ハロウィンの幻想
紅く色付いた葉から木漏れ日が注いでいた。たまに吹く木枯らしが、僕の着ている薄手のコートを揺らす。
辺りには誰もいる気配がない。僕の目には、交互に繰り出される靴のつま先がずっと見えるだけだった。
ザッザッと、でこぼこのアスファルトを踏む僕の足音が、無駄に大きく聞こえる。目的の場所までもうすぐだ。
この場所へは、目をつぶっていても行けるだろう。だけど、そのことを嬉しいとは少しも思えなかった。
僕は、足を止めた。目の前には、もう見慣れてしまったものがある。
初めてそれを見たとき、お城のようだとぼんやり思った。石でできた、小さなお城。だから、その城の中で眠る君はお姫様だ。
決して目覚めることのない、永遠の眠りについた、お姫様。
花立てには供花が添えられていて、香炉には燃え尽きた灰が線上に並んでいた。
きっと先客があったのだろう。君が眠りについたのは、数年前の今日だから。
「ねえ、今日何の日か知ってる?」
あの日。君と最後に交わした言葉を、未だに僕は忘れられない。
いつもと変わらない帰り道。いつもと変わらない他愛のない会話。
そんな時に、突然君がそう切り出した。君に尋ねられて、僕は必死に思考を巡らせた。君の誕生日は二ヶ月後だし、二人の記念日でもないし、僕の誕生日、なんてこともない。
「トッリク、オア、トリート!」
悩む僕を見かねてか、じれったそうに君がそう言った。君の言葉で、今日、10月31日がハロウィンだったことを思い出した。だけどあいにく、僕はお菓子を持ち合わせてなくて。その旨を伝えると、君は子供っぽく頬を膨らませた。
「えー、いたずらしちゃうよ?」
それは困るな、と僕は苦笑いした。
わかった。明日、君が好きなチョコレートを持ってくるから、それじゃだめ?
「ほんと? じゃあ、特別に明日まで待ってあげる!」
そう目を輝かせながら言った君の人懐っこい笑顔が、今でも脳裏に焼きついている。
だって、それが、僕が見た君の最後の笑顔だから。
また明日ね。そう言って僕と彼女はそれぞれお互いの帰路についた。
そして、いつものように明日はやってきた。ただ、いつものようにやってきたはずなのに。
君だけがいなかった。
石のお城に向かって手を合わせると、僕は鞄からそれを取り出して、そっと置いた。
ジャックオーランタンの絵が描かれた袋に入っている、それを。
あの日、君に渡せなかった“treat(お菓子)”を。
今年も忘れなかったよ。ちゃんと、君が好きなチョコレートを選んだよ。
だから。ねぇ。
僕をこの“trick(幻想)”から解いてよ。
もうすぐハロウィンだなーと思い、過去に「Trick or treat」をお題に書いた小説を書き直したものです。
楽しいハロウィンパーティーのお話…なんて書けなかった…。