』が何をしたかったのか」
そう語るエアの瞳には、肉食動物が獲物を追い詰めるときのような獰猛な光がともされていた。
「……。
まぁ、アーニャが金に目がくらんだわけじゃないって大前提が崩れなければの話だがな」
「そこはもうその線で固めて推理しようよ。
間違いない。『ストレミーア』には人様には言えない闇があったはず」
「…………」
エアは出会い頭から腹に一物を隠している気がしていたが。
こいつ、“何か”を知っていそうな気がする。
「……エア。なんで、そう思う?」
エアの表情を鋭く観察しながら、俺は尋ねる。
そこでエアはハッとして、また無表情に戻って、首を振った。
「ただ、なんとなく。
だってアーニャって、すごく性格のいい子みたいだし」
エアは何かを隠している。
俺はそう思った。
「まぁ、アーニャが無実であると。
少なくとも金のためだけではなかったと、俺は信じてるどな」
「うん。イシカに聞いたあの話の子が、金貨に目が眩んだだけと思えない。
だってお金が欲しければ、イシカなんてとっくに振ってるよ」
「悪かったですね……。金の稼げない男で」
「いや、まぁ。うん。それに、私は」
「エアが?」
「……ごめん。なんでもない」
それきり俺たちは無言に戻り、パチパチと燃える焚き火の前で休息をとった。
◇ ◆
休憩を終えて、俺とエアは迷宮の探索を再開した。
しばらく魔物を倒しながら、星の海を渡っていく。
戦闘はエアに任せ、俺はアーニャにつながる小さな痕跡すら見逃すまいと、くまなく捜索する。
ほどなくして俺とエアは、鉱石でできた城のようなものに行き当たった。
エアは石の城を前にして、険しい表情をした。
拳を握りしめ、エアは何かに耐えているようだった。
「エア。どうした」
「いや……迷宮内に、石城か。イシカ、なんだろうこれ?」
「まぁ、調べてみないわけにはいかないよな」
「だね。私が先行するから、後からついてきて」
「了解」
石城の大きな扉を開けて、エアと俺が中に入っていく。
中は真っ暗だったが、近くに火が灯されていない不気味な燭台があったから、エアが魔法で火をつけた。
ぼうっと燃え盛る炎が、石城の内部を照らした。
石城の中は入ってすぐに大きなロビーがあって、その中心に2階につながる大階段がある。
そしてロビーから左右に通路が伸びていて、いくつか部屋があった。
ロビーのいたるところに瓦礫が散乱していて、石城は荒れ果てている。
「なんだろうね、ここ。ただの魔物の寝床か何かなのかな?」
「それにしては、人間が住んでいた匂いがあちこちからするけどな。ほら、あそこ」
俺が指差した先は、小部屋の中が見えている。
その部屋の中には、見るからに汚そうで腐食しているベッドの残骸が放置されていた。
エアが慌ててその小部屋に走っていくので、俺もついていく。
小部屋の中に入ると、腐食したベッドだけでなく、水桶やナイフなどの、人間が生活を送るにあたって必要な雑貨が散らばっていた。
「本当だ。人間の匂いがする。
誰かがここに住んでいた……?」
「『ストレミーア』の人間だったら面白いな」
「ま、まさか……」
呆然とつぶやくエアだったが、俺の推論が「当たらずとも遠からずなのかもしれない」と思っているのが、動揺の表情から見てとれた。
俺とエアは小部屋の中を調べてみて回る。
エアはベッドをわずかに持ち上げ、その下に何か隠されているものがないか調べていた。
俺はベッドの近くにあった木製テーブルを調査する。
テーブルはベッドと同じように腐敗が進んでおり、カビが生えたテーブルの上に、写真が立てかけられていた。
その写真は、幼い少年と少女の集合写真のようだったが、顔の部分が切り取られていて誰が誰なのか判明しなかった。
これは……。
ずいぶんときな臭くなってきたものだ。
「エア。これを」
「ん」
俺はエアを呼び、顔のない集合写真を見せた。
「なにこれ……。不気味」
「これが、アーニャの言う『アストライアダンジョンの謎』の1つなのかね」
俺とアーニャが顔のない写真を眺めていると、石城の入り口のほうでゴトン! という大きな物音がした。
「っ!」
「エア」
「うん」
俺とアーニャは一瞬で目配せし、素早く武器を魔法で呼び出して、入り口に走った。
疾駆するアーニャの背中を追って物音がした場所に到着したが、そこには誰もいなかった。
その代わりに、入り口の石扉の後ろに、夥しい量の血で、
――アーニャの失踪を追うと、必ず後悔することになる。
と、書かれていた。
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