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第1話:幼なじみの失踪

「アーニャが、失踪(しっそう)した……?」


 そのニュースは、衝撃的なものだった。


「あぁ、お前の幼なじみのアーニャがな。

 所属しているクランの有り金が入った革袋と、貴重な装備品を持って、迷宮の中で失踪したらしいぜ」


「ば……馬鹿な……」


 俺が手に持ったジョッキが震えて、中身のエールが床にこぼれ落ちた。

 冒険者ギルドの酒場でのんびりと酒を飲んでたら、顔見知りのセージがそう語る。


「し、失踪って……、アーニャが迷宮の中で蒸発したってことなのか?」

「そのようだな」


 俺の疑問に、セージはこくりと頷く。


「一体、どういうことなんだ……?」


「アーニャが所属してるクラン『ストレミーア』は、イシカも知ってんだろ?」


 俺は頷く。


 幼なじみのアーニャは、最近になって大手クラン『ストレミーア』に熱烈な勧誘を受け、加入していた。


「『ストレミーア』が6人パーティーで迷宮を攻略していた時。

 魔物に襲われてパーティーが混乱した隙に、アーニャがクランの資金と貴重なアイテムを持って雲隠れしたようだ」


「んな馬鹿な……。たしか『ストレミーア』が攻略してたのは、『星乙女の迷宮』だったよな?」

「あぁ」


 セージは俺の疑問に首肯した。

『星乙女の迷宮』。正式名称は、アストライアダンジョン。


 俺たちの迷宮都市にあるダンジョンの中でも、難関迷宮と名高い。

 その迷宮に、俺の幼なじみはアタック中だった。


「『ストレミーア』は星乙女の迷宮のクリアを目指し、クランメンバー6人と42階層の攻略中だった。

 その探索中に、アーニャが金を持って消えた」


「おかしい。アーニャがそんなことをするはずがない……。

 俺が言うのもなんだが、あいつほど真面目で根のいい女なんていねーぞ」


「俺もアーニャに対しては、いいイメージを持ってたよ。

 いつも明るくて、冒険者ランクの低い俺にも『おはようございますー!』って笑顔で挨拶してくれてたからな。

 でも人間、大金を目の前にするとわかんねえってこったろ。

 『ストレミーア』の財産は、金貨にして数百枚はあったって話だぞ」


 そう言うセージの表情には、アーニャに対する嫌悪感がにじんでいた。


「待て待て。なんで迷宮攻略するのに、金貨を数百枚も持ち歩く必要があるんだ?

 万が一、クランがリカバリー不可能な状態に陥って、他の冒険者パーティーへ救援要請に金が必要だったにしても、金貨数百枚という大金を迷宮に持っていくのはおかしいだろ」


「そこらへんの詳しい事情はしらねーよ。

 俺、『ストレミーア』のクランメンバーでも、なんでもねーし」


 俺を突き放すように、セージは言った。

 俺は追撃する。


「それにまだ不可解な点がある。

 100歩譲ってアーニャがクランの金を持ち逃げしたとしよう。

 だが、この狭い冒険者業界の中で、仲間の信頼を裏切ったりしたらどうなるか、セージにも分かるだろ?」


「そりゃまぁ、信用と信頼がすべての冒険者でそんなことやれば、他の冒険者から総叩きに()うな」


 冒険者業界は、実力より人望より何よりも、信頼が大事だとされている。

 仕事で大事な客の金やアイテムを預かることもあるし、商隊の護衛では積荷によっては金貨数十枚から数百枚という大金が動く。


 そんな信頼と安心が大事な冒険者業界で、クランの金を持ち逃げするという行為を行ってしまえば、業界から干されるどころか袋叩きに遭うのは、アーニャにだって分かっているはずなのに。


「金を持って逃げたところで、どうやって汚れた金を使うんだ。

 冒険者ギルドの敷居は、もうアーニャはまたげないだろ」


「国外に逃げて豪遊する、あたりじゃねーのか」


「そんなことをするような女じゃない。

 なにか、事情があったに違いない。

 アーニャは、俺の幼なじみなんだ」


「俺もアーニャがどう思ってそんなことしたのか知らねえよ。

 今の話も、うちのクランメンバーからの伝聞で知った話だしな」


 セージは、ポン、と肩を叩き。

 俺の名を呼んで言った。


「ま、とにかくだ、イシカ。

 お前がアーニャの身内ってことは冒険者ギルドの全員が知ってる。


 これからアーニャの失踪と金の持ち逃げの件で、アーニャが所属していたクラン『ストレミーア』から詰められるだろうな。

 そこは覚悟しとけよ」


「信じられない……」


 俺はエールのジョッキを手に持っていたことすら忘れ、呆然とつぶやいた。



 ◇ ◆



 俺とアーニャは、同じ街で生まれ育った幼なじみだ。


 お互い、何の見どころも名産物もない、ありふれた街の平民の家の子として生まれた。

 そして俺たちはたまたま家が近かったからという理由で、小さい頃からよく一緒に遊んでいた。


 その頃、親父やお袋に耳がタコになるほど言われたっけな。


 ――アーニャちゃんは、将来は絶対に美人になる。

 掴まえて離すなよ。あんないい子、他にいないぞ。


 そう語る親父たちの言葉を、俺は鼻で笑って聞き流していた。


 小さい頃のアーニャは男勝りで、色気のない短髪だったから。

 こんな女が将来、男を作れるようになるとは思ってなかった。


 けれど、事実そうなった。

 10歳、15歳と成長していくにつれて、アーニャは女になっていく。 


 黄金色の短髪はセミロングに伸びて、パンツスタイルからスカートを履くようになった。

 こじゃれたアクセサリーを身につけるようになり、頬を簡単な化粧で彩り始めたアーニャは。


 街を歩けば誰もが振り返る。

 10代の少女だけが持てる、ありったけの輝きを秘めた女の子に成長した。


 そんなアーニャに、16歳になった日に「二人で冒険者になって生きていこう」と言われた。

 嬉しかった。


 俺とアーニャは男女の関係ではなかったけど、親友だったから。

 だから、何のためらいも迷いもなく、俺は生まれ育った街をアーニャと旅立った。


 俺とアーニャなら冒険者として成功できると。

 あの頃の俺たちは、ただ前だけを見ていた。


 冒険者の世界は決して甘いものではなかったが、苦労がありながらも中~上位とされるゴールドランクまで上り詰めた。

 アーニャは俺よりさらにワンランク上の、プラチナランクだ。


 俺たちは互いの相性もよくて、迷宮攻略で生きていくのに十分なだけの金を稼ぐことができていた。

 幸せな毎日だった。


 俺たち2人なら、なんだってできる。

 そう信じていた。


 アーニャは可愛く、性格も良くて、それで冒険者としての実力もあったんだから、モテないはずがない。

 アーニャに言い寄る男も多かったが、あいつはいつも断った。


 ――私は自分のことはどうでもいいけど、イシカには私がついていてあげないとダメだから。


 恥ずかしそうにはにかむ彼女に対し、涙を飲んだ男が大勢いたのは言うまでもない。


 そうしてアーニャと俺は2人パーティーで冒険者を続けていたが、やがてアーニャの才能を見込んだ大手クラン『ストレミーア』に引き抜かれる話が出た。


『ストレミーア』はこの迷宮都市では知らないものがいないほどの有名クランだ。

 俺は「行くべきだ。これはチャンスだ」と言っていたが、アーニャは渋りに渋る。



 ――だって私が『ストレミーア』に行ったら、イシカはどうするの。


 自分のことは自分でできる。俺もゴールドランクだぞ。

 パーティーを探せば入れてもらえるだろうしな。


 ――でも! クランは束縛も多いし、これまでみたいに2人で迷宮探索とかできなくなるんだよ。


 一緒に住んでるんだ。離れ離れにはならないだろ。


 ――それはそうだけど……。


 いいから行けよ。『ストレミーア』なんて有名クランに誘われる機会なんて、滅多にないんだ。

 これはチャンスだろ。


 ――イシカは、私がいなくても平気なの……?


 そういう話じゃないだろ。チャンスは逃さず掴むべきだ。

 アーニャはもっと上に行ける。


 ――私、上になんて行きたくない……。



 そういう平行線の話し合いが行われ、やがて俺の説得に折れたアーニャは渋々と『ストレミーア』に加入することになった。

 アーニャは晴れない表情をしていたが、


 ――まぁでも! 今度からはクランからお給料が出るから、これで2人の生活もラクになるね!


 と嬉しそうに話していたのが、つい先月のことだった。


 それなのに。


「アーニャがクランの金を持って、俺をおいて失踪しただなんて……。

 おかしい。何か、裏があるに違いない。絶対に理由があるはずだ」


 調べよう。

 彼女が抱えていたモノの正体を。


 そして何を思って失踪したのか、アーニャを探し出して聞き出さなくてはならない。

 死んだかどうかも不明の彼女を見つけ出すために。


 俺は、冒険者ギルドの酒場で、アーニャの失踪事件を調べる決意を固めた。

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