第7話:残された痕跡
休憩で体力を回復させた俺たちは迷宮探索を再開し、星乙女の迷宮42階層の探索は順調に進んでいた。
「はっ!」
魔物と対峙するエアが、華麗なステップワークを使って攻撃を回避する。
敵は、背中に翼の生えた悪魔の魔物、ダークエンジェルだった。
ダークエンジェルは中空に浮かんで、銀の槍をエアに連続で突き出す。
エアはそれをサイドステップを駆使して華麗に回避していく。
俺は魔物の死角から、鎌を構えて忍び寄る。
「ふっ――!」
エアがダークエンジェルの大ぶりの攻撃をステップバックで回避し、魔物がわずかに前のめりになる。
「イシカ!」
「分かってる」
エアがダークエンジェルの態勢を崩してくれたおかげで、俺は仕事がしやすい。
魔物の背後から鎌を振りかぶり、『鎌術師』のスキルを発動させた。
「――『エヴァキュエートエリア』!!」
魔物と俺と起点として、10メートル大の空間魔法が発動した。
この空間の中では、魔物のあらゆるスキル、魔法、アビリティの使用が封じられる。
『ワームプリズン』と似た効果だが、こちらは10メートル大の空間内にいる魔物すべてに適応される範囲妨害魔法だ。
『エヴァキュエートエリア』は非常に強力なスキルだが、これを使った後、再使用するまでは10分間のクールタイムが必要とされる。
「なにこれ……!」
俺がお披露目した魔法に、エアが驚いて目を丸くさせている。
この空間の中では、ダークエンジェルが魔法を発動しようとして、すべて無効化される。
安全な魔法空間で戦える俺は、そこからは冷静にいつものハメ手を使う。
「『アームカット』!」
鎌から発動するスキル攻撃が、魔物の攻撃行動を封じた。
「グァァ!」
魔物が翼をはためかせて逃げようとしたところを、
「『レッグカット』!」
移動行動を封じる。
そして、
「『ワームプリズン』!」
魔法の檻に入れて、すべてのパッシブとバフを剥がし、行動不能に陥らせる。
ここまでやれば妨害の仕事は終わり。
あとは、火力職のタコ殴りのターンだ。
「エア!」
「分かってる」
俺がステップバックで距離をとり、そして反対側からエアがフロントステップで前に踏み込んだ。
一気に魔物との間合いを詰めたエアは、剣を振る。
大気に銀閃を引いて、エアの剣が身動きの取れない魔物の首を寸断する。
ザグッ、という肉が断ち切れる音が鳴って、魔物の大量の血があたりに飛び散った。
ダークエンジェルが絶命し、魔石へと変わっていった。
「ふう……」
魔物を倒しきり、エアが剣にこびりついた血を払いながら、一息つく。
俺は魔石を拾い上げ、サイドバックに詰め込む。
「イシカ。いいね、さっきの。
魔物の攻撃を無効化するやつ。強いじゃん」
「あぁ、『エヴァキュエートエリア』?
あれ強いんだけどなー、クールタイムがあるんだよな」
「魔物の攻撃オールキャンセルは反則だよ。
あれぐらいの妨害があるなら、自分では攻撃したりはしないの?」
「一応攻撃スキルも持ってるけど、火力職の精度には到底及ぶべくもない。
だから攻撃は火力職に任せる」
「ふーん、そっか。
でも火力なくても、その妨害力ならすごいよ」
「そりゃどうも」
俺は照れくさくなってそっぽを向いたが、エアは表情をほぼ変えないまま、剣を魔法で消失させる。
「それで、このあたりがアーニャの失踪したポイントのはずだよね」
「あぁ」
魔物の脅威を取り除いた俺とエアは、周囲を調べて回る。
「頭脳労働が得意なイシカさんは、42階層の探索でアーニャへの手がかりを何か発見した?」
エアが近くに転がっていた小石を持ち上げながら、小首を傾げる。
近くの地面には、魔方陣の文様が浮かび上がっていた。
「まだ確かなことはなんともだが、分かったことが1つあるな」
「へぇ。どんな?」
エアが目をわずかに輝かせて、俺の話を聞く。
「ほら、ここ見てみろ」
「?」
俺が指差す地面に、エアの視線が注がれる。
そこには、魔方陣の跡のようなものがうっすらと浮かび上がっていた。
「これは、すでに効力が失効した魔方陣の跡だ」
「そうだね」
魔方陣は、地面に魔法効力のある幾何文様を描き、それに魔力を注いで発動させるトラップタイプの魔法だ。
事前に周到な準備と労力が必要とされるが、魔方陣の効力は強力なものが多い。
普通の魔法では不可能な『空間転移』や『召喚』のような、優れた魔法を行使することができるのが、魔方陣のメリットだ。
「魔方陣はふつう、使用されてから1週間前後で地面に描かれた文様が消える。
この魔方陣がまだ文様を残っているところから見ると、発動してそれほど日数が経ってないことを意味している。
つまり、アーニャが失踪した日を前後して、ここで一度は魔方陣が使われたことを意味する」
「ふむ。アーニャの失踪の日と整合性はとれるね。それで?」
アーニャは相槌をうち、俺の推測の先を促した。
「『ストレミーア』のノエルに話を聞いた時には、あいつらがここで魔方陣を仕掛けて魔物を迎え撃った、という話はしていなかった。
ただ、ここで魔物との戦闘になった際、混乱に乗じてアーニャが逃げたということを言っていた。
さらにこの魔方陣は、魔物が使うものではなく、人間がよく使っているタイプのものだ」
「つまり……、ここでアーニャが魔方陣を使って、『ストレミーア』の目を欺いて逃走した可能性が高い、ということ?」
「それも、計画性のある逃走だったんだろうな。
魔方陣をあらかじめ仕込んでおき、この場所を『ストレミーア』のクランメンバーたちが確実に通ると分かっていなければ、この魔方陣は無駄に期す。
そういう予測が、アーニャにはできていたはずだ」
「……。アーニャは、なんでそんな回りくどいことをやっていたんだろう?
クランのお金を持ち逃げするぐらいなら、もっと別の機会もあっただろうに」
エアの疑問に、俺は1つの仮説を立ててみた。
「アーニャの手紙の一文からの推測と、この魔方陣による逃走の計画性から、こうは考えられないだろうか。
アーニャはクランの金を持ち逃げして、金持ちになりたかったわけじゃない。
クラン『ストレミーア』が迷宮内で行うなんらかの行動を、クランの金を持ち逃げすることで妨害したかった、と」
「それは、なんだと思う?」
エアの瞳には、怪しい輝きがともされていた。
俺の心理を探るような眼光だ。
…………。
こいつ、前も思ったが、何が目的で俺についてきているんだろう。
「いや……そこまではまだ分かんねえよ。
もうちょっと調査を続けなければな」
「42階層をくまなく探索すれば分かるかな」
「今のところは、そうするしかないだろうな」
「うん、分かった」
俺の言葉に、エアは力強く頷いた。
そこでエアは恥ずかしそうにもじもじしながら、俺に言った。
「……あ。その、イシカ」
「あ? んだよ」
そしてエアは、神妙な顔つきになって頭を少し下げた。
「ごめん。今までイシカのこと、ただの女のヒモになってるクズって思ってた。
でも、イシカって強いし、連れてきてよよかった。
私だけじゃ、たぶん魔物との戦いでも苦戦してただろうし」
「いや別にいいんですけどね……。
俺がアーニャに小遣いもらってたのは事実だし……」
「でも。これからは頼りにしてるよ。イシカの妨害と推理力を」
「ま、探偵ごっこやってるだけだが、アーニャが見つけるためだ」
「うん。先へ行こう」
「おう」
俺たちは、42階層の探索を再開した。
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