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第6話:今でも覚えてる

 俺たちは星乙女の迷宮42階層を探索していた。

 エアの背後をついて歩き、ノエルに書き写させてもらったマップ情報と現在地を照合しながら前に進む。


 ふとエアが俺を振り返って、こう言った。


「イシカ。アーニャが消えたポイントに到達するまで、あとどれぐらいある?」

「そうだな……、このペースで進めば、あと30分ぐらいで到達すると思う」


「その前にちょっとここら辺で休憩しない?

 私、若干の疲れを感じてる」


 珍しくエアが自分の都合を主張するので、俺は快諾(かいだく)することにした。


「そこまで急ぐ必要もないしな。

 分かった。休めるときに休もう」


「ありがとう」


 エアは少しホッとした顔をして、近くの見晴らしが良くて魔物の奇襲を受けにくい場所に腰を下ろした。

 ベルトにつないでいたサイドバッグから、焚き木と食料を取り出す。


 このサイドバッグは特殊な素材で作られている冒険者用のもので、見た目よりも多くの物を収容できるマジックバックだ。

 高価だが便利なマジックアイテムで、多くの冒険者が使っている。


 俺は取り出した焚き木が、空気を通してよく燃えるように組み、魔法を使って火をつける。

 そして焚き火の上で物を温めたり、水を煮沸消毒するために、石の枠組みと銅を使って簡易テーブルを組んだ。


 焚き火で暖をとれるようにすると、塩漬けにして作られた干し肉を銀串に刺し、いくつか炎の中に突っ込んだ。

 こうして温めて食えば、迷宮食の代表といえる干し肉もそれなりに美味い。

 

 干し肉だけでは味気ないので、サイドバッグに入れていた水筒と銀の取っ手がついたコップを取り出す。

 水筒の中には迷宮に入る前に作った野菜スープが入っている。


 俺はスープを銀のコップに入れて、焚き火の上に組んだテーブルに置いてそれを温めた。

 俺が手際よく食事の準備していく間、エアはぼんやりとした表情で焚き火見つめていた。


「おい」

「……あ。ごめん、ボーッとしてた。なに?」


 俺が呼びかけると、エアは顔をあげた。


「飯を食うぞ。干し肉と野菜スープだが、ないよりマシだろ」

「ううん。全然嬉しい」


 エアは俺から干し肉と野菜スープを受け取ると、わずかに表情を綻ばせて食べ始める。

 俺もそれに習って干し肉を食いちぎった。


 動物の肉を強烈な塩の味付けがしてあるだけだが、火で炙ってアツアツなのでそれなりに美味い。

 続けてスープをすすると、鶏ガラの出汁がよく出ていた。


「美味しいね。それに手際がすごくいい」


「だろ。アーニャが稼ぐ女だったからな。

 俺はせめてもと思って、家事はそれなりにできるようになったんだ」


「いいね」


 俺の言葉に、エアはふわっと優しく笑った。

 そんなエアを見て、俺はポツリと漏らす。


「エアも笑ったりするんだな」


「私のことをなんだと思っていたの?

 笑うぐらい、人間だからするでしょ」


「いや……いつ何時も無表情を崩さないから。

 てっきり感情が凍りついているのかと」


「……まぁ、愛想が悪いのは否定はしないけど」

 

 エアは少しバツの悪そうな顔でそっぽを向いた。


「ねぇ、イシカ」

「あ?」 


 俺は野菜スープをフーフーしながら、エアの話に耳を傾けた。


「この事件の真相が解明されてさ。

 アーニャが本当に金貨を騙し取って、私益のためだけを考えていた性悪の女だったとしたら、どうする?」


「そうではないと信じているが、実際そうだったらとりあえずはぶん殴るかね」

「女性に暴力は良くないでしょ」


「悪いことをしたら怒る。

 それが女であろうが、近しい者の罪ほど、厳しく叱る。

 二度と繰り返さないようにな。当たり前のことだろ」


 俺がそう語ると、エアはしばらく俺の顔をまじまじと見ていた。

 いつものエアの無表情ではなく、そこには俺の言葉に理解を示す輝きが見てとれた。


「んだよ。それでも女には優しくしろ。

 女は殴っちゃいけないとか、杓子定規に言うつもりか?」


「……いや。そのとおりだと思う。

 そうだよね。悪いことしたら、怒られるのが当たり前だよね。

 うん。それが普通だ」


 そう言って、エアは何度もウンウンと頷いていた。

 何か共感できる経験が、エアの中にあるのかもしれない。


 そこで思いめぐらせたのか、エアはさらに俺に尋ねてきた。

 

「イシカ。アーニャってどんな女の子だったの?」


「どんなって……前も言ったが、優しくて可愛くて、性格の良い子だったよ。

 誰に対しても明るく振る舞っていた、気さくな子だ」


「へぇ。私みたいなタイプとは全然違うんだ」

「全然違うタイプだな。例えば、俺とアーニャが生まれた街にいた頃には、こう言うことがあった」


 俺はエアに、アーニャとの思い出を語り始める。


 ◇ ◆


「ねーえー。イシカー。今日良い天気だよ。遊びに行こうよー」

「やだね。俺は家でゴロゴロするのがなによりも好きなんだ」


 俺はエミンズの街の自宅のベッドで、寝転がったままアーニャの誘いを断る。

 アーニャはシーツを頭からかぶる俺を、なんとかしてベッドから引きずりおろそうと引っ張っている。


「うっわ、頑としてベッドから動かないって感じ。

 すごく暗い発言なんだけど、イシカ……」


「ほっとけっつーの。そんなに遊びたいなら、アーニャだけで行けばいいだろ」

「1人で遊んでも意味ないじゃんー。イシカと遊びたい」

 

 頬をプクーと膨らませながら、アーニャは言った。


「じゃあ他の誰かでも誘えばいいんじゃね。

 アーニャの誘いなら、男ならいくらでも乗ってくるんじゃないのか」


「いいのかなー。そんなこと言ってて。

 私だってそれなりに男の子にモテるんですからね」


「はいはい。ご自由にどうぞ。

 アーニャの本性を知って愛想つかされるのがオチだろ」


「本性ってなんだ、本性って。

 いざ私が彼氏作って、後で後悔しても遅いんだよ、イシカ」


「知らねーし。なんでお前に彼氏できて、俺が後悔しなきゃいけないんだ?」

「カチーン……。イシカなんてもう知りません!」


「好きにしろ。俺は寝る」

「あっそ! 勝手にすれば!」


 そう言って寝転ぶ俺をおいて、アーニャは外に出て行った。

 ま、あんなこと言ってるが、どうせ明日になったら機嫌を戻す。


 ――イシカー。遊ぼうよ。ねえねえ、今日はピクニック日和だよ!


 とか言い出すに違いない。きっとそうだ。これまでもそうだった。

 喧嘩しても1日でケロッと忘れて、イシカ、イシカと懐いてくるんだ。


 俺は小さい頃から時間を共有していた者同士特有の、ぬるい関係に安堵していた。



 しかしアーニャは、翌日も、その翌々日も俺の家に来なかった。

 それはこの街で生まれて、初めてのことだった。


 

 1週間が過ぎた。

 アーニャは相変わらず、俺の家に近寄ろうとしない。

 街の知り合いから聞いたところによると、アーニャはどうやら同い年のやつらを集めて、街の外れで日々何かに没頭するように遊んでいるらしい。


 今まで生きてきて、こんなにアーニャと話をしなかったことはない。

 さすがに、アーニャに見切りをつけられたのかと不安になった。


 不承不承ではあったが、俺に非があったと認めざるを得ない。

 俺から折れることにして、アーニャに謝りに、アーニャ達の溜まり場に赴いた。


 アーニャとその友達たちは溜まり場に現れた俺を、興味深そうな目で見てきた。


「悪かった、アーニャ。

 あの時は俺もちょっと無神経だったかもしれない。

 許してくれ」


 頭を下げた俺を、アーニャは表情を押し殺したまま。

 ツン、と澄ましてこう言った。


「私。言ったもんね。イシカのことなんて、もう知らないって」

「おい、だから俺が悪かったって」


「イシカなんて大嫌い。早く帰って」


 その一言が衝撃的だった。

 まさか、アーニャに本当に嫌われるとは思ってなかった。

 

 だって、あんな軽口いつものことじゃないか。

 幼い頃から、ずっと続けてきたことじゃないか。


 本当に、彼女は俺のことを嫌いになったのか……?


 俺は訳も分からないまま、俺は冷たい表情のアーニャを呆然と見つめていた。

 クスクスと俺を嘲笑する奴らに追い立てられるように、俺はその場から去った。



 2週間が過ぎた。

 その頃には、アーニャと喧嘩してどれだけ経ったのか、日付の感覚も希薄になっていた。


 アーニャが俺の家に寄り付かなくなったのは当然のこととして、俺と街で会っても彼女は他人のふりをした。

 これまで俺の友達だと思っていた奴らは、俺とアーニャが喧嘩したことを知ると、すべてあいつの側についた。


 つまり、俺は生まれ育った街で、初めて完全な孤独を味わっていた。


 俺は自分がこれまでどれだけ無神経な言葉でアーニャを傷つけていたのか、どれだけアーニャの優しさに甘えていたのか、思い知る。


 なんとかしてアーニャと復交したかったが、一度こちらから謝ったのに、さらに頭を下げるのは俺のちっぽけなプライドが邪魔をした。


 幼馴染の女に完全に嫌われてしまった絶望を抱えながら、俺は日々悶々としていた。

 

 そんな悲嘆に暮れるある日、アーニャの友達の女が俺の家へやってきた。

 なんでも、来て欲しい場所があるのだとか。


 アーニャに無視されるようになって、人との触れ合いに飢えていた俺は、すがりつくようにその場所に赴くことにする。

 そこは街外れにある、彼女達の溜まり場だった。


 木々で小さな秘密基地のような建物を作っていて、その中からは楽しそうなはしゃぎ声が聞こえる。

 アーニャの声が含まれている。

 なんなんだ、一体。苛立つ。


 新しい友達との、仲の良さを見せつけようってか。

 今さら後悔したところで遅いんだよと、そう言いたいってのか。


 そんな鬱屈した思いを抱きながら、アーニャ達の秘密基地に入ると、全員が声を揃えてこう言った。



「「「「お誕生日、おめでとう、イシカ!!!」」」」


 パァン、と、祝砲が次々に鳴らされる。

 秘密基地の中にはたくさんの人が詰め寄せていて、みんなが俺に笑顔を向けていた。


「え……、た、誕生日……?」


「今日は六つの月の第二週水精霊の日でしょ。

 イシカの誕生日だよね! 忘れたことないよ!」


 そういえば、ここ最近はアーニャと喧嘩したつらさで胸がいっぱいだったから忘れていた。

 今日は、俺の誕生日だった。


 今まで俺のことを嫌って無視していた態度が嘘かのように、アーニャは人の輪の中心で笑顔を俺に向けてきている。

 秘密基地のテーブルの上には、俺の大好物のチーズグラタンや、鮎の塩焼きと言った豪華な料理が並んでいた。


「やー。色々考えてたんだけどね!

 イシカの誕生日をサプライズでお祝いするにはどうしたらいいかって。

 ただプレゼントを渡すだけじゃ、毎年やってるから。

 今年はちょっと趣向を変えて、わざと喧嘩して準備に時間をかけてたんだ」


「サプライズ……?」


 俺の震える言葉に、アーニャは満面の笑みで言った。


「そ。わざと仲を悪くして、ちょっと気を引いてみたりしちゃった。

 私がここのところ忙しかったのは、みんなを集めてこの秘密基地でイシカのお誕生日を祝う準備をしていたからなんだよね」


 そう言って、アーニャは基地の中を見渡した。

 そこには山ほどの俺の好物の料理と、みんなが用意してくれたであろう誕生日プレゼントが積み重なっていた。


 その料理の中には牛の上肉もあって、それはこの街では滅多に食えない。

 他所の街からわざわざ取り寄せてくれたのか……?


 その準備がしたかったから、アーニャは俺に冷たい態度をとる振りをしていたのか。


「ごめんね、イシカ。少しでもイシカの誕生日を盛大にお祝いしたかったの」

「じゃあ……、アーニャは、俺のことを嫌いになったわけじゃないのか……?」


「そんなの当たり前じゃん! だって私とイシカは生まれた時から一緒だったんだよ?

 今さら多少無神経なぐらいで、嫌いにならないよ!」


 アーニャは心底おかしそうに、ケタケタと笑った。

 その純粋な好意による笑いを見て、俺は情けないことに、心の底からホッとした。


「良かった……。俺、馬鹿だから、アーニャのこと傷つけたって思って」


 気づけば、涙が浮かんでいた。

 ポタポタと、雫がこぼれ落ちる。


「謝らなきゃって、ずっとそう思ってて。

 でも、アーニャ許してくれないから、俺どうしていいかわかんなくて。

 あぁ、大切な人に嫌われるのって、こんな辛いことなんだなって。

 俺、俺……。ごめん、アーニャ!」


「ううん。私も、ごめんね。

 イシカのこと、傷つけちゃったよね。

 イシカを無視するの、とても辛かった」


 気づけば、俺はアーニャを抱きしめていた。


「良かった。お前に嫌われたわけじゃなくて、本当に良かった……!」


「うん。15歳のお誕生日。

 ハッピーバースディ、イシカ!」



 ◇ ◆



「――と、いうようなことが、あったんだよ」


 過去の回想を語り終えた俺に、エアは目をわずかに見開いた。


「へぇー。いい子だね。話に聞いている以上に。

 いい子と同時に、自分の存在感をイシカに効果的に思い知らせる術を知ってる、賢い女の子だ」


「だな。あの一件を境に、俺、アーニャに頭上がらなくなったからな」

「なるほど。だからアーニャがクランのお金を持ち逃げしたって聞いても、心の中ではずっと信じてるんだ」


「そういうことだ。今でも覚えてるよ。

 アーニャに嫌われたと思ってどん底にいた俺に。

 ――ハッピーバースディ。

 そう満面の笑みで祝ってくれた、あの時の嬉しさを」


「いいね。信頼が見える」


「そんな大げさなもんじゃねえけどな。

 それよか、そろそろ休憩はいいだろ。

 調査を開始しようぜ」


「そだね。そうしようか」


 俺とエアは会話を打ち切り、迷宮の調査を再開することにした。

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