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プロローグ

魔王は焦っていた。


「お前が魔王か?」


目の前には仕立ての良いプレートメイルを装着した青年。

その手に持つ剣には血がべったりと付いている。

親衛隊の血だ。

ここは魔族の国ベイレフェルト帝国の首都タラニスにある魔王城。

その謁見の間だ。


式典や公的行事に利用されることを想定して設計されているため、天井は高く、人が千人程度入れる程広かった。

いつもなら、官僚や貴族達が謁見の為に忙しなく駆け巡っているところ今日は違った。

あるのは死体、死体、死体。

それも百を超える数だ。

本来であれば魔王を最後まで守護するはずの親衛隊の成れの果てだった。


彼らを殺したのは目の前の青年。

俗に言う『勇者』というやつだ。


「あぁ、私が全ての魔族の長、魔王だ」


その声は僅かに震えていた。

『勇者』に対する恐怖。

それが魔王の中を支配していた。

全ての魔族の頂点に立つ義務感、それが唯一、魔王を動かすものだった。

深くシワの刻まれた壮年の男。

身長は高く、肩幅も広く、手に持つ漆黒の剣は太く長く、対峙する者に威圧感を与える姿だった。

実は漆黒のマントの下には肩パットが入って肩幅を誤魔化しており、靴もかなりの上げ底だった。

それに手に持つ剣は儀礼用。戦闘向けではなかった。

単に王としての威厳を謁見者に見せつける為の装備だった。

ちなみに、魔王自身、武術はある程度は幼少期から嗜んでいたので心得はあるが、それも目の前で一瞬で切り倒された親衛隊長程ではない。


一方、目の前の『勇者』は魔剣であろうか。七色に輝く剣を持ち、一振りで謁見の間の頑丈な鉄扉を吹き飛ばす程の威力を持つ。

加えて、剣技も素晴らしく、屍となった百二十名の親衛隊は全て『勇者』に斬り伏せられた。


魔王はゴクリと唾を飲み込む。


(覚悟……せねばなるまいな。すまぬエステル、余は先に逝く。リーセ今逝く)


亡き妻と信頼できる部下に託した娘を思う。


仮に『勇者』を倒したとしても、その背後にはおよそ百の勇者の護衛部隊がいた。

そして、既に魔王城は人族の軍勢に囲まれていた。


宣戦布告無しの突如とした人族の侵攻。

十万を超える軍勢に国内兵力のみでは対応出来ず、続々と敗退。

辺境地で蛮族と戦っていた帝国の精鋭十万を呼び戻すも間に合わず。

このままでは魔族は最高指導者を失う事になる。


脱出した魔王の娘であるエステル・フォン・ベイフェルトを次期魔王に擁立したとしても魔王の死により士気が落ちた魔王軍の再建は難しいだろう。


(……願わくは精鋭十万と蛮族に下り、娘には身の安全を確保してもらいたいものだ)


覚悟を決めた魔王は一つの賭けに出る。


「そこの『勇者』よ」


「なんだ?」


構えた剣を一旦下げる『勇者』。

どうやら対話するだけの余裕はあるようだ。


「我らが魔族に下れば、この世界の半分をやろうではないか」


ありきたりな言葉。

ほぼ一瞬にして人族に首都を包囲される魔族に世界を支配する力なんてなかった。

これはまさに魔族としての矜持の表れ。

決して人族になんて屈さない、魔族はお前らとは違いいつでも世界を支配する余裕がある、今回は偶々スキを突かれたに過ぎないというのを示すためのもの。

『勇者』が頷くはずはない。


それは『勇者』の方も分かっていたようだった。


「ははっ!おっさん!中々、良い冗談を言うじゃないか。世界の半分か……悪くない。でも、そんな力ないだろう。先ずは俺に勝ってから言いなっ!」


『勇者』は再び剣を構え直し、魔王に駆けていく。

魔王は息を飲む。

その時ーーーー


「お父様危ないっ!」


脱出したはず魔王の娘エステルの声が響く。


(エステルっ!なぜ!?)


それに気づき足を止める『勇者』。

勇者の護衛部隊が封鎖する謁見者用の入り口ではなく、玉座の近くにある王族専用通路。

そこから、一人の少女が現れる。

歳は十八、九と言ったところだろうか。

魔力が高い証である深紅の瞳に長いサラサラの銀髪。

着ているのは黒のドレス。

すれ違えば誰でも一度は止まって見直すほどの美少女だった。


「エステル様!そちらに行ってはなりません!魔王様の覚悟を無駄にするおつもりですか!」


エステルを追って謁見の間に入ってくるのは紺色のマントを羽織った細面の青年。

ルーラント・フォン・ブラウエル、帝国の宰相で魔王の信頼できる部下だった。


「ルーラント!貴様もかっ!」


驚きの表情の魔王。

魔王軍再建の要の二人は絶対にこの場にいてはならなかった。


「待てっ!『勇者』よ!この者達は……」


「お父様っ!」


「エステル様おやめください!」


『勇者』に対し娘と宰相の命乞いをしようとする魔王にそれを諌める娘。

宰相のルーラントの悲痛な叫びも聞こえる。


『勇者』は剣を鞘に収める。


「『勇者』よ……そなた……」


自分の命乞いを『勇者』が聞き届けてくれたのではと少し安堵する。


しかし、勇者はエステルへと歩みを進め、その顎を右手で掴みその顔をまじまじと見る。


「何よっ!話しなさいっ!下等な人族の分際で!」


エステルは『勇者』から離れようと必死にもがくが『勇者』の頬を殴ろうとした右手は『勇者』の左手で押さえ込まれる。


「『勇者』よ……まさか……それだけはっ!それだけはやめてくれっ!大切な一人娘なのだ!私の命はどうなってもいい!だが、娘だけは頼む!」


魔王の悲痛な叫びが口から漏れる。

もう魔族の矜持とかそんなものどうでもよかった。

目の前の娘さえ助かるのならばと。


その願いを聞き届けたのか『勇者』はエステルを解放し、今度は魔王へと歩みを進める。


「そうだっ!それでいい!お主は『勇者』なのだ!私を倒せば……」


対峙した『勇者』の表情がどこかおかしい。

先程までの真剣な眼差しは何処へ行ったのか。

何処か恥ずかしそうな表情でほんのり頬を染めている。


(なんだ……何を考えている『勇者』よ……)


『勇者』の考えが読めず困惑する魔王。

しかし、次の瞬間、一瞬にしてまた魔王と最初に出会った時と同じような真剣な眼差しを魔王に向ける。


巨大な剣を構える魔王。

もう覚悟は決まっていた。


「お父様っ!」


これが最後に聞く娘の声になるのだろうか、そう思った次の瞬間。


「魔王、いや、魔王様!先程、世界の半分を俺にくれると言いましたよねっ!」


突然の勇気の発言に戸惑う魔王。

(まさか……その要求を受け入れるというのか……)


「あっ……あぁ、そうだ」


跪く『勇者』。


(何が……何が起こったというのだ。この『勇者』とやらは……訳がわからぬ)


そして、『勇者』の次の発言が魔王をさらに困惑させる事になる。


「魔王様っ!いや、お父様っ!世界の半分は入りません!代わりに……代わりにどうかっ!……娘さんを僕に下さいっ!」


「「はぁ!」」


魔王親子の驚きの声が謁見の間に響き渡る。

後方にいる『勇者』の護衛部隊もざわつき始めている。


「ちょっ!どっ……どういう事なのだ『勇者』よ!余はこの状況がよくわからないのだが……」


「そっ……そうよっ!いきなり私をくれだなんて……なななにいっててるのかしら」


状況が飲み込めず頭を抱える魔王と顔を真っ赤にしてしどろもどろするその娘。


「えぇっと……まぁ、言葉通りの意味でして……。俺、いや、私は魔王様の娘さんに一目惚れしまして……是非、私と結婚を前提にお付き合いさせてもらえないかと……」


「けけけっ結婚とか……なななに言ってんの!貴方、『勇者』なんでしょ!?人族の誇りは?『勇者』の義務みたいなのはどうすんのよ?」


「そうですよ、あなたは人族のいわば代表。安易にそんな事を言っては……」


何故か魔王の娘と魔族の国の宰相に諌められる『勇者』。


「人族の誇りぃ?代表ぉ?……そんなの君、いや、エステルさんって言ったっけ?その前ではゴミ屑同然。ダンゴムシ以下ですよ」


「なっ!?何言ってるのあなた?しょ……正気なの?」


顔を手で覆い、更に顔を真っ赤にするエステル。

さらに魔王の動揺も治ることはなかった。



「そそそなたっ!それは本当に言っているのかね?」


「あぁ、もちろん。女神にだって、邪神にだって、精霊にだって誓える!」


はっきりといわゆるドヤ顔で言ってのける『勇者』。

そこに幾ばくか冷静になったルーラントが尋ねる。


「それは……君は人類を裏切る……つまり魔王様の配下になるということを分かって言ってるのかい?」


「ああ、もちろんだ。まぁ、どうせ人族の側に付いていたって、魔王軍の次は人族同士の戦争や宮廷内の権謀術数に巻き込まれ俺の命はいくらあっても足りないことになりかねないからな。それならば正直に生きようと」


即答する『勇者』。

それに『勇者』の語った動機はありえる話で信憑性が高い。

ルーラントは魔王の側に走って駆け寄り耳打ちをする。

「いや……しかし……」とか「でもなぁ」「まぁ、それならば……」と言った声が漏れる。

『勇者』の提案について検討している事は明らかだった。


しばらくして結論は出たのか魔王がコホンと咳払いをする。


「その……『勇者』よ。こちら側に来たら、お主は今まで戦ってきた仲間たちと矛を交えることになるのだぞ?それはわかっているのか?」


魔王は『勇者』がどれ程本気なのか探る。


「もちろんですっ!後方にいる護衛部隊を切れと言われれば直ぐにでもっ!十秒あれば全員の首をここに並べてご覧にいれましょう」


「ぐっ……そうか。そなたの覚悟はよく分かった」


背後にいる護衛部隊に対峙して剣を抜き始める『勇者』。

護衛部隊からは「そりゃないっすよー」とか「無理無理勝てっこないって!」「俺、もう帰るー」と言った声が聞こえる。


魔王が納得したのにも関わらず『勇者』は護衛部隊に歩みを進める。


「まっ!?待て待て待て!何をやっているのだ『勇者』よ!」


このままでは護衛部隊が殺されてしまうと恐れた魔王が止めに入る。


「えっ?とりあえず、二、三人血祭りにして覚悟を示そうと……」


「せ……せんでいいから。お主の覚悟はわかったから」


「じゃあ……」


期待に目を輝かせる『勇者』。

よっぽどエステルがタイプなのだろう。

剣を収めるとダッシュで魔王のいる玉座の前に跪く。


その姿に若干引きながら魔王は再びコホンと咳払いをする。


「まぁ、エステルとの婚約を認めてやらんではない」


「お父様っ!」


あんなにお前だけは生き延びろと説得してきた魔王がいきなり娘を売るような発言をしたことに驚き悲鳴にも似た声を上げるエステル。


それを無視して魔王は続ける。


「ただしだ。条件がある」


「条件?」


別にこの魔王城を包囲する人族の軍勢程度なら条件にされなくても皆殺しにできるだけの覚悟が『勇者』にはあった。


「『勇者』、貴様が魔王軍の将軍となり、この世界の全てを支配できたならエステルをやろう」


「そんなっ……」


驚くのはルーラント。

当初の話し合いでは魔王城を包囲する人族の駆逐と隣接する人族の国家をいくつか滅ぼす程度の条件と決まっていたはずだった。


(魔王様は何を考えておられるのだ。今『勇者』殿の機嫌を損ねたら我々は滅びてしまうと言うのに……)


一方、魔王はというと。


(やっちゃった。……やっちゃったよ余。娘可愛さに無理難題押し付けてしまった。……これで『勇者』が考えを変えてしまったら我らは滅亡してしまうというのに……)


「分かりました。支配するだけでいいんですよね?皆殺しにしなくても?」


いとも容易く条件を呑む『勇者』。

更に何やら物騒な提案までし始めている。


「いやいや、支配だけでいいから。別に皆殺しにしたところでどうにかなる話ではないし」


「そうですか……なら、早速、この魔王城を包囲する人族を殲滅してきますね」


くるっと踵を返し剣を再び抜く。


「ちょっ!ちょっと待て!別に捕虜とか取ってもいいし、逃げる者は殺さなくてもいいぞ!」


「あっ、そんな簡単な感じでいいんですか?じゃあ、斬ってきますわ」


軽くコンビニに行ってくるというかのように十万の人族を相手にしようとする『勇者』。


(こいつ……ちょっと危なくない?)


内心そう思う魔王であった。

そして、『勇者』にビビりまくっている護衛部隊に救いの手を差し伸べる。


「先ずはそこの護衛部隊だが……おい!そこの者たち!勇者と戦うつもりのものはおるか?」


ザッという音とともに護衛部隊百名が同時に跪く。


「滅相もございません!我が御身、魔王陛下及び『勇者』様もとい次期魔王陛下に忠誠を捧げる所存!我が部隊をどうか麾下に加えてくだされっ!」


(変わり身はっや……大丈夫なの人族?)


内心そう思う魔王であった。


「そっ……そうか、ならば加えよう。良いな『勇者』殿?」


「まぁ、魔王陛下がそう仰るのなら」


(えっ?まだコイツ斬る気でいたの?……ちょっと『勇者』ってかなり危ない奴なんじゃ……)


「「「ありがたき幸せ!!」」」


護衛部隊百名の声が揃う。



『勇者』魔王軍に寝返る!その報は瞬く間に人族の軍勢に伝わることになり、約三分の一が魔王軍に寝返るという前代未聞の事態になった。


「あっ!魔王陛下!エステルー!」


そう言って人間の兵士の屍の山で微笑む『勇者』。


(もしかして……コイツの方が魔王なんじゃ……)


そんな風に内心思う魔王であった。

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