第11話:鍾乳洞
「はぁーっ……死ぬかと思った……」
「だね……」
俺とエアは、地底湖を渡りきったさきの洞窟の中に身を隠していた。
魔物の群れに追われて数時間も必死で走って逃げたことと、俺は水の中に身を落としながら地底湖を渡ったため、体力がすっかり底をついていた。
サイドバッグの中から薪を用意し、魔法で火をつけて暖をとる。
「うー、さびさび……」
俺は水に濡れた装備品を脱ぎ、下着姿のままブランケットにくるまって焚き火で暖まった。
「ごめんね。一緒に飛べればよかったんだけど、あれは私一人しか効力がなくて」
「いいよ。お前の天使術がなければ、ここまで逃げてくることは不可能だったわけだし」
「……それに、イシカの『エヴァキュエートエリア』で、私が安全にスキルが使えたおかげもね」
俺たちが身を隠している洞窟の奥は、鍾乳洞のようになっていて、ここは見た感じ魔物が徘徊していない。
天井の石柱から、ぽたん、ぽたん、と水が垂れ落ちていて、鍾乳洞の中にも小さな湖があった。
「それにしても疲れたな……」
「逃げる時にちょっと戦ってみた感じ、ここの魔物ヤバいぐらい強いよね」
「あぁ。俺とエアが揃って戦っても敵わない。
おそらく、攻略の最深階層よりも余裕で下だろうな」
鍾乳洞の中で身を寄せ合うようにして、俺とエアは火にあたる。
「どうする、これから? 迂闊に出歩くと、またあの怪鳥に見つかって魔物を呼ばれそう」
「外を歩くのは危険。となると……」
俺たちの視線が、魔物がいない鍾乳洞の奥へと向かう。
「それしかないね」
「だな」
お互いの意志を確認して、俺たちは鍾乳洞の中を進むことを決めた。
◇ ◆
鍾乳洞の中は入り組んだ迷路になっていて、道順を迷うことが多々あったが、幸いなことに魔物はまったく存在していなかった。
魔物に襲われる心配がないだけで、だいぶ気を緩めることができる。
もちろん奇襲やトラップを踏む可能性もあるので、最低限の警戒はするが、俺たちは雑談を交わしながら鍾乳洞を進む。
「イシカはさ、アーニャのことが好きなんでしょ?」
隣を歩くエアが、俺にそう尋ねてきた。
「さぁ、どうかな。
好きっちゃ好きだけど、女として見れるかというと、そんなこともない気がするな」
「ふーん。長く一緒に過ごした幼なじみっていうと、そんなものになるのかな」
「なるんだよ。だって長く一緒に住んで暮らしてれば、それだけアーニャのパンツ見たりブラ見たりするんだぜ。
もう『女』っていうより、あれは『幼なじみ』っていう人種だよ」
「一緒に住んでて、男女の関係にならないってほうがおかしいと思うけど……」
エアは呆れた様子で俺を見た。
「お前だって、兄を意識できるかっていうと、違うだろ」
「ノエル、ね……」
ピシッ、という音が鳴った気がした。
俺の言葉に、エアは身にまとう空気にヒビを入れる。
やべ。兄の話題は地雷だったか。
「あー、いや。まぁ兄を恋人にできるわけないよな」
「……そうだね。兄妹の結婚は聖教会の戒律で禁じられてるしね」
「じゃあ、エアはどういう男が好きなんだ?
お前の美貌なら、よりどりみどりだろ」
「そうは言うけど、私、あんまりモテないよ」
「そうなのか?」
俺は目を丸くさせる。
「それなりに美人って言われて育ってきたと思うけど。
でも、男の人ってあんまり美人には興味ないみたいなんだよね」
「いや、それはないだろ。
誰だって顔が良ければ、良いにこしたことはないぞ」
「うん、でも、私みたいな愛想のない女は、冷たい感じがするでしょ。
だから、性格も冷酷だって思われちゃうのかな。
普通の魅力ある男性は、私なんかに言い寄ってこないよ。
冷たい美人に言い寄るのは、みんな決まって自信家で思い上がってる勘違い野郎」
「へぇー……」
「そしてそういう自信家の男って、美人を『愛してくれる』わけじゃないんだよね。
彼らはただ、美人を『所有したい』だけ。
だから彼らのような自信家の男を好きになって付き合うと、一瞬で飽きられて。
挙句の果てに一方的に捨てられる。
こうして、誰からも愛してもらえない寂しい美人の出来上がりというわけ」
ちょっと興味深い話だった。
美人って、生まれからして得してると思っていたが。
「お前も孤独を抱えて生きてきたんだな……」
「別に、いいけどね。今更」
「誰かお前のことを、本当に理解してくれる男が、いつか現れるといいな」
「そうだね。白馬の王子様がいつか現れたらいいね」
俺がそう言うと、エアは寂しそうに笑った。
◇ ◆
鍾乳洞を探索してしばらくすると、俺とエアは行く手を塞ぐ大きな扉に出くわした。
今までは自然のままに造られた鍾乳洞という感じだったのに、そこだけやけに人工的な手が加えられていた。
「ここだったのか……」
エアはポツリとつぶやいた。
「前に来たことがあるのか、エア?」
「……ううん。なんでもない。
イシカはなんだと思う、これ?」
「気になるな。中に入ってみるか」
「そうだね」
俺とエアは大きな扉が押したり引っ張ったりしてみたが、びくともしない。
「しょうがない。扉を壊そう。
イシカ、何か対物の耐久力を下げるスキル持ってない?
耐久下げれば、私の火力でも壊せると思う」
「『アーマーカット』ってスキルが鎧や甲殻の耐久度を下げられるから、
この扉にも使えるかもしれない」
「さすが。妨害スキルをやらせたら、ピカイチだね」
珍しいことに、エアが微笑を浮かべている。
「試してみるが、通用しなくても文句は言うなよ」
エアを数歩下がらせて、俺は鎌を振りかぶって、スキルを使った。
「『アーマーカット』!!」
鎌がガキン! と大扉に食い込み、鎧や外殻の硬度を下げるスキルが発動する。
大扉に魔法の光がきらめき、スキルが成功したエフェクトが出る。
「お。成功したぞ」
「では、私が」
今度はエアが前に出て、大扉に向かって『天使術』を使った。
「『レイ』!!」
エアが掲げた剣からいくつもの閃光が射出され、大扉に突き刺さって爆発を起こす。
ドカーン!! という高らかな爆音が鳴り響き、大扉が崩壊した。
爆煙をやりすごすと、大扉は壊れていた。
これで中に入ることができる。
「やり口が派手だな、エア」
「それほどでも」
短いやりとりを交わしながら、俺とエアは大扉の中に入った。
その内部は、白亜の大理石で作られた、何かの研究所らしき施設だった。
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