高校球児はやりすぎに注意
ジジジ……あまり電波状況がよくないラジオから直接録音しているのか、ざらついた声が録音機器から流れ出す。
これは日本を熱狂の渦に叩き込んだ戦いの貴重な記録である。
「さあ、解説の甲斐さん、いよいよ始まる甲子園決勝での見所はどこでしょうか?」
「そうだな、先攻の閃光高校も後攻の跡瀬目高校も、お互いが相手校のチームを試合成立人数以下にまで倒すといういわばKO勝ちで決勝まで進出している。投打共に隙がない実力が五分の強豪同士の一戦だ。全てが見所といっても過言ではない」
「すっかり名物になりました甲斐さんの無愛想な解説中に開始のサイレンが鳴り響き、ピッチャー東名が第一球を投げました! 消えました! おっと驚いている間にキャッチャーミットにボールが収まっています! 甲斐さんこれは?」
流れるのは歯切れのよいアナウンサーの実況とぶっきらぼうな解説者の声だけだ。
「今大会を席巻した「消える魔球」だな。ピッチャーの東名が得意とする分解・再構成の能力を使った技だ。手元でボールをナノミクロン以下の微粒子に分解して、キャッチャーミットの中で再構成する。これを使われたらバッターは打つのは難しいぞ。これまでも最終回まで相手が試合を続行できなかったから参考記録とはいえ、パーフェクトに抑えた試合も二試合あるからな」
「なるほど、ですが一番バッターの霧先君、何かピッチャーに向かって話しかけていますね。唇を読んでみましょうか。ええと「確かにこのボールは打てないが、勝てなくはないな」ですか。どうやら霧先君には秘策があるようです」
所々の解説で野球というカテゴリーから離れている部分もあるが、アナウンサーも解説者にも違和感はないようだ。
「あれ、お前いつの間にか読唇術も使えるようになっていたのか? アナウンサーをやっていくのも大変だなぁ。でもこれでテレビカメラのズームを使えばベンチの作戦会議もプライベートも丸裸にできるようになったか。マスコミというかパパラッチとして優秀になっていくな。
おっとすまん、話が逸れた。ピッチャーの東名に話題が集中しているが、霧先だって今大会最多のヒット数を誇る打者だ。彼があれだけ豪語するからには次の一球に注目しよう」
「それでは注目の第二球を……投げました! 私にはボールは見えずただピッチャーが腕を振り下ろしたようにしか見えません。ですが、ここで霧先君が豪快なスイングをする。しかし、……ダメだ。ボールはキャッチャーミットの中へ。東名君の投げる消える魔球は誰にも打ち崩せないのか!」
アナウンサーの興奮した声を解説者が打ち消す。
「いや、待て。東名が投げ終わると同時に血しぶきを上げて倒れたぞ。あの横に真一文字の傷は、間違いなく霧先の得意技「秘剣鎌居太刀」だな。カマイタチからヒントを得たというバットのスイングで真空を作り、それに気を乗せて飛ばす高等技術だ」
「うわー、東名君の白いユニフォームが元は赤いデザインだったと間違うほど鮮血に染まってますねぇ。大丈夫でしょうか?」
「ああ、見る限り背中まで一刀両断はされてはおらんから致命傷にはほど遠い。あれなら血止めをしてまたすぐ出てくるはずだ」
グラウンドで重傷者が出たにもかかわらず、まるで動じていない実況席。
「あの怪我でまだ続けて出るんと言うんですか? ああでも東名君は担架を使うまでもなく内野陣の肩を借りてマウンドを降りて行きます。その体からは未だにポタポタと血が滴っていますね」
「いかんなぁ、グラウンドは神聖なもので選手の体よりずっと大切なんだから汚さないようにしないと。もし自分が血を流したのならきちんと血痕を残さないように自分で掃除するのがマナーだ。最近の選手たちはマナーが悪くて困る」
解説者の甲斐に至っては怪我人よりマウンドを心配している。
「バケツでぶちまけたような出血量でふらついている東名君には厳しいお言葉ですね。あ、ここでピッチャー交代。やはりピッチャー交代です。これで霧先君はヒット数をさらに一つ増やしました。県予選を含めて彼がこれまでに退場させた相手選手は通算十五人目になりますね。なお今大会から相手を退場させた数がヒット数と表記するようになっています。安打数は違うので紛らわしければデータボタンでご確認を」
「しかし、あれぐらいで交代するとは気合いが入ってないな。私が現役の高校球児だったころなら赤チンキをちょちょいと塗るぐらいで続投してたぞ。もし包帯でも巻けば弱虫扱いされてたが」
「骨が見えるほど深く斬られた東名君への甲斐さんからの厳しい愛の鞭が続いてます。確かに彼はこれまで無敵を誇っていた消える魔球に頼りすぎて防御が疎かになっていたのかもしれません。これから先を目指すのなら練習が必要かもしれません」
「猛練習が必須だ」
なぜか異常に現役選手に厳しい甲斐にアナウンサーも迎合しようとしているが、やはりどこか無理をしている響きがある。
「しかし二番手で出てきたピッチャーの西川君は予選でもほとんど投げていませんね。東名投手が優秀すぎて登板機会がなかったのでしょうか。資料によると得意球種はパームボールとありますが」
「パームボールはナックルと似て、回転を無くして揺らす変化球だ。打ちにくい球ではあるが、秘剣だけでなく単純な打撃能力も高い霧先に通じるかは疑問だな」
投球練習の間を利用して、二番手ピッチャーのデータを伝える二人。
「投球練習も終わり、ツーストライク・ノーボールの状態から再開です。西川君、今、投げました! これは遅い、バッターボックスに到達するまでこうして私が実況できるほどのスローボールです!」
「パームにしては回転がかかっているような……いかん、危ない!」
轟音が響き、しばらく雑音が混じる。
「失礼しました、ようやくマイク調整が終わりました。そして今届きました資料によりますと、西川選手の投じた一球はパームボールではなく、彼のオリジナル変化球「ナパームボール」だそうです。ナパームと言うよりミサイルか爆弾のような凄まじい破壊力で、バリアーが配備されていなければこの実況席や観客にまで被害があったかもしれません」
「なるほど、ボールの材料を変化させて衝撃が加わると爆発炎上する変化球か。しかし、これはなかなかの継投策だな」
「そう言いますと?」
ようやく雑音が小さくなった音声で、アナウンサーが解説を要望する。
「ほら、爆風と炎で打った霧先が吹き飛ばされて一塁へ走れずワンアウトになっただろう? これが大きい。霧先はこれまで例え空振り三振しようとその秘剣鎌居太刀でピッチャーを相打ちにしてきたのだが、今回はそれにも失敗している。
ナパームの爆風によってピッチャーへと向かうはずのカマイタチの真空の刃が潰されたんだろう。この防御の相性まで考えて二番手ピッチャーに西川君を持ってきたのか、よく考えたもんだな」
「なるほど、霧先選手を爆殺するだけが目的ではなかったと」
「まあ、それが第一目的であったことは確かだろうが。霧先がいればピッチャーが何人いても足りないからな。おそらく差し違えても霧先だけは倒してこいと指令が出てたのだろう」
冷静に分析しているようだが、野球の戦術やそれの解説としてはやはりおかしい。
「さて、グラウンドの荒れも直されて二番打者の登場です」
「あのナパームボールをどう攻略するのか……ああ、彼なら打たなくてもいいのか?」
「どういう意味でしょうか?」
「二番を打っている新堂の特技は……」
「あ、初球を投げました! 今回もまたナパームボールだ、ゆっくりと放物線が描かれていく。ストライーク!」
「ふん、一球見たか。しかしあのボールをキャッチャーは上手く衝撃を殺して取ったもんだ。バッターの新堂もキャッチャーが捕球する際に爆破されるんじゃないかと期待して一球待機したんだろうが、合気道の有段者であるキャッチャー北島も味方のボールに巻き込まれるほど甘い選手ではない。受け流すようにくるりと一回転しながらボールをキャッチして爆発させなかった」
ナパームボールには甚大な被害が起こる可能性があるため、一球ごとに詳細な解説が加えられている。
「なるほど、新堂君はバッテリー間での同士打ちを狙ったがそれは失敗した。ということでしょうか」
「ああ、グラウンドは戦場だ。味方からの流れ弾に気を配らないような選手は寿命が短くなる」
「短くなるのが選手寿命なのか、それとも本当の寿命なのか気になるところですが、プレイが続いています。
続けて第二球を……投げました! またもスローなナパームボールです。おっと今度はバッター見送らずにスイングを開始します、極端に上から下へ叩きつけるバッティング……がダメです空振りツーストライクゥウゥウゥ!」
今回はボールが爆発した訳でもないのにまたも実況席がビリビリと震え、それに伴ってアナウンサーの声まで上下している。
「これが二番バッター新堂の広範囲攻撃技「グラウンドインパクト」だ。ほらダウンスイングしたバットの先がグラウンドにめり込んでいるだろう? バットが地面にぶつかった瞬間にグラウンドいる人間は体感的には震度九以上の揺れを感じて、頭痛やめまいの症状を起こす。このバリアーがある実況席でも揺れるんだから守っている選手達は大変だ」
「ああ、三半規管にダメージを受けたのかひざを突いている選手もいますね。すぐ立ち上がったから即交代はないでしょうが、いやー大した破壊力です」
「一番のピッチャーにだけ対象をしぼった鎌居太刀とは真逆の、多人数へ一度にダメージを与えるバッターだな。これらの異なるタイプを連続して持ってこられると守る方としては対処が難しい。それを一・二番に配置できるところが閃光高校の選手層の厚さだ。
しかも、新堂のグラウンドインパクトは必ずしもボールを打つ必要はないわけで、ナパームボールを爆発させることもない、と。だが爆心地近くにいたピッチャーはもう一度あのインパクトを食らえばKOされかねんな。さてどうするか」
解説者である甲斐の声に面白そうな色が混じる。
「しかし、跡瀬目のバッテリーはこんな事があってもタイムを取ったりしませんね。ベンチからの伝令もなしで三球目を投じます」
「新堂は二番バッターとしてグラウンドインパクトを使いながら決勝までスタメン出場していたからな。すると跡瀬目としても当然なんらかの対策を練っていたんだろう」
もしそうでなければ監督は無能だと吐き捨てる。
「それはどういった対策……。あ、でもやはり投げるのは今度もナパームボールです。当然新堂君もボールを無視して大上段からバットを地面に叩きつけての再びグラウンドインパクト! これは三振だが、混乱する守備の隙を突く振り逃げ狙いだー!」
「……グラウンドインパクトにしては実況席どころか内野ですら振動がまったくないようだぞ。む、あそこでほくそ笑んでいるのはショートの南田か。ああ、彼の「触れるのは砂の果実」で地面を砂にして振動の伝達を抑えたのか」
またも技が使われたはずなのに、音声の乱れもなく綺麗なものだ。
「どういった能力なんですかそのサンドリヨンというのは?」
「南田が勝手に名乗っている能力で、彼が立っている地面を砂に変化させるという単純なものだが、応用力は高くと能力が届く範囲は広い。ボールの転がりを止めたり、ランナーの足を封じたり、負けた高校が甲子園の砂を持って帰ろうとしているのを邪魔して全部砂漠の砂に変えたりとこれまで使っているな」
「うわー、相手にとっては嫌らしい能力ですね。しかも敗退した相手に死体蹴りまでしなくても。ああ、でも確かに新堂君のバットが半ば以上も砂に埋まってますね。これで衝撃が伝わらなかったのでしょうか」
「だがキャッチャーの足場まで悪くなるために回転していなすキャッチングはできない。だから無理にボールを取ろうとしなくて避けても、ボールは砂にめり込んで爆発しなかった。しかもこの足首まで埋まる足場では振り逃げも無理だ。タッチしてこれでツーアウト、か」
「能力だけでなくそれを使うタイミングも熟知しているというわけですか、守備でも魅せますねー跡瀬目高校」
「守備が悪いチームは決勝まで勝ち上がってこれない。と言うより守備が悪いとここにくるまで負傷者続出で試合が成立する人間を残せないからな」
ツーアウトになるまで投手と打者が一人ずつ病院送りになっているのは、実況席にとっては些細なことなのだろう。
「さて、二人倒れましたが怖いバッターはまだ続きます、ここでクリーンナップの出番ですね。三番バッターの軽井君はこれまで打率九割を誇るバッターです」
「彼の能力はバットの質量を操作するのみで、直接相手にダメージを与えるような特筆するべき技はない。ただ純粋に軽く操りやすくしたバットをインパクトの瞬間だけ重くして強烈な打球を放つという正統派の強打者だ」
「なるほど、シンプルに強力ということですね」
「だが、地味だ。私達が現役の頃にはベンチ入りも難しかっただろう」
解説者の声には明確に悪意がこもっている。
「おや、軽井君がこちらへ視線を走らせたようですが。まさか聞こえてはいませんよね?」
「いや今時の高校球児は公共電波ぐらい自分の耳で捉えられるだろう。でも、これじゃダメだ。たとえ聞こえていても試合に集中しなければ」
「ですが、ここでピッチャー交代ですか? どうやら西川君は一・二番を抑えるためだけのワンポイント的な使い方でしょうか」
「西川はベンチに下がらずそのままライトへ行っているから、場合によってはまた後で投げる可能性もあるな。そしてライトの北沢がピッチャーのポジションへと。彼がマウンドに上がるのも今大会初か」
選手達には厳しいが、最低限の情報は提供する実況席の二人組。
「その北沢選手ですが投球練習もなく、第一球を投げた!」
「ああ軽井はスイングするタイミングが早すぎる。あれではボールが来る前にバットを振ってしまって、握りが甘いから手が滑ってすっぽ抜けて、バットが軽くなってるから飛距離が伸びて、飛んだバットがこっちに…え? こっちに向かって来たぞー! ぐはっ」
ガラスが割れるような破裂音と鈍い衝突音。
「あっと、まるで狙ったかのように金属バットが解説の甲斐さんに直撃! 質量がゼロになったバットのため高速で、しかもぶつかる瞬間に爆発的に重くなってはさすがにバリアーでも対処し切れなかったようです。しかし、甲斐さんも喋っている間に避ければよかったと考えるのは私だけでしょうか?
鼓動のリズムに合わせて額からぴゅっぴゅっと出血しています。ですが彼はこれまでさんざん根性論を展開してきたのですから、このぐらいでは解説を途中退場したりしないでしょう。
よいしょ、ではこのまま実況席にもたれさせて解説を続けてもらいます」
「ぐふっ、きゅ、救急車を……」
甲斐の声はかすれて余裕は一欠片も残っていない。
「甲斐さん、仕事放棄はやめましょう。おっとその間にピッチャー、第二球を投げたー! さっきの空振りでバットが実況席を襲ったのを舐められたと感じたのか、今度の球は光輝くかなりの速球だ!」
「あの光は……はく…あき…の‥…を絶滅させた……反物質……ボール……打っては、ダメだ……」
荒い呼吸の合間に解説というか警告が放たれる。
「おお、すごい責任感だ。血を吐きながらも何を言ってるか分からない解説をありがとうございます、甲斐さん。しかしアドバイスを無視して振った軽井君のバットは質量をほぼゼロにまで極限の軽量化を果たしている。振り遅れはなし、見事にボールを捉えたー! おや、強烈な光が……」
……ざー。
ここから先は音声は途切れ、雑音しか録音されていなかった。
これが後にラストヤキュー戦争と呼ばれる、日本に核が落とされたと同程度の高熱と狂乱の渦に叩き込み、地形が変動するほどの影響を与えた甲子園での戦いの記録である。
この事件後ピッチャーの疲労を無視した連続登板や千本ノック、あるいは忍術に剣術や超能力に魔法などを使用した日本式野球が廃れ、科学的なベースボールが隆盛を誇ることとなるのだった。