第3話:手紙
「……それで、アーニャが消えた先の手がかりはあるの?」
「いや、まったくない」
エア・アルライトと共同戦線を張ることにした俺は、近くのカフェに入ってお茶を飲みながら彼女と作戦会議を行っていた。
「呆れた。気合と根性だけで追跡調査ができると思ってたんだ」
エアはずば抜けた美貌を気怠げに歪ませて、ため息をつく。
俺は少しむっとして言い返した。
「じゃあ、お前には名案があるのかよ」
「まず、アーニャが思い入れのあった場所から調べるべきだろうね」
「んなもん、クラン『ストレミーア』の奴らがとっくに調べ上げてるだろうよ」
「そうではなく。アーニャが失踪する前にイシカに話してた内容で、2人だけに通じる言葉ってなかった?
ほら、何か誓いを立てた場所とか、2人で見に行った絶景の地とか、将来の約束を交わした言葉とか」
エアの言葉に、俺は首をひねる。
「あったかなぁ……。言うても、俺とエアは明確な恋人関係にあったわけではないからな」
「どんな些細なことでもいいの。なんで2人は冒険者になったのかとか。
情報の精度は全部こっちで判断するから、とりあえず思いついたことを全部言ってみて」
なんだ、こいつのこの有能感は。
「えーと……、生まれ育った街エミンズで16歳になった日に、聖教会で『これから冒険者として、2人でやっていこう』と誓いあった。
それからここ、迷宮都市ラヴァンダに出てきて、2人で部屋を借りて冒険者稼業を始めた」
「恋人関係でもないのに、一緒に住んでたんだ?」
エアはわずかに目を丸くさせた。
「あぁ、まぁ……。別に、やらしい意味なんかなかったけど」
決して、アーニャがお風呂に入っている際に、下着を手にとってみたりなんかはしていない。
ほんのちょっと。数十回ぐらいだけ。
「そうだね……、エミンズの聖教会はあとで調べるとして、じゃあまずイシカたちの部屋に行ってみよう。
とは言っても、それぐらいは『ストレミーア』も調べるだろうけど」
「ふだんは鍵かかってるんだぞ」
「鍵ぐらい、こじ開けて強引に調べるでしょ。大手クランの金貨数百枚が消えたんだよ?
イシカにとってはどうか知らないけど、これは並の事件じゃないの」
「まぁ、それもそうか……。
じゃあいったんうちに行くか。案内するよ」
「お願い」
エアにそう頼まれ、俺は会計の伝票を持ってカフェを出た。
◇ ◆
カフェを出て、俺の家に行くために大通りを歩いていると、エアがきゅっと俺の腕を掴んできた。
身体を寄せられて、エアの貧相な胸が俺の右腕に当たる。
「な、なんだよ。いきなり」
アーニャ以外の女性への免疫がなくてどぎまぎする俺に、エアは口を寄せてきてこう言った。
「振り向かないで聞いて。
複数人に追尾されてる」
「――っ」
息を呑んだ。
とっさに振り返りたくなるのを、意思の力で止めるのが精一杯だった。
「……クラン『ストレミーア』の奴らか?」
俺は声を押し殺して、エアに尋ねた。
「分からないけど、組織だって追尾してきてるね。
背後を追ってくる人物が1人、追尾が怪しまれないように途中で交代するバックアップ要員が2人、通りで新聞を読んでるフリをしながら監視してるのが1人。
…………これ、素人じゃないな」
「どこの誰かは分からないが、確実に俺とアーニャの関係に目をつけてるってことか」
「そういうこと」
金貨数百枚を手に持って失踪したアーニャ。
あいつは一体、何のためにそんなことを?
本当に金のためだけにしているとは思えなかった。
アーニャは何を抱えていたのだろうか。
「……エア。俺はどうすればいい?」
「追尾に気づいてないフリをしていればいいよ。
おそらくもうバレてるけど、追尾者に余計な喧嘩をふっかけないこと。いいね?」
「分かった」
そのまま俺たちは腕を組んで歩き、部屋に戻った。
◇ ◆
俺の部屋は迷宮都市ラヴァンダの大通りから3通りほど外れた、良くも悪くも一般人の居住地域にある。
2階建ての建物で、一室を大家に間借りさせてもらっていた。
なかなかに清潔な場所で、ちなみに家賃は月に銀貨15枚。
「月に銀貨15枚ってなかなかハイランクな物件だよね。
ゴールドランクとプラチナランクが2人で住むなら、まぁって感じか」
「家賃は全額アーニャ持ちだったけどな」
「クズか……」
俺がそう説明すると、エアは無表情にかすかに侮蔑を浮かべて俺を見る。
「うるせえな」
階段を登り、部屋の前までやってくる。
ここに至って、俺にも『見られている』気配を感じることができた。
追尾していた奴らが、一定の距離からこちらを監視している。
それを無視して、俺は部屋の鍵をズボンのポケットから取り出した。
それを鍵穴に通し、扉のロックを開けようとしたが、何かが奥に挟まって鍵がとおらない。
「?」
「どうしたの」
「いや……鍵がとおらない」
「ふむ。貸して」
ガチャガチャと鍵の音を鳴らせる俺から、エアは鍵をひったくって、強引にねじ込んだ。
ゴキャッ、というなにか鈍く嫌な音が響いたが、鍵がとおってロックが外れる。
「はい。開いた」
「お前……力任せにもほどがある……」
呆れながらも、俺たちは扉を開けて中に入った。
俺の部屋は2部屋構成で、1部屋はソファやテーブルでふだんゆっくり過ごすリビング、もう1部屋はベッドが置いてある寝室という構成だ。
ちなみに風呂場はあるが、台所はないからいつもアーニャと外食だった。
「汚いところだけど、どうぞ」
「一緒に住んでる彼女がいたなら、そうでもないでしょ。
男の一人暮らしなら、なんか臭そうだけど」
俺の謙遜を真っ向から跳ね返して、エアは言った。
このアマ……! と、俺が殺意を送っている隙に、エアは部屋にずかずかと上がり込む。
「イシカ」
先に部屋に上がったエアは、こちらを見ずに言った。
「あ?」
「来て、これ見て」
そう言われて靴を脱いでエアの後に続き、部屋の中に入ると、部屋中に衣服や物が散乱していた。
これは俺が片付け無精というわけではなく、明らかに人為的にチェストや机の引き出しのものが全部引きずりだされた痕跡だった。
「これは……!」
「『ストレミーア』に先を越されたね。
アーニャの手がかりがないか、徹底捜索した後なんだ」
「あいつら……俺の許可もとらないで……!」
そうか。
俺が冒険者ギルドでノエルに尋問されていたのは、俺から情報を引き出す意味合いもあっただけでなく、俺を家に帰らせずアーニャの手がかりとなる証拠を隠滅させないためでもあったんだ。
「チッ……私物を勝手に荒らしやがって。胸糞悪いぜ」
と、俺は漏らしながら、散乱したアーニャの衣服や小物を片付け始める。
エアはエアで、物が散らかる部屋の中をスイスイ動き、あちこちを見て回っていた。
その時、俺はあることを思い出した。
「あっ」
「どうしたの?」
壁にかかっていたカレンダーをめくっていたエアが、俺の漏らした言葉に振り返る。
「いや……。
そういえば俺、毎月アーニャに小遣いもらってたんだけど」
「うん」
「何か困った時があったら、読書机の底に金貨が入った革袋を張り付けてあるから使って、って言われてたんだ」
「……ふーん。気になるな。見てみよう」
「あぁ」
俺とエアは読書机を手に持ってヒックリ返し、底を見てみた。
そこには金貨が入った革袋はなく、その代わりに、
「ビンゴ」
「だな」
羊皮紙の封筒に入った、手紙が張り付けられていた。
何が書かれているのかという期待に焦りながらも、
俺とエアはその羊皮紙の封筒をひっぺ剥がし、手紙を読み始めた。
その手紙の中には、たった一文だけ、こう書かれていた。
――星乙女の迷宮には、恐ろしい闇が隠されている。
と。
2人で何度もその一文を読み返したあと、俺とエアは深刻な表情で見つめ合った。
「これは……」
「どういうことなんだろうな」
俺の疑問をよそに、エアは深刻な顔つきになって、わずかな声量でこう漏らした。
「やはり、知っていたか……」
「知っていた? 何を?」
「あ、いや。なんでもない」
俺の問いに、エアは首を横に振って否定した。
俺は不可解なものを感じたが、推理することにする。
「星乙女の迷宮に、隠された何かがあるんだろうな。
アーニャはそれを知って、消された……?
いや、だとするなら『ストレミーア』がアーニャの所在を捜すのはおかしい。
一体アーニャは、何を抱えて迷宮内で失踪したんだ……?」
ぶつぶつとつぶやく俺を、エアは無表情で眺めて、こう言った。
「『星乙女の迷宮』って、アレでしょ。
プラチナランクの冒険者が適正難易度の『アストライアダンジョン』」
「だな。もともと『アストライア』は神話上の女神の名で、
『信じあった仲間との絆を、永遠につなぐ加護を持つ』と語り継がれている」
「その『星乙女の迷宮の闇』って、なんだと思う?」
エアはこてん、と首を傾けた。
「分からないな。
神話に関係することなのか。迷宮内になにかあるのか。
はたまたなにかを暗喩した言葉なのか」
「とにかく、もう少しイシカの家からアーニャへの手がかりがないか捜索してみて。
それから実際に、アーニャが消えた『星乙女の迷宮』を私たち2人で探索してみない?」
「そうしよう」
俺たちは自宅捜査を続けて行ったが。
しかし結局、部屋の中に残されたアーニャへの手がかりは、その一文が書かれた手紙しか発見できなかった。
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