第2話:事件の調査へ
大手クラン『ストレミーア』に所属していたアーニャが、クランの金を持って失踪した件で。
俺は冒険者ギルドの一室にて、『ストレミーア』の屈強なメンバーたちに尋問されていた。
「……で? 本当に知らねえのか、アーニャの行き先は」
「だからさっきから知らねえって言ってんだろ」
テーブルを挟んだソファで俺と向かい合うのは、筋肉モリモリで上半身にショルダーパッドだけを装備した男。
『ストレミーア』のクランマスター、ノエル・アルライトだった。
アーニャの失踪に関して心当たりのある場所を思う限り喋ったのだが、俺が思いつく程度の場所はすでに『ストレミーア』も調査していた。
「アーニャに飼われてたお前が、アーニャの行き先を知らないのは怪しいな」
「飼われてねえし。ただちょっと、部屋の家賃を払ってもらってて、毎月飲むためにお小遣いもらってただけだ」
「それを飼われてたって言うんだよ」
はぁぁぁ、とノエルは大げさなため息をついて、失望するように言った。
失礼な。まるで俺が社会の落伍者かのような口ぶりじゃないか。
……いや、大丈夫だよな?
女の子にお小遣いをもらうのは、まだセーフなはずだよな?
うん、俺、アーニャのこといびったりしてないもん。セーフセーフ。
そんな自己撞着を繰り返す俺を見て、ノエルは呆れたような顔でこう言う。
「まぁ、本気でアーニャが俺たちから逃げようと思ったのなら、お前なんかに行き先を知らせるわけねえか。
それか、お前も連れて一緒に逃げるわな。
イシカとアーニャは、うちの迷宮都市じゃ知らないヤツはいないほどの、仲良い2人だったしな」
「照れるね、どうも」
ハッ、と。
ノエルは嫌な笑いを浮かべる。
「褒めてねえんだよ。
つまり、お前は、」
大事なことを告げるかのように。
言葉を区切って、ノエルは言った。
「――アーニャに、捨てられたってこった」
認めたくない現実が、そこにあった。
「違う……、何か事情があったはずなんだ。
アーニャがそうせざるを得ない、事情が。
あいつが俺のことを捨てるのはいいとしても、金のためだけに動くような女じゃない」
「金のためだけに動くような女じゃない、ねぇ……。
しかし、アーニャは金貨数百枚を持って逃げた。
それが明確な、動かしがたい事実だろ」
ノエルはつまらない様子で吐き捨てる。
俺からもノエルに聞くことにした。
「俺からも聞きたいことがある。
お前ら、迷宮になんでそんな大金を持って入ったんだ?」
俺が問いかけると、ノエルは言葉をつまらせ、わずかに動揺の色を瞳に浮かべた。
「ちょっと、こっちも事情があってな……」
「どんな事情なんだよ」
「……お前に話すようなことじゃない。
ま、いいわ。どうやらイシカはシロみたいだし、何の情報も持ってないみたいだから解放してやる」
「おい、俺の話は、まだ――」
「つまんねえ話させちまって悪かったな。
こっちはアーニャのせいで、今後の資金繰りがてんやわんやなんだが、お前に罪はないからな」
「……」
強引にノエルが話を断ち切るので、俺はなにか奇妙なものを感じた。
けれど、ここはおとなしく引き下がることにする。
こいつらに関しては、また後で詳しく調査するつもりだったから。
「……そりゃどうも。
役に立てる情報が提供できなくてすまんな」
ソファから立ち上がり腰を浮かせた俺に、ノエルは言葉をかけてくる。
「しかし……親切心で言うが、お前もこれから冒険者業界で肩身が狭くなるぞ」
「犯罪者の身内だから、か?」
「あぁ。人によっちゃ、お前とはもう仕事をしないと言い張るやつも出てくるだろうな」
「そうなったら、初心者用の迷宮のスライムでもソロで狩って、一生を送りますかね」
「スライムなんか倒したところで、一日の稼ぎが小銅貨何枚になるかだぞ」
スライムを倒した時に得られる対価の低さをお互い知っているから、表情に苦笑いを浮かべる。
「なんとかなるだろ。それに、俺はこれからアーニャを見つけるつもりでいるしな」
「……そうか。イシカ、もしアーニャが見つかったらすぐに俺たちに連絡してくれ。
直接『ストレミーア』のクランハウスに来てくれてもいいし、冒険者ギルドの受付嬢に言えば取り次いでもらえる手はずにしておく」
「オッケー。じゃあ、大成果を期待して待っててくれ」
「ほどほどの期待してるよ」
そう言葉を交わして、俺は取り調べを受けていた冒険者ギルドの一室から退室した。
◇ ◆
冒険者ギルドから出ると、太陽は角度を大きく落としていた。
夕暮れのオレンジ色に染まる迷宮都市の街並みを見て、ため息をつく。
アーニャを捜し、事件の真相を探ると言っても、どこから手をつけていいのか分からなかった。
心当たりのある場所はとっくに『ストレミーア』のクランメンバーが捜索している。
とりあえず、家に帰って現状の情報をまとめてみるか。
それから、もう一度ノエルにでも情報をもらって、アーニャが失踪した『星乙女の迷宮』に潜る必要があるな……。
しかしあの迷宮はこの都市でも難関迷宮と恐れられていて、未だクリアしたクランやパーティーはいない。
果たして俺みたいなゴールドランクが1人で調査できる難易度なんだろうか。
そう悩みながら、俺は踵を返した。
そこで、俺は目の前に立っている女に気がついた。
その女は直立不動で、俺の進行方向の前に立っている。
じいっと俺の顔を無表情で見つめていた。
「……そんなとこに立ってて、邪魔だろ。どけよ」
「どかない」
なんだ、この女?
「あぁ、いいわ。じゃあ俺がどくから。じゃあな」
俺は女の横をすり抜けようとすると、女はさっと身体を俺の進行方向に滑り込ませ、危うく俺たちは正面衝突しそうになる。
慌ててストップして、俺は妨害してくる女を改めて見た。
なんだ、こいつ。
美しい女だった。
それもずば抜けて。
絶世の美貌と、長い白銀の髪が目に麗しい。
顔の作りはパーフェクトだが、愛想とか微笑みとかいったものがごっそりと抜け落ちている女だった。
「お前、なんで邪魔をするんだ。綺麗な顔して、俺に惚れてんのか?」
「それはないから安心して」
絶世の美女は、無表情のままそう答える。
美人に愛想がないと、これほどまでに冷たく感じるのかと、俺は1つ学んだ。
「じゃあなんで俺の進む前に立ってんだよ」
「あなた、『アーニャ失踪事件』を探ってるんでしょ」
どうしてそれを、と言葉がでかかったが、呑み込んだ。
俺とアーニャが昵懇の仲であることは、この迷宮都市で冒険者をやっている者はみな知っている。
この女も、その類なのだろう。
「あなたが個人で捜しても、無駄だと思うよ。
だって、大手クランの『ストレミーア』が血眼をあげて捜してるのに、彼女は見つからない。
特別なスキルもアビリティもないあなたが、捜し出せるわけないでしょう?」
「うるせーな、お前。
もしかしたら、アーニャは何かに苦しんで失踪したのかもしれない。
ともすると、手遅れなのかもしれねえ。
でも、俺のたった一人の仲間だったんだぞ。放っておけるかよ」
「そう」
と、相も変わらず無表情で、その女はつぶやいた。
そして、自分の中で納得した素振りを見せて、女はこう言った。
「いいわ。手伝ってあげる。
あなたの無謀な、事件の解明調査に」
「は? いや、頼んでねーんだが……。
綺麗な以外に取り柄あんのか、お前」
「失礼な男……。ねぇ、ノエル・アルライトって聞いたことあるでしょ」
「そりゃ知ってるわ。つーかさっきも尋問されて、今その帰りだ」
「私の名前を教えてあげようか?」
「いえ、結構です。興味もないんで」
「教えてあげるね。エア・アルライトって言うの」
なんだこいつ……。
進行方向を妨害するわ、人の話は聞かないわで、ホント顔だけの最悪の女だな……。
ん? エア・アルライト?
「お前……もしかして、ノエルの親戚か?」
「ハズレ。実の兄妹でした」
エアは、人形のような美しい無表情でそう言った。
ノエルの妹か、こいつ。
「ノエルに俺を手伝ってやれって、頼まれたのか?」
「ちがう。誰があんな男の頼みなんて聞くかな。
私は私の利益で動いてるだけ」
「へぇー……なんかお前も色々ありそうだな。
手伝ってくれるのはありがたいが、顔が美しい以外に何か取り柄あるのか、エア?」
「だからそれは失礼だってさっきも言った……」
そこでエアは、初めて呆れのような表情を垣間見せた。
それで俺は、あ、こいつも人間だったんだ、と心のどこかで納得することができた。
「私の冒険者ランクは、ノエルの一個下のプラチナランク。
どう? ゴールドランクのイシカ様より、よっぽど頼りになると思わない?」
なになにランクというのは冒険者の実力を上から区別したもので、
その格付けは
ミスリルランク > プラチナランク > ゴールドランク > シルバーランク > ブロンズランク
となっている。
上に行けば行くほど、昇級の試験や実績の判定も難しく、ミスリルランクにまでなると世界でも数十名しかいないという難関の資格だ。
エアは俺よりも1つ上、アーニャと同じプラチナランクというわけだ。
つまりはこの女、こんな美しい見てくれでもなかなかに実力者らしい。
プラチナランクが迷宮調査についてきてくれるのは、非常に助かる。
「手伝ってくれるのはありがたいが……。
俺はお前に報酬なんかは用意できないぞ。
自慢じゃないが、貯金は全然ない」
「もとから期待してないから安心して。
さっきも言ったけど、私は私の利益で動いてるから」
「分かった。じゃあ手伝ってくれ、頼む」
俺はそう言って、右手をエアに差し出した。
無表情の美女はしばしそれを眺めたのち、弱々しい握力で握り返してきた。
「これからよろしく、エア」
「よろしくお願いします」
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