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第14話:デザイナーズチャイルド

 ――デザイナーズチャイルド。


 それが私に与えられた蔑称だと、エアは言った。


「職業が生来決まっていて不変のものだとは、イシカも知ってるでしょ?」


 エアの無表情の美貌が、俺を見つめる。


「そうだな。それを鑑定してもらえるのが、冒険者ギルドであったり聖教会の神殿だ」

「その神の理に逆らおうとするのが、デザイナーズチャイルドなんだよ」


「詳しく話してもらおうか」


「うん。私がもともと生まれ持っていた職業は、『ヴァルキリー』じゃないんだよね。

 ただの『村人』だった。そういった魔法的才能に恵まれない孤児を集めて、人体実験を繰り返していたのがここ」


「……色々疑問はあるが、エアの話をまとめて聞いた後に質問したほうがいいよな?」

「そうだね。私もそのほうが助かるかな」


 エアはそう言って、こう語り出した。



 ハズレ職業とされる『村人』や『町民』、『農民』のような子どもたちを集め、彼らに薬物を投与することによって、生まれ持った職業を変えられないか、というのがここの元々の目的だったの。


 生まれ持った職業が変えられて、上位職や最上位職にすることができるなら、軍隊や大手クランの戦力が大幅に拡充できるからね。

 どこにも負けない国、最強のクランを作り上げることができるから。


 そういう夢を見て、国や『ストレミーア』のような大手クランが、こぞって金を投資した。


 ここはそういう背景で作られた。

 彼らは気取って、アカデミー、とか呼んでたけど。


 結果から言うなれば、アカデミーの人体実験はほぼ失敗に終わった。

 孤児たちに投与されてた特殊な薬物は副作用が強すぎてね。


 あの研究レポートを読んだのなら分かると思うけど、精神が不安定になる子が多く出過ぎたんだ。

 他にも常時めまいや頭痛、吐き気に悩まされる子が続出して、アカデミーの計画は頓挫する寸前だった。


 そういう時に、アカデミーの救世主として現れたのが、私、エア・アルライトだった。

 私はどうも生まれつき、あの薬物に耐性を持っていたらしくて。


 あと、もともと頭がおかしかったのもあるのかな。

 あれを飲んでも、あまり精神が不安定にならなかったんだよね。


 それで、私の職業は『村人』だったんだけど、最上位職の『ヴァルキリー』を獲得した。


 研究は唯一の成功例を出して、めでたしめでたし……で終わるわけないよね。


 彼らは『ヴァルキリー』を獲得した私の原因を究明、つまり生きたままさらなる実験動物にすることによって、他の子にも適応できる法則を見つけ出そうとした。


 それが、とても、つらい実験だった。


 あまりの痛みに耐えきれなくて、それで施設から脱走したのが14歳の時。


 当然、マフィアや国の裏仕事をしてる人たちは私を追って、探し出すのに必死になってたよ。

 でも、私は『ヴァルキリー』という職業で得た『天使術』があったからね。


 なんとか逃げながら、その日暮らしができるだけのお金を稼ぐことができた。

 悪いこともたくさんやったけどね。


 そうして、2年が過ぎた。

 今、私は16歳。


 アカデミーの計画は唯一の成功例である私の脱走によって一度は潰れたはずだったけど、最近になって『ストレミーア』が再び膨大な資金を出して計画を再興させようとしていた。


 それが私の兄、ノエル・アルライト。

 もともとノエルもアカデミーの実験体だったけれど、私という成功例によって彼はフェローという特別な立場にあった。


 私を売ることによって、マフィアから破格の待遇を受け、多額の報奨金を手にしていたらしい。

 おそらく、ノエルはその蜜の味が忘れられなかったのだと思う。


 また私のような成功例が出れば、金がうなるほど稼げるから。

 だからノエルは、クラン『ストレミーア』に音頭をとらせてアカデミー計画を再燃させたんだけれど、アーニャがその計画を知ることになる。


 彼女は正義感の強い子だったんだろうね。

 アーニャはアカデミーの計画を知って、それを潰せないかと画策した。


 褒めてあげて。たった1人で、世界と戦おうとしたあの子の気概を。

 そしてアーニャは『ストレミーア』がアカデミー計画に必要とされる莫大な資金の運搬中に、迷宮で金貨を奪って逃げた。


 というのが、この一連の事件の始まりなわけ。


 だから、イシカを追跡したり、脅迫していた第三者は、マフィアや国の裏稼業の人たちだろうと思う。

 ノエルや『ストレミーア』は奪われた金貨のことしか頭になかったようだけど、マフィアたちはアカデミーの計画がイシカや他の人に漏れるとヤバいもんね。


 そういうアーニャを探す目的に燃えるイシカに近づいて、上手く操縦しながら陰ながらサポートして。

 この計画を白日の下に晒して、私たちを孤児を実験動物にしたあいつらに、正義の鉄槌を下そうとしたのが。


 この私、エア・アルライト、というわけでした。


 

 ここまでの話を、エアは息継ぎもほとんどせずに、一気に語り尽くした。


「どう? 真実を知って、私に幻滅したでしょ。

 私はただの美人ではないの。

 大人たちに散々玩具にされて、作られた天才だったというわけ」


「……いや、なんつーか……。

 壮絶な過去すぎて、どう言葉をかけていいのかわかんねぇが……」


「可哀想な女、って思うでしょ。

 いいよ、イシカには証言人になってもらいさえすれば、それで

 あとはアカデミーの計画を潰すのは私がやるから、アーニャも探し出すし、報酬も用意するし。

 ここからは、お互い割り切ったビジネスでやろう」


 エアが俺を見る目が、ひどく冷たかった。

 感情を押し殺している。

 きっと、否定されて傷つくことを恐れているんだなって、俺は思った。


「――でも、そうだよな。エアも辛かったんだろうなって思う。

 今まで、誰も頼れなかったんだよな。エア」


「え……?」


 エアの瞳が、見開かれる。


「国とマフィアと大手クランを敵に回してさ、一人の女になにができんだって話だよな。

 大変だったと思う。それはすごくつらいよ。


 ずっと一人で戦ってきてさ。

 孤独を抱えて、よく弱音を吐かずに今まで生きてきたと思う」


 エアが、俺をまじまじと見つめた。

 その表情には、いつものような無表情はなかった。


 ただエアの瞳には、一筋の救いを見出した。

 そんな希望の光が、浮かんでいるような気がした。


「私のこと……気持ち悪いって思わないの?

 だって、薬物投与されてたんだよ?

 頭だっておかしいんだよ?」


「いや、お前が頭おかしいのはもとから重々承知っつーか……。

 いや、違くて。別に、そんなことでエアを差別したり、侮蔑したりしねーよ」


「…………」


 エアの瞳が、再び大きく開かれた。

 彼女の蒼色の瞳に、透明の雫が浮かんだのを、俺は見た。


「はじめて……」


「え?」


「はじめて……ドン引きされなかった……。

 私のこと、気持ち悪いって、石を投げなかった……」


 ぽたり、ぽたり、と。

 エアの眦から、涙がこぼれ落ちていく。


「あ、そうなの?

 あー、まぁ普通は引くのかな。

 でも俺も、どっちかっていうと頭おかしい方の分類だし。

 なんか、同類っつーか。エアは放っておけない感じするしな。ははっ」


 俺の乾いた笑いに対し、エアは涙を拭って、優しい笑顔を覗かせた。


「はは……、イシカって、やっぱ頭おかしい。

 変わってる。なにこの変な人。変態じゃん」


「るせーな」


「でも……ありがとう、イシカ。

 あなたの言葉に、救われた気がした」


 そう語るエアの美貌には、今まで見たことのない優しさが滲んでいた。


「で……これからどうするんだ。

 さっき、お前と合流するときにも何者かに襲われたんだが、あれもたぶんマフィアか国の裏稼業の人間だよな」


「十中八九ね」

「じゃあ、マフィアや『ストレミーア』には、もうお前の所在はバレてるってことか」


「そうだよ」


「それって、やばくねえか? 

 だってお前、重要な実験の成功例なんだろ?

 いつ強引に連れ戻されてもおかしくない状況だろ」


 冒険者ギルドでパーティー申請した件といい、エアはここ最近でかなり露出している。

 本当にアカデミーが彼女を拉致しようと思えば、いくらでも機会はあったはずだ。


「表に出てくるのは賭けではあったけどね。

 私にはヴァルキリーの【天使術】があるから、そう簡単には捕まらないんだ。

 イシカも知ってるでしょ。『ショートジャンプ』の便利さを」


「あぁ、たしかに。

 あれがあれば、大抵の状況からは逃げられるな」


「それにアカデミーの人間にとって、今は私よりアーニャのほうが優先度高いと思う。

 彼女がアカデミーの何を知って、何を掴んでいるのか知らないけれど、私たちがアーニャを見つけるまでは泳がしてもらえるだろうね」


「じゃあ、俺たちがアーニャを見つけるのが先か、アカデミーの人間がアーニャを見つけるのが先か。

 競争になるな」


 俺の言葉に、エアはこくんと頷いた。


「そういうこと。アーニャを探すという一点において、私とアカデミーは冷戦状態にあるの」

「本当にアーニャが、そんな証拠を持ってるのか?」


 俺は目をパチクリとさせて尋ねた。


「マフィアや国が金貨を奪われたぐらいで、ここまであたふたしないよ。

 いや、そりゃマフィアの金に手を付けたら壮絶な制裁が待ってるけどさ。

 アーニャがアカデミーの重要書類かなにかを握って逃げたはず。絶対にそう」


「じゃあ、アーニャを見つけ出して、アカデミーの計画を頓挫させるのがこれからの目標になるのかね」


「イシカは、それでいいの? 

 イシカを利用するつもりで近づいた私が言えることじゃないけど、私に加担すれば、きっと国の暗部や『ストレミーア』、マフィアから狙われる存在になるんだよ?」


「悪役上等だろ。困ってる女がいる。

 それ以上の助けになる理由がいるのかよ?」


「ははっ。イシカって……」


 エアは言葉を区切って、最高の笑顔で、言った。


「――カッコイイね」


 だから俺も、満面の笑顔で返した。


「だろ?」

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