5魔目 新たな謎
「しっかし呪いねぇ……古今東西、女に呪い掛けるなんて恋愛関係からの嫉妬って良く言われるが」
「でも祈先輩が言うには菊地さんはそう言う感じもないそうよ?」
と、言って歩くのは善人と聖華である。
現在二人は菊地先輩の自宅周辺を散策し、呪いの中継地点を探していた。呪いとは術としてはポピュラーだがかなり難易度が高い魔術だ。
そもそも誰かを呪うと言うこと自体が相当その対象を恨んでないと難しい。純粋にその者に対する憎しみが術を完成させる。だが人間はどんなに恨んでも様々なことを考えてしまう。例えばどんなに殺したいと思っても、本当に殺して良いのか……と言った良心のストップがある。そうなったら呪いの効果は激減してしまい、今回のように解呪してもまた呪われてる……何て事は発生しない。
なら今回はその点をクリアしているのかと言えば、それはまだ判別できない。今言ったように難易度は高いが、じゃあ呪いを行えないのかと言えばNOである。つまり、激減してしまうのであれば、何かしらの方法で増幅させれば良いのである。それを今回は探しているのだ。
それを中継させることで、力を増幅&遠くからでも呪いを掛けられる……といった手順を踏めば呪いの難易度は高いながらも下げることができる。勿論前回いった人を呪わば穴二つの力の逆流はあるから危ないのに変わりはないが、それでも最初にいった人を純粋に恨んでないとと言うのは準備もなにもしなければと言うだけであり、行えない訳じゃない。
だが勿論幾つかの中継地点をおいておくにしても、最終中継地点を菊地先輩から離れた場所に置くわけがない。置いたら意味がないからな。
だからあるとすれば菊地先輩の家の周辺……或いは学校から徒歩で通っているので通学路が精々だろう。ただ通学路においておくとなると彼女が何時そこを通るのか把握してないといけない……いやもしかしてそこで待ち伏せ?まあそうだったとしても相応の準備をしておかねばならないので痕跡は見つかるだろう。
なので勇女と祈は現在通学路を探している。最初は勇女は善人を見張ってるとかいって居たものの、まぁ喧嘩になったら操作ができないとの事で祈が引っ張っていった。聖剣を持てば男何て目じゃない程の身体能力を発揮する元勇者も素では男になってしまった元僧侶に力では敵わないらしい。
何て事を考えながら探していると、ふと善人は引っ掛かりを覚えた。
「お前今祈先輩って呼んだか?」
「えぇ、呼んだけど変かしら?」
首をかしげる聖華に善人は首を横に振る。
「いや別に良いんだけどそれは人前だからだと思ってたからな」
「もう人間として生きるんだもの。影でも目上の人間を呼び捨てなんて失礼なことはしないわ」
何てことのないようにいう聖華に善人は成程ねと頷き、ならばと言葉を続ける。
「勇者は何て呼ぶんだ?」
「勇女ちゃんって呼ぶわ」
ブフッ!と思わず吹いたのは仕方ない。それから善人は暫し笑った後に聖華をみて、
「本人嫌がりそうだな」
「嫌がってるわよ?まあそんな反応も面白くて言ってるんだけどね」
性格悪いなぁ~。と善人がいうと聖華はにっこり笑って言う。
「性格の良い魔族なんているわけないじゃない」
ごもっとも、と善人が言ったところで散策開始地点である菊地先輩の家の前に戻ってきた。既に日も沈んでおり、暗くなっている。
「結局無し……か」
家の周囲に怪しい力は感じなかった。元魔王と元四天王の最強である二人の探知能力は並のものじゃない。その二人が見付からなかったのだとしたら恐らくここには中継地点はなかったんだと判断して問題ないだろう。
となると後は勇女達の方だろうか……と考えていると、辺りの散策を行う際にスタート地点とした菊地先輩の自宅前に着き、自宅前に立っている影を見つけた。
「菊地先輩?」
そう、菊地先輩である。なぜか彼女は部屋着のまま素足で家の前の立っている……だがそこで善人と聖華は気付いた。
彼女が憑かれていることに。
「いや早すぎない?さっき解呪したばっかりよ!?」
「だが憑かれているのは事実だ。菊地先輩!」
二人が慌てて菊地先輩に声を掛けると、彼女はゆっくりとこちらを見る。
その瞬間二人は魔王と四天王だった頃の目付きに戻った。何故なら彼女の眼である。
「ジャマヲ……スルナ……ニンゲン」
眼はまるで肉食獣のよう瞳孔が鋭く、口から除く犬歯は人間の鋭さではない。
まさに獣……普通の人間であれば見られただけで動けなくなる殺気を垂れ流す相手に二人は臆することなく睨み付ける。
「ホウ……オレノサッキヲ、ヘイゼントウケトメルカ」
「お前は何者だ?菊地先輩じゃねぇな?」
善人はそっと聖華に合図を送り聖華は異空間系の結界を張る。こうすることで辺り一体の景色は一見変わらないが、さっきまでの場所ではない異次元の世界だ。人はいないし例え何を壊しても実際の建物には影響を与えないで済む。
そうしながらも善人は相手から眼を離さずに思考を回転させる。
そもそもただの呪いだったはずだ。体調が悪くなる程度の……今は人格の変異まで見られる。となればもしかしたら自分達は大きな勘違いをしていたのかもしれない。
だがいつまでも落ち着かせてはくれないようで、
「ドケ!」
そう言って菊地先輩?は善人に飛び掛かってくる。それを咄嗟に善人が受けるが、人間離れした馬鹿力は善人を後方に吹き飛ばした。
「ちぃ!」
だが善人はそれを強引にブレーキを掛けて止まる。それをみた菊地先輩?は驚いたように眼を開く。そりゃそうだろう。完全に入ったと思ったのに平然と善人は立っているのだから……
「ニンゲン……カ?」
「さぁな」
肩を竦めおどける善人だがどうするか手だてがなかった。何せ魔族の善人には今取り付いてるものを引き剥がす術はない。勿論聖華もだ。
負けることはないだろう。だがこっちが勝つ手もない。ぶん殴ったら菊地先輩の体が危ないし……
そう思ったとき!
「はぁ!」
突然割り込んできた影は剣を手に菊地先輩?の腹を剣の腹で叩く。
「グェ……」
ミキィっと嫌な音と共に菊地先輩?の体が空中に浮かぶ。そこに更なる追撃が襲い掛かった。
「ホーリーインパクト!」
聖なる光が菊地先輩?の体を激しく痛め付ける。ただこの呪文は人間には効果がないので、恐らく苦しんでるのはn取り付いてる奴だけだろう。
そしてこんなことを行えるのは自分の知ってる範囲なら二人だけ……
「容赦ねぇな、お前……」
と、善人が若干避難するような眼で剣を担ぐ勇女を見ると、勇女は鼻を鳴らして言う。
「加減はしてるから」
断じてそれで許されるレベルの一撃ではなかったが、まあ祈を連れてきてくれるなら万々歳だ。さっきいったような取り付いてるものを引き剥がすのは祈の得意分野と言うか専門分野だ。
今だって動けなくなった菊地先輩?に術を掛けて引き剥がしている最中である。
「ヤ、ヤメロォ」
「ご、ごめんなさい!」
と謝っちゃいるが手は止まらない。慣れた手つきで手順を終わらせ取り付いてるものを引き剥がすことに成功した。ウネウネした物体が祈の手に巻き付いているが彼は特に気にせず持ったまま完全に消し去るべく新たな呪文を唱えようとした……が、
「わっ!」
それは突如ボン!っと音をたてて爆発したのだ。爆発といっても極々小規模なものであり、祈にダメージはない。
「消えた?」
と聖華が呟きながら見る。完全に爆発と共に消滅した何かは見ることは叶わない。だが各々何かが合点いったようで、
「恐らくまだ終わってません」
「だろうね」
祈の言葉に勇女が答える。今の一件で分かったことは一つ。それはこれはただの呪いじゃない。いや、正確にいえば何者かの霊に憑かれかけていたのだ。そして今消失したのは、その霊の極一部だろう。霊の極一部はそんなに強くない。強引に引き剥がされたために消滅させてしまったのだろう。だが極一部の消滅では霊の本体には大きなダメージはない。しかし取り憑くのは楽な芸当じゃない。よほど波長が合わない限りは……
それでも、何度も何度も取り憑こうとし続けていけば段々と慣れ始め、少しずつ侵食していくことが可能である。
だがそうすると新たな謎が出てくる。ならば今の霊はどこで菊地先輩に憑いたのかと言うことだ。呪いの中継地点探しの時にも、そういった気配はなかった。
しかも定期的に憑かれていたとなれば何処かしらでやはり霊の大元が居たはずだ。一部だけの憑依は恐らく強引に取り憑いたため。しかしそんなことができるのは余程強い霊だろう。そこまで強かったら近くにいればわかると思うのだが……
っといつまでも考えてないでその前に、
「祈先輩。菊地先輩の治療しないと死にますよ?」
「あ!そうだった!」
聖華の言葉に慌てて祈は治癒魔法を掛けて癒していく。祈ほどの術者の治癒魔法であれば肋骨の骨折もあっという間だ。寧ろ骨折前より頑丈になるだろう。
そんな光景を見ながら善人は勇女に話し掛けた。
「なぁ、そっちの方はなにもなかったのか?」
「何もなかった」
短いが、それでもこの件を解決したいと言う思いからか善人に答える勇女に善人は少しホッとしつついると、うぅん……と菊地先輩が目を覚ます。だが、
「あれ?なんで桑原くん達がここに?」
「ちょっとね」
と、祈は答えながら素早く呪文を唱え、それが完成すると同時に菊地先輩は糸の切れた人形のように脱力して眠り始めた。
相手を強制的に睡眠状態にする魔術か……相変わらず多才である。
「しかしこれからどうするんだ?結局呪いじゃなく場合によってはもっと厄介な霊が犯人だとわかってもなぁ……」
そう勇女が言うと祈は、
「明日改めて菊地さんに聞いてみるね?最近身近な人や知り合いが死んでないかって」
と、結局探索初日は新たに謎を生んだだけになったのだった……