第15話:地上につながる道を探して
俺とエアは、星乙女の迷宮の中。
秘密裏に建設されていた研究施設の中で顔を突き合わせていた。
「ここがアカデミーなんだな」
「2年前まではそうだよ。ここに孤児が集められ、実験を受けさせられていた」
「その被害者が……この白骨した遺体というわけか……」
俺が牢獄の中にある遺体を見つめると、エアはほの悲しげな表情を浮かべて頷く。
「もう、あんな悲劇を繰り返させるわけにはいかない。
なんとしても、マフィアや『ストレミーア』より先に、アーニャを見つけたい」
「だな。とは言ったものなぁ……俺もアーニャがどこに失踪したのか、まるで手がかりはないし……。
まさかアーニャも、このだだっ広くて100層もある星乙女の迷宮の中に、ずっと隠れているとも思えないが」
「迷宮の中でどうにか暮らせないこともないと思うけど……、食事や排泄にも困るだろうしね。
現実的に言って不可能だよね。
たぶん、どこかに身を寄せてるんだと思うけど」
エアはこてん、と首をかしげて言った。
「アーニャの隠れ家、ねぇ。一言、俺に相談してくれればよかったのにな」
「まぁ、その余裕がなかったのかもしれないし」
「ふむ……。とりあえず目下の課題は。
アーニャの手がかりを探しながら、俺たちがここから生きて出ることだな」
「そういうことになるかな」
「ちなみにアカデミーがあるここ、何階層だか分かるか、エア?」
「星乙女の迷宮、50階層」
「攻略最前線より深いのかよ……」
俺は絶望する思いで吐息を漏らす。
そういえば、ここは星乙女の迷宮の中でも格段に、魔物が強い階層なんだった。
「エアはアカデミーから脱走したって言ってたよな?
その当時の脱走ルートを教えてくれ」
「ショートジャンプを繰り返し、安全を確保しながら、迷宮から逃げ出た」
「単純明快……」
あまりに『ヴァルキリー』の性能によった逃走手段だった。
「どこかに迷宮都市に戻れる抜け道とかないのか」
俺の言葉に、エアは哀しそうな表情で首を横に振った。
「残念ながら、一般市民生活から隔離する意味で、こんな迷宮の中にアカデミーが作られてるんだ。
そんなに簡単に抜け出るルートがあるなら、アカデミーの意味をなさないよ」
「でも、必ずどこかには脱出ルートがあるはずだと思う。
だってそうしなければ、職員や研究員となる大人たちですら地上に戻れないことになる。
ましてやこの階層は、転移結晶が使用不可だぞ」
「子どもだった私たちももちろん、その線を疑った。
施設のあらゆる箇所を捜索したけど、そんな脱出ルートは見つからなかったよ」
エアは無表情で、そう言った。
「本当に? 当時のエアたちが立ち入ることができなかった場所とかあるんじゃないか。
たとえば、研究者が寝起きする場所とか、アカデミーの統括者の私室とか」
「あっ……たしかに、当時は立ち入り禁止区域があった。
でも、そこもちゃんと職員の目を盗んで調べたんだけどな」
俺の言葉に、エアは何かに思い立ったように、言葉を漏らす。
「当時はエアも子ども……って言っても14歳か。
ともあれ、極限状態の中で完全な捜索ができたとも思えない。
もう一度、アカデミーの中を徹底的に調べてみよう」
「そうだね。ここで立ち話していても、埒が明かないし」
俺とエアは頷き合って、アカデミーの地下室の中から地上施設へと戻った。
◇ ◆
俺はエアとともにアカデミーのホールまで戻って来て、ホールからつながっている無数の部屋を見回して尋ねる。
「一番偉かった研究者とか職員用の部屋はどこなんだ、エア?」
「こっち」
エアが先導して、先へ進む。
するとそこには、ホールの端から奥に伸びている非常通路があった。
非常通路は建物の構造によって巧妙に隠されており、俺が一度調査したときは気づかなかった。
「こんなところに、非常通路があったのか」
「前は、ここにガードマンが立っていて、中に忍び込むのも難しかった。
もちろんこんな怪しいところもないから、脱走を企てる他の子たちと人目を盗んで一通りは捜索していたよ。
でも、上級職員用の部屋が並んでるだけって感じだった。
そしてこの先は真っ直ぐな通路が伸びてるだけだから、隠れるところもなくて捜索がバレた。
とてもひどい折檻にあった」
「ふむ」
悲しげな過去を語るエアの背中を眺めながら、俺たちは非常通路を進む。
薄暗い非常通路を、エアの光の魔法が照らしながら。
「そういえばさ、イシカの幼なじみのことだけど」
「あ? あぁ、なんだ?」
「アーニャって正式名はなんなの?」
「アーニャはアーニャだが」
先導するエアの疑問に、俺は端的に応えた。
「あ、そうなんだ。てっきりアンナかなにかの略称と思った。
知り合いにもアーニャって愛称で呼ばれてる女性がいるから」
「へぇ」
さして興味なかったので、流すようにして聞いた。
やがて非常通路の両サイドに、扉があらわれるようになった。
部屋につながっているらしい。
俺とエアはその部屋を一つ一つ捜索していくことにした。
最初に入った部屋は、研究員の私室だった。
ベッドとテーブルがあって、そのテーブルの上には研究資料らしき書籍がたくさんあった。
ホールからつながるあの部屋で見た資料と同じようなものだ。
被験体の詳細なデータと、観察記録が記されている。
「エア。この資料を持ち出して、世間に晒せば、アカデミーを潰せないかな?」
「どうだろう、難しいんじゃないかな。
アカデミーを潰すためには、孤児を人体実験にしていたという、確たる証拠がいる。
イシカが見てるのは、ただの被験体のデータでしかない。
アカデミーとか職員の固有名詞は、一切出てこないでしょ。
それが空想の研究記録だってアカデミー側に言い張られれば、私たちに追求しようがないからね」
「難しいな……。
国や大手クランが裏でつながっているだけに、どこに疑惑を持ち込めばいいのかすらも分からないしな」
俺は唸り声を上げ、エアは無表情のままでこちらを見返した。
「実は、アカデミーを潰すアテはあるんだ」
「ほう」
目を丸くして、エアの話の先を促した。
「アンナ・ハレントっていう、迷宮都市ラヴァンダで上級議員をやっている女性と、私は密かなつながりがある。
逃亡生活で匿ってもらってたりしていたんだ。
彼女にアカデミーが人体実験をしていたという確たる証拠を持っていけば、迷宮都市の評議会で議題にあげてもらえるはず」
「ふむ……なるほど。
なら、逃れようがない証拠を、評議会に提出すればアカデミー関係者を追い詰められるわけか」
「そういうことだね」
エアは俺の言葉に頷いた。
「具体的に、どういう証拠がいるんだ?」
「アカデミーの資金の流れ、職員の名簿、具体的な人体実験のレポートと結果報告書。
あとは大手クランやマフィアが交わした取引の証書かな」
「なるほど。そこまで揃えられれば、たしかに一網打尽だわな。
それでも一応、この被験体のデータは持っていったほうがよくないか。
何かのプラスになるかもしれない」
「イシカがそう思うんだったら、そうしよう」
「あぁ」
俺はマジックバックの中に、被検体のデータ資料が書かれた書籍を詰め込んだ。
それから部屋を出て、他の部屋も探索していたが、どれも似たような構成の研究職員の部屋ばかりだった。
「さすがにいつまでも致命的な証拠を残しておくほど、アカデミーも甘くないか」
「そうだね」
会話しながら、俺とエアは最後の部屋。
非常通路の一番奥にある部屋へとやってきた。
「ここが、研究所長の部屋。
厳重にガードされてて、以前の私も警備の目を盗んで捜索できたのは30秒ぐらいでしかない。
何かあるとしたらここだね」
「入ってみよう」
「うん」
俺とエアは足を揃えて研究所長の部屋の中へと入った。
その部屋は今まで見てきた部屋よりも大きく、向かって右側が寝室のようになっていて、左側が応対室のようになっていてソファやテーブル、書籍の棚が設置されている。
俺はまず寝室側から見て回り、エアは応対室のほうを調べていた。
ベッドを持ち上げて調べてみたりして、下に何かあるか期待したが、残念なことにエロ本の一冊すらなかった。
「エア。そっちは何かあったか?」
「ううん。今のところはなにも」
エアはふるふると首を振った。
寝室側のベッドをくまなく捜索する。
部屋の主が飲んでいたらしきワイングラスと、空になったボトルが、ナイトテーブルに置かれていた。
あらかた見終えても、さらなる地下室への扉とか、怪しいものは見受けられなかった。
収獲ナシでがっかりしながら、応対室側を調べているエアと合流する。
すると彼女は、書籍の棚をじっと見つめたまま、棒立ちしていた。
「エア? どうした」
「イシカ。ここ見て」
エアに指さされた場所を見る。
壁にぴったりとくっつくように設置されていた書籍の棚だったが、その棚からずれたところに、壁に何かを動かしたかのような痕跡が残されていた。
「怪しいな。この書籍の棚と、壁に残された謎の傷跡。
棚を動かしてみるぞ」
「うん」
俺とエアは壁の跡に従うようにして、書籍の棚を動かす。
ゴゴゴゴ、と動かしていった先にあったものは。
「定番すぎる……」
「それでも、非力な子どもには発見できないトラップだな」
新たな通路につながる、隠し扉だった。