コトワリヲ カナデレバ
時系列はあるので、
順番に読んでいただくのを
お勧めしますが、
1話完結型の恋愛小説です。
理緒:
主人公。
関東出身、京都在住のだめ女。
奏:
かなで。
残念なイケメン。
理緒の1個下。
沖、おきちゃん:
理緒の姉の元彼、
中学時代の2個上の先輩、
院卒のため、年齢は上だが、
奏の同期。
交わって奏でれば、
即ちそれ、理となる。
友達が欲しかった。
理由なんてそれだけだ。
関東出身、京都在住。
彼と住んでいたけれど、4年学生、4年私のひもだったその人を追い出したのがつい半年前。
小さな会社で事務だか営業だかわからない激務をこなして生きる私には、仕事以外で友達なぞ皆無。
世間ではブラックだなんだと叫ばれている今日、 ゆとりと思われたくない一心で休日も返上して戦う私は、もはやエネルギー切れ寸前だった。
むしろ関東にいる幼馴染や同級生達が、なぜ遊ぶ時間を持っているのかわからなかったわけで…。
新しい恋…なんてのもイマイチ。
職場の気になる年下は女ったらしで、私はキープの1人として…たまにご飯したり仕事を手伝ったり。
自分のだめ女っぷりが身に染み始めたのもこの時である。
理緒、それが私。
だめ女の名前。
これは、あれかな…実家に帰れってこと…?
ヘロヘロの私。
床に轢いた布団はペシャンコで、女として間違ってるだろうなとは思っていた。
部屋は乱雑に置かれた雑誌や衣服で、生活感有りまくりの恐ろしく干物な雰囲気を醸し出すし、それを諦めてもいたぐらいだ。
<おー、元気かー?>
そんな時、メールが届いた。
時々もらう電話やメールは、家族以外ではこの人が殆どだ。
この人…つまりは中学の先輩。
姉の元彼。
私にとっては義理の兄になるんだろうなと漠然と思っていた人。
結局ならなかったわけだけど、付き合いは続くもんだなと思う。
名前は沖。
私はおきちゃんと呼んでいる。
床に直に寝ていると錯覚するような布団にぐったり横になりながら、返事を打った。
<元気なくはないけど元気でない。でも友達ほしー>
文章としておかしいがそんなコトも気にならないぐらいの間柄。
大手企業のシステムエンジニアのおきちゃんは、たまに関西へ出張がある。
そんな時もちょいちょい時間を合わせては、ランチや飲みに行くくらいは仲が良い。
私のぐだぐだにも1番付き合ってくれるいい奴だが、どうも既に家族のような間柄で、恋愛対象には一生ならないだろう。
向こうも同じなのはわかりきっている。
<なんだそりゃ(笑)
ぼっちですねわかります。
流行りの街コンでも行けば?>
<いや、男友達じゃなくてさ。
女の子の友達がほしー>
<ほー、ならちょーどいーな。
そっちにサッカー見にいくから、何人か連れてってやる>
<まじですか!さすがです先輩>
<やめろ(笑)>
<いついつ!?仕事調整する!>
<月末30に試合だから31に遊ぶか飯か>
<わかった!!>
やりとりを見返せば、今のこの状態から抜け出せるんじゃないかって気持ちになった。
友達!
女の子の友達が出来る!
だがしかし。
だが、しかし。
現実は非情で。
<来週末、サッカー見に来るんだよね?
宿は?人数は??>
<おー、言ってなかったな。
忙しくて俺ともう1人だけになった。
宿はまだとってない(笑)>
<ええー、もう一杯なっちゃうよー?>
<あぁ、そうか。
お前んとこ泊まれば良くね?
その代わり、食事代は全持ちしてやる>
<おぅふ…き、汚いけどいい?
そもそももう一人ってどんな娘?>
<カナデ>
<ん?>
<奏ってやつ。残念なイケメン>
<い、イケメン…?残念??>
<恋愛モードで寄ってくと壁はるぞ。
まぁいい奴だ>
ちょっと待てーい!!
思わず独り言として本音がもれた。
いや、そもそも性別おかしくない?
それ明らかに男の子だよね??
人数は大目にみてやろう!
しかしそれは!!
<って、ちょい待ち!
その奏くんも私のとこに泊まるってこと?>
<宿は取ってないはずだからな>
<いや…まぁおきちゃんの紹介だから心配はしないけど…奏くん?が気にしないかね?>
<あー、まぁいいんじゃね?>
<は、はぁ…>
<んじゃよろしく>
……。
ハードル高いよ……。
思いながらも、気を取り直す。
まぁ友達増える分にはいいことのはずだ。
珍しい名字だねーとかありきたりな話題から話す自分がありありと浮かぶ。
奏くんとやらには悪いけど、私の生贄になってもらおう。
そう考えて、1人で頷いた。
恋愛モードがどうとか言ってたけど、私、そう簡単にスイッチ入るキャラでもないし大丈夫だろう。
友達が欲しかった。
理由なんてそれだけだ。
…そして当日はあっという間にやってきた。
サッカーを見てからやってきた2人は、最寄り駅に23時をまわって到着。
その間、携帯の電池が切れたおきちゃんの代わりに、奏くんが私とLINEをやりとりしていた。
その時に、おきちゃんと奏くんは同期だけど、おきちゃんが院卒な分、奏くんが年下だと言うことがわかった。
おきちゃんの3個下、私の1個下だ。
少しは打ち解けた…と信じたい。
「ええと…よろしく奏くん!」
「よろしくー」
ほあー、スタイルいいな!
足長っ…背、高っ!
それに、なんか柔らかなほわほわ君だ!
イケメンって聞いてたけど…可愛い!
私はホッとして笑いかけた。
「ごめんね、いきなり知らない異性の家とかでー」
「あー、それはね。まぁそっちが気にしないならー」
「うん、私は平気ー」
そんなやり取りをしたはずだ。
奏くんは始終ゆったりしているように見えた。
自己紹介とかしながら、話をする。
まぁ、私は人見知りとか一切しないから…主に話しかける側だったけど。
床に座る奏くんに言ったものだ。
「ペシャンコだけどっ…床に座るのは招く側として見逃せないのっ!」
おいでおいでと布団を叩く。
奏くんはちょっと笑った。
「まぁ…じゃあ」
「よろしい!」
緊張してないならいいんだけど…。
そんなことを思っていながら順番にお風呂に入り、私達はペシャンコ布団を横にして、身体をはみ出させながら川の字で寝たのだった。
次の日。
私は1番に起きて色々済ませ、2人を順番に起こしてシャワーに行かせた。
今日行くのは、鞍馬山からの貴船だ。
パワースポットを選んだのは、私が元気になりたかったからなのかも。
自分のだめ女っぷりを話しながら、電車にゆったり揺られている私に、奏くんがぽつんと言った。
「今時…そんなこいるんだね」
「ん…?」
「4年だよ?働かない男を4年養ってた…いや、まぁ人様の恋愛をとやかく言う気はないけども」
「…わ、わかってるんだよ?だめ女ってことくらい」
「うん、そこは充分理解した」
「ですよねー」
会話を聞いていて、ははっ、とおきちゃんが笑う。
「それに、今気になる奴も最低だしな」
「…それは…まぁ、うん」
年下の仕事仲間。
遊ばれていること。
こんな良くしてるのは貴女だけですよ、とか言いながら、他の人とデートしているのも知ってるし、私に服や時計をねだる。
ご飯代もその場では払うが、後できっちり請求される。
いや、割り勘は全然いいんだけどさ…。
その場で払う理由が、見栄を張りたいからなのだ。
もらってるお給料がスズメの涙なのは、お互いが知るところなのに、なんと嘆かわしいことか。
どう考えたって私は都合のいい女で…。
「何処がいいの」
「うっ…いや、どこ…?うーん…何て言うか、理性は辞めろって言ってるのに、感情がついて来ないって言うか…」
そうなのだ。
わかってるのだ。
こんなの恋でもなんでもなくてさ。
幸せにも絶対ならない。
なのに…。
奏くんがにこりともせず、ぽつんと呟いた。
「…ほんとだめ女だね」
「はい…」
その瞬間、ドカンと音がして窓の外が光った。
ざざあーーーー。
「うっわ、まだ午前中なのにゲリラ豪雨って!」
思わず外を見ながら私が言うと、
「俺ら傘あるよ」
と、おきちゃんが笑う。
いや、昨日から傘を持ってたのは、確かに知ってるし…。
今も手元にあるのは見えてるし…?
「い、いいもん、買うし…」
そんなにお金持ってきてないんだけどな…むしろずぶ濡れ上等、いっそ、私のだめ女っぷりを洗い流してくれたらいいのにとさえ思った。
電車を降りると、やはり雨。
売店…のような木造の平屋が、坂を下った先に見える。
走るか…。
そう思って踏み出そうとすると。
「どーぞ」
「へっ?…あ、えっ?」
奏くんがビニール傘を掲げている。
「…えと…」
「嫌じゃなければ」
な、なんてジェントルさんなの。
ぽかんとしていた私は慌てて笑った。
「じゃあ、お願いします」
傘の下に入る。
気軽な気持ちではあったけど、奏くんが大丈夫かなーなんて心配になった。
ちらと見ると、私が濡れないように私の方に傘を傾けていて、自分の右側が濡れていた。
すこし優しい気持ちになって、そっと、軸を押し戻す。
「いいんだよ、半分こしよ?」
「…や、人様を濡らすのは…」
「着いたっ、だからちゃんと挿して!」
びょんと売店に飛び込む。
振り返ると、奏くんは納得したように頷いていた。
小さな緑のビニール傘が売っていて、それを買った。
「ちっさ!」
すかさずおきちゃんが突っ込む。
「小さい方が持ちやすいじゃない!」
すかさず返す。
「まぁね、自分が濡れなければいいけどね?」
奏くんがさらに返してくる。
「私ちゃんと入るよ!?
大丈夫だよ!?」
さらにさらに返してみると、満足げな笑みが受け止めてくれた。
おお、友達っぽい!
私たちは笑いながら、鞍馬山を登り始めた。
しとしとしと…
ゲリラ豪雨はしっぽりとした霧雨に変わり、なんとなく趣が感じられる。
濡れた苔を、はるか高く枝葉を伸ばす松からこぼれた水滴を、ぼんやり感じていた。
そうしたら、自分が情けなくて涙出そうで、ついでに言うと1人じゃないことに救われたような気持ちになった。
あぁー、私ホントにダメ女だったな。
「……ねえ、奏くん」
「はい?」
「なんか、大丈夫かもー」
「……いいんじゃなーい?」
何か察してくれたんだろう。
その簡単な返事が、雨の代わりに何かを流してくれた…ような気がした。
触れ過ぎない優しさが、今は心地よかった。
「スカートは見えないからいいのであって」
「うん、わかるわかるー。やっぱり見ちゃうもの?」
「いや、視界に入ることはあるけど不可抗力じゃね?」
「わー、奏くん紳士ー」
「まぁね、よく言われる」
奏くんとスカートの長さについて語っていると、おきちゃんがお前らオヤジくさいと笑う。
参道を行けば鞍馬寺があって、なんとなく満喫した私たち。
さらに貴船へと続く山道を見つけ、そこからの細道はやっと下りに差し掛かっていた。
「おおう、滑りそうだね」
細い道はもちろん舗装などしていない。
土が露出した道は雨でぬかるみ、気を付ける必要があった。
「うーん、転ばないようにしないと…」
やんだ雨をいいことに傘を杖にする。
ゆっくり下っていこうとすると…、あれ?
さっきまで横にいた奏くんが、さりげない動作で私の前に出たのに気が付いた。
思わず目を見張る。
も、もしかして、私が転びそうになったら、支えてくれるつもりで…?
普通なら気付かれないような小さな動作で私の様子を伺いながら、奏くんは前を行く。
その姿に確信を持った。
この子……なんていい子なんだろー。
自分がそうすることをひけらかさない。
そういうことをさらっと出来てしまう、ジェントルさん。
絶滅危惧種な気がした。
しばらく伺ってたけど、私は思わず微笑んだ。
「ねえ」
「はい?」
「ありがとう奏くん」
「!…気付いてたんだ」
「まぁね!」
そこまで言った時。
ずるぅっ
「あ」
「お」
2人で変な声をあげて音の先を見やる。
足を取られたおきちゃんが踏みとどまっていた。
「あ、あぶねー!」
私と奏くんは吹き出した。
「さすがにお前を助ける準備はしてなかったわ!」
笑う奏くん。
「だよね!」
相槌を打って、お腹を抱える。
「な、なんだよ…?」
「奏くんがジェントルさんって話ー!」
あー、すごい。
来てよかった。
心が洗われていく。
満たされる。
最高の友達が出来た、と感じた。
すると、奏くんが言った。
「なんか元気なったね」
「ん?うん!…奏くんのおかげだよ」
「………良いことである。
おきには世話になってるから、その友達にも良くするのである」
「…?」
その言い回しに少し不思議に思って、ああ、と納得した。
そっか、恋愛とかに関して壁を作るって話だっけ。
すこし距離を置くようにしてるのかな。
なんか、踏み込んじゃったんだろうか?
本心だったけど言い方考えるべきだったか。
「つまり、2人には感謝してるー」
言い直すと、奏くんはうんと頷いた。
満喫に満喫を重ね、気がつけば夕方。
私達は京都駅まで帰って来ていた。
「…お茶して帰るかー」
おきちゃんの言葉に頷いてみせる。
「楽しかったねー。奏くんも楽しめた?」
「うん、中々に良かった」
「なら良かった!やー、自然いっぱいって大事だね、私なんか吹っ切れた」
入ったカフェでお茶を頼む。
充実の1日が、私を心地よい気分にしてくれた。
まだがんばれる。
「あっ、そういえば知ってる?ストローの袋をこうやって…」
ぎゅーって袋を寄せてから、ストローを抜く。
芋虫みたいな形になったそれに、水滴を垂らすと…。
むくむくーって膨らんで、伸びるのである!
「ほらほらっ、見て見てっ、すごくない?楽しくない?」
顔をあげると、奏くんと目があった。
奏くんは一瞬の間をあけた後、にっこーーぉ!っと、いわゆる営業スマイルを作った。
「わー、ほんとだー、すごーい!なにそれー?ストローがどうなるのー??」
重ねて、流れるような棒読みトーク。
お、おおう?
あれ!?
みるみる顔が熱くなる。
「ちょ、ちょとまっ…あ、あれ!?」
「うんうんー、たのしーね!どうなるの?もう一回見せて?」
笑顔は変わらず営業すまいるだ。
「だっ、だから待ってってば!いや、だって楽しくて…あれえ!?」
恥ずかしさのあまり頬を覆う。
か、からかわれている!
「ぶはっ、なんだ、どーしたんだよ理緒」
「いや、何か顔がっ…熱い熱い!なにこれ!」
にこにこしながら奏くんは楽しそうに言った。
「俺、こういうところしか見てないけど?」
「そんなことはないっ!む、むしろ、私こんなキャラじゃない…しっ」
「うん、俺もこんな理緒は見たことないからな、ははっ」
「やめて!こっち見ないでぇー」
奏くんのすまいるが、またキラッキラで眩しい。
くそう!これがただしイケメンに…とかいうあれなのか!?
「ほら!だってさ!楽しくなってほしいじゃない?…だからさ!」
「ふ、弄りの方向性を理解した」
今度はにやりと意地悪そうな笑み。
「だーかーらー!!」
おかしい。
こんな、こんなはずじゃなかったんだけど!?
会計を済ませるまで、私はそわそわと髪を触ったりほおをつねったりしていたのだった。
「それじゃあ」
新幹線の改札で2人を見送る。
私はそうだ、と続けた。
「実はさー、明後日から一週間、東京に出張なんだ!良かったら遊ぼ?」
ほー、と2人が相槌を打つ。
「場所は?」
「ビッグサイトでイベント出展」
答えると、おきちゃんはふむと腕を組んだ。
「あー、じゃあお前の実家より俺のとこが近いな。宿のお礼にこっちも宿にしてええで」
「ホント!?あ、それはいいかも!」
実家に泊まるつもりだった私はそりゃいいやと頷いて、手を振った。
「じゃあ適当に!また連絡するよ!」
「おう」
「奏くんも暇だったらご飯しよ!」
「ふあぃー」
私は2人を見送ったその足で、ふらふらと歩き出す。
あー、楽しかった…。
明日になったら、お礼を言おう。
そう思いながら。
次の日。
<昨日は奏も楽しかったみたいだな>
<ホント?ならよかった>
<あいつさ、何か楽しいことなーいかなー、が口癖なんだぜ>
<え、そなの!?全然聞いてない>
<そ。だから、ホントに楽しかったんだと思う。そんで、お前のことも、人間力が高いって褒めてた>
<ん?褒めてた?>
<あいつ、人として間違ってることとか、極端に嫌うから>
<そかー、なら良かったかな。あと、残念には見えなかったけど?>
<あー、お前許容範囲広いしなー。
それに昨日はわりとまともだったし、奏>
<ん?うん?…うん>
そんな会話をした後、そうだ、と奏くんにLINEをした。
<楽しかった、ありがと!おかげでさ、すごく笑ったよー>
<こちらこそ〜>
返事に微笑む。
<でねっ、今更だけど、お友達になってください!>
<だが断る>
な、なんですと!?
<何故なら既にお友達である>
<あ、何それかっこいい!あっ、じわじわくる、あはは!>
<かっこよく決めるつもりだったから想定外だけど、笑うのはいいことだぞー>
<うんうん!1番笑ったのは私だよー>
<だろうね>
<あははっ…それと>
私は少しだけ、深呼吸した。
これは、私への宣戦布告だったから。
<私、だめ女だったから…脱してみせようと思う>
<うん、次会う時までに脱しといてね>
ぶは、と笑う。
<それ明日だけど!?>
<まぁ、男の巡り合わせが無いだけで、充分いい女だと思うよ>
……!
目を見開く。
なんって紳士!!
<奏くん紳士すぎ!>
<よく言われる>
<それでも!受け取りなさい、それはすごいことなんだから!>
<素直に人を褒められることもすごいんだよ❤︎って褒め返してあげよう>
<ちょっ…わ、私は褒められなれてない!>
<楽しい。…まぁ俺もさ、残念って言われるし、長いこといたらそういう部分も見えるかもね>
<こら……!!
いや…うーん、私ね、結構なんでも許せちゃうから気にならないかもー。でも、そうだな、わかるくらいの時間まで、もっと遊べたらいいよね>
そうやって少しずつ。
誰かと新しく友達になること。
それはなんだか、宝石の原石を磨くような…そんな感じで。
私は思ったのだ。
これから、私の人生はきっと変わると。
関東に帰ったら…もっと変わるんだろうな、とも。
<いつ着くの?>
奏くんとおきちゃんからのグループLINE。
関東への出張当日だ。
私は20時ごろと告げた。
<お迎えにあがりましょう姫>
奏くんがさらっと返してくる。
ぶは。
飲みかけた紅茶を噴き出しそうになって、私はそわそわとLINEを返した。
<ひ、ひ、姫って何!ま、ま、町娘だけど!?>
<迎えに来てもらうと良いのです姫>
<うるさい(笑)やめなさい(笑)>
悪ノリするおきちゃんにもすかさず返す。
<小杉という駅があります姫。そこからなら〜線の〜改札です姫>
<だっ、だからー!>
てんやわんやである。
そもそも平日で、2人も仕事のはずだ。
そんな時間があるの…かな?
と、とりあえず…。
私は思い直した。
奏くんは、私に気を使っているのかも。
<宿のお礼って思ってたら気にしないんだよ?お察しの通り、おきちゃんも私も適当だから…>
奏くん個人に返す。
すぐに返事がきた。
<やりたいからやってるのでやらせてあげてください( ´▽`)>
くっ、くそぅ、紳士め!
<じゃあ…ええと、お言葉に甘えるね?あの、ありがと>
遠慮してても仕方ない。
そもそもおきちゃんちを知らないのもあった。
そして…車が待っていた。
黒い外車、フォルクスワーゲンのビートルだ。
丸っこいフォルムに張り出したタイヤ部分。
ヘッドライトも丸くて、でも品があった。
「すごい、かわいい!」
でしょでしょー、と奏くんは嬉しそうだ。
「ではお邪魔します」
「どーぞ」
乗ってみてびっくり。
サンルーフ!?
「わ、わああ!奏くん奏くんっ、これ標準装備!?」
「違うよ、オプションで着けた」
ふふっと笑う奏くんは、優雅にハンドルをきる。
「わあー!サンルーフなんてどれくらいぶりかな!?星!星見よう!?一緒に行かない!?」
「……」
しまった。
これじゃ、ぐいぐい行ってるお姉さんではないか!
私は慌てて姿勢を正す。
「おきちゃんも誘って、ぜひ連れてっていただけないでしょうかっ」
「…サトウさんは男3人で行ったことがあります」
「……?」
「ん?何?」
「サトウさん…?」
「…あれ?」
サトウさんて誰…?
「俺…佐藤奏って名前だけど」
「サトウ…かな…えっ!?
ちょ、ちょ、ちょっと待ってね?
え、じゃあ私、名前で…」
「うん」
「うああっ、
ごめんね奏くっ…うぐ、ええと!
名前だなんて知らなくて!!な、馴れ馴れしかったよね!?」
「ふふっ、や、大丈夫だよー、同期みんなそうやって呼ぶし」
「そっ、それでも私は初対面だったわけで!!やだもうー、苗字と思ってたんだけど!」
「まぁねー。よく言われるー。いいよ、今更だし奏でー」
「呼び捨てはハードル高いから…」
「じゃあ奏くんね」
「お、お願いします」
星の話は何処へやら。
私は申し訳なさに身をすくませながら、けれど、名前で呼べることが友達だって気がして、少しだけ嬉しかったのである。
「お姫」
「だからーー姫じゃありませんーー」
「じゃあお嬢」
「えええっ、おおお、お嬢って感じに見えます?」
「…姫かお嬢じゃね?女の子の呼び方なんて」
「違うから!おかしいですー、そんな風に呼びませんー!」
「で、どっちがいい?」
「お…お嬢のほうが…平民ぽい…」
「じゃあ姫ね」
「何故っ!?」
こんなふうに夜も更けた。
何故か奏くんも帰る気配は無い。
私は明日からイベント出展のため、ここを拠点に生活することになっていた。
布団は2セット。
1セットはもちろん家主のおきちゃんのもので、もう1セットは来客用らしい。
同期の友達も、何度か泊まっているそうだ。
そこで、その2組を並べ、おきちゃん、奏くん、私で寝ることになった。
何か修学旅行みたいだ。
けれど、予想以上に眠りやすくて、私はすんなりと寝付いてしまった。
そんな夜中。
ふと目を覚ます。
奏くんと、その向こうにおきちゃんが見えた。
ぼんやり見回すと、奏くんは布団をはいでいる。
…風邪ひいちゃうよなぁ。
私はぼーっと半分寝たような頭で、布団を引っ張りあげ掛け直すと、そのお腹のあたりをとん、とん、と叩いた。
ねむれ、ねむれ…
子守唄が脳内再生されている。
…気が付くと朝だった。
「ん…、…っ!?」
奏くん、近っ!
やだ、私くっついて寝ちゃったのかな!?
しまった、しまったーーー!
なんか、そう、布団をかけてあげて…あれは、あれだっ、甥っ子にしてるような感じだったのだ。
もそもそと起きて、私は昨日の算段通り1番にシャワーを借りた。
あー、びっくりした。
友達とはいえ男の子である。
困らせるに決まっている。
気付いてないといいんだけど…。
むしろ、自分の気の許しっぷりに驚く。
あーー、私何してるんだ。
でも…奏くんの隣はいい匂いで安心出来たのも本当なんだよね…。
心配なんてしなくても奏くんは普通だった。
大丈夫と思って安心した。
けれどその日の夜。
またも一緒の時間を過ごして、いろいろあって、やっぱり皆で寝ることになった。
本当に楽しくて、密度の濃い、掛け替えのない時間。
私はとても満足していた。
「腕枕してもらえよ」
「は、はあ!?」
「して差し上げましょうか姫」
「う、う、な、何を…」
「いや、だから腕枕…」
「や、私っ…してもらったことないし…」
「え!?彼氏いたんだよね!?」
「いたけど何か!?」
実際は…やってもらっても腕が痛いとかで10秒ともたなかっただけである。
「や、本気でかわいそうだわ」
おきちゃんにまで言われる始末。
奏くんは笑った。
「おいで姫」
「も、もー!していただきますよ!?
ほらっ」
ヤケクソである。
何故こうなったのかなど思い出せるわけもなかった。
……あ、やっぱりいい匂い。
そんで…あったかいや。
ふわ。
「!」
おきちゃんに見えない位置。
奏くんの手が、私の髪を撫でた。
どきどきしてしまう自分に、いやいや、と否定をする。
もぞもぞとしていると、奏くんが笑った。
「姫が良い位置を探しておられる」
「っ、ち、ちがっ…」
よしよし、と言わんばかりに。
髪をすく手は優しい。
私は最終、奏くんの腕が辛くないようにした、と思う。
その夜もやっぱり目が覚めて、布団をかけてない奏くんを見た。
腕枕はこっそり外していたんだけど。
か、かけるくらいはセーフなはず。
風邪を引かせたら大変…だし。
そーっと布団を引っ張りあげ、やっぱりとんとん、とお腹を叩いたその時だった。
ぐっ、と引き寄せられて、抱き締められていて…
「…!!…っ」
身を硬くした。
「ちょちょ、奏くん…あの…??」
囁くように声を出す。
うわああ!静まれ心臓ー!!
奏くんは何も言わない。
起きてるのかもわからない。
寝ぼけてるのかな…?
だあーーーっと変な汗が出てきた。
熱い!!
「あ、あの?……」
どっどっどっ、と痛いくらいに脈打つ心臓。
でも返事は無くて…
恐る恐る、だった。
身を預けて、私はそっと肩を撫でた。
…これじゃまるで…好きみたいだ…。
ごそごそ、と。
おきちゃんが動いたのはそのときで。
奏くんは自然な感じで私を解放した。
寝ています、と言わんばかりに。
…びっくり…した…。
その後は背中を向けられて、私は困惑した。
今の…なんだったんだろ…。
次の日。
明らかに挙動がおかしい奏くんに、私も困り果てた。
もしかして、やっぱり私が…踏み込んでしまったのだろうか。
考えれば考えるほど、奏くんのことは好きだけど…。
けれどまだ友達と割り切ろうとする自分がいる。
そもそも、京都に帰るのだ、私は。
遠距離なんてありえなくて…。
「おきちゃん…奏くんにさ、あの、ぎゅーってされたんだけど…?」
「は?」
「あ、いや、寝ぼけて?なのかも?」
「ふーん?…あいつ、すぐに誰か好きになるタイプじゃないしな…期待しないほうがいいぞ」
「えっ、いや、期待もなにも…私は京都戻るし…奏くんが気まずくなければいいって思って…」
「…うーん、朝なんかおかしかったしな」
「や、やっぱり?」
「今日1日休めって言っとく。お前もさ、ちょっと落ち着いたら?」
「あ、あぁ、うん!…と、とりあえず気にしないでって送る」
私は色々と考えて、奏くんに送った。
<嫌じゃなかったから甘えたけど、寝込み襲っちゃった気分!勘違いとかしてないから安心していいよ!私が自己嫌悪なるから言っとくね(笑)>
そしたら、返事は大分後にきた。
<寝込み襲われる女子です。寝てたとはいえ、俺もグダりすぎてたよね、失礼しました>
<私が男子ってこと!?(笑)
まぁ、奏くんが嫌じゃなければ甘えておいでー、黙ってぎゅーってしたげよう!>
そして木曜日の夜は奏くんに会わずに、金曜がやってきた。
「今日は奏来そうかな」
「どうなんだろうー?奏くんからは返事はあったけど、その後は特に何も…」
「まぁ来たかったら来るんじゃね?」
「そっか?…壁作るってどんなかな…心配だな」
「大丈夫じゃね?普通にしてれば」
「う、うん…」
考えれば考えるほど、わからなくなった。
好きなんだとは思う。
けどそれは…友達として?
恋愛として?
答えは、案外すぐに出ることになる。
その夜、奏くんはやってきた。
むしろ待ち合わせて、私と2人、おきちゃんにとコンビニへ買い出しに行くことになって。
その道中の話。
「俺の営業先にしか売ってないお菓子があってさ」
「うん?そうなの?それすごいね!」
「うん、それで京都帰るお土産にって思ったんだけど」
「うんー」
「…忘れた」
「あはっ、何それー!あははっ、ありがと〜!そう思ってくれるだけでも嬉しいな」
「……あのさ、人を好きになるってどんな気持ち?」
「へ?…あ、うーん。…そうだなぁ…ふとした時に思い出す気持ちかな」
「どゆこと?」
「綺麗な場所がありましたー、美味しいものがありましたー、そんな時に、あ、あの人にも見せたいな、一緒に食べたいなって、ふと思い出すような」
「……なるほどねー。…なんかさ、人を好きってどんなのか、もうわからないからさ、俺」
「まぁ、恋愛とかじゃなくても、仲良ければ思い出すと思うの。だからそれが恋愛の好きかは、あとは自分の感じ方とか回数次第じゃないかな?」
「うん」
「…と、私は思うな」
「うん、ありがと」
そうかー、と思った。
自分で言いながら、これが答えだと思った。
奏くんのことを、この一週間弱、たくさん考えて、思い出してきた。
こんな短時間で好きになったことがなくて、自分でも混乱してたのだ。
思い出せばきゅーってなる。
嫌われたかな?ともやもやする。
…私は奏くんを、もう戻れないほど恋愛として好きで。
でも私は京都に戻るし、すぐには関東に戻ってこれない。
困らせたくないし、何より…壁を作ってほしくない。
だからこのままでいい。
そうしてたらもっと…友達として仲良くなれるだろうと思った。
今のこの気持ちは、蓋をして、そっとしまっておこう。
そんな夜は更けて行く。
ゲームして笑って楽しくて、帰りたくなかった。
一泊したら、帰らなければ。
今日で最後だった。
「なあ、お前らぐだぐだと…めんどくさいなはっきりしろよ!」
何がそうさせたのか。
はっきり言えば覚えてない。
私達が変な距離でうだうだと甘えたり照れたりしていたんだろう。
おきちゃんが怒って、私と奏くんは顔を見合わせた。
「うだうだして俺を挟むな!どうなんだよ!」
説教をくらうこと5分。
いい加減耐えれなくなった。
「あ、あのですね」
「なんだよ」
「いたら言えないこともね!あると思うんだけど!?」
ヤケクソである。
おきちゃんは目をぱちぱちすると、飲み物買ってくる!と出て行ってしまった。
………。
沈黙は嫌いだ。
きっと奏くんも困惑している。
「あの、ええと奏くん?」
「うん」
「あのね、私はね、奏くんを好きだけど、なんていうか違うの…私京都帰るし、遠距離とか自分が無理だし、だから恋愛の好きとしては焦ってなくてですね」
思わず、そっと手を伸ばして、私は奏くんの髪を撫でていた。
「迷惑かけるつもりも無かったし、だから壁とか嫌だし…その…だから。ごめんね、ぎゅってされたことも勘違いとかしてないの、責任取るとか思ってたら……」
「……いや、正直ね。3年は待てる」
「は?…え?」
「…付き合おう?」
「……っ!」
どうしていいかわからなかった。
震える身体に、手を握りしめ、私は…。
「は、はい…」
頷くので精一杯で。
奏くんはそっと私を抱きしめてから、顔を離した。
そのすきに、柔らかい唇が私に触れる。
「ん…っ」
恥ずかしさに、俯く。
「…言ってなかった」
「う、うん?」
「好きだよ」
「っ…〜〜っわ、私も…あの…好きだよ…」
ああ、どうしよう。
そう思った。
私、京都に帰るのに。
完全に、奏くんの手の内に落っこちてしまった。
戻れない気持ちは、もう進むしかなくて。
ぎゅーってして、幸せを感じながら。
私は言った。
「ねぇ、あのね。その…こんな短時間でね、人を好きになったことなくて…だからね、軽いんじゃないからね」
「俺もだよ」
「…あの、奏くんは壁作るって聞いてたんだけど…」
「まぁね、正直作る前に踏み込まれたよね」
「ええっ、あ、あうう、ご、ごめん?」
「いや、来てくれてよかったよ?」
「っ…」
「それに最初から尻尾ぶんぶん振って走り回る犬みたいだった」
「い、犬!?」
「うん、俺の周りぐるぐるするの。好意全開で」
「そ、そんなことはっ…えぇ、うそぉ」
「だめだよ?他の人に尻尾ぶんぶん振ったら」
「…しないよ…」
「友達にもね、相談したんだ」
「え?」
「俺、仕事ではクールな奏くんだからさー、恋愛相談とか稀で」
「ん?え?クール…?」
「いや…。俺今ちょっと気を抜いてるけど、普段こんなとこ見せないよ?」
「ほえー、そうなの?意外…」
「いや、まぁ…それでね」
「うん」
「なんかね、めっちゃ可愛いんだよ、犬みたいにね、俺の周りぐるぐるしてね、って相談した」
「ちょっ、ええーっ!」
「えー、いいじゃーん!付き合っちゃいなよー!って言われた」
「そ、そう…なんだ」
「可愛かった」
「……う、うーーー」
慣れてないのだ。
甘えられることはあっても、甘やかされてこなかったのだ。
だから、だから!
顔から火が出そう。
「すごい汗」
「う、うわあぁ、だって熱い」
「可愛いね」
「だ、だからー」
「表情が豊かで、笑顔で、素直なとこが好き」
「……っっ」
撃沈である。
突っ伏していると、奏くんは笑いながら言った。
「まずはおきちゃんになんて言おうかね」
「はは…気を使わせたのは間違いないから…ね」
「おー帰ったぞー」
「酔ったお父さんみたいだ」
「うるせー!」
「まあ、あのですね…」
何か言わなきゃと思って口を開いた瞬間。
「すんませんでした!!」
シャクだけど!!
言いながら、奏くんは土下座してみせる。
「おきちゃんに頭下げるとか屈辱だけど!妹さんを下さい!」
「まぁ収まるべく収まったな」
楽しそうにおきちゃんが笑って、写メを撮った。
「しかるべき時に流してやるよ」
もうどうにでもなれ、と奏くんも笑い出す。
あはは、と笑いながら、私は密かにおきちゃんに感謝した。
そうして、私は決めた。
「年内目処に、帰ってくる」
「無理はだめだよ?」
「ううん、そろそろ関東帰ろかなとか、そんなふうには思ってたんだ。あのね、転機なんだと思うの。早くは帰ってこれないけど」
「そか」
「人として…育ててくれた会社だから、そこは責任持ちたい」
「うん。ちゃんとやっといで、言ったけど俺、3年は待てるよ?」
「私が無理だよ、ふふ」
駅まで車で送ってもらう。
彼女乗せるの初めてなんだよ、と奏くんが笑う。
…奏くん…か。
奏って…呼んでもいいの、かな。
「ねえ奏くん」
「…いつまでそう呼ぶの?」
「うっ…すごいね今まさにそれ思ってた」
「大事な彼女のことですから」
「て、照れるけどちゃんと…呼ぶ、から…ちょっと待って」
「奏くんでも嬉しいけどね〜」
「や!それは私がいやだよーあの、ちゃんと呼びたい」
「うん」
でも勇気はなくて。
結局、呼べないまま駅についた。
「…いっといで」
「…うん」
「……」
引き寄せられて、キスを落とされる。
「あ、遠距離っぽい」
「あはっ、確かに!」
笑いながら、でも寂しいような。
後ろ髪を引かれるってこういうことなのかな。
思いながら、奏くんが私が見えなくなるまで待っているのを、嬉しくて照れるような気持ちで振り返り、手を振った。
それから本当にいろいろ。
たくさんのことをして、たくさんのことを感じて。
今でも奏は私を姫と呼ぶし、かわいいと褒める。
今でも私は奏の姫に慣れないし、かわいくないと否定する。
とてもとても照れるのは変わらない。
それでも、時間を重ね、共にあった。
変化はもちろんある。
大好きの温度差、それを奏が感じるかはわからない。
でもいいんだ。
私がそばにいることを、奏が安心して感じれるなら。
そんな私と奏のうた。
ゆっくり記していけたらと思う。
交わって奏でれば、即ちこれ、理となる。
私達は一緒に生を奏で、それが私達の生きる理由の一つになる。
それでいいと思った。
コトワリヲ カナデレバ。
理緒と奏の恋愛小説です。
短編としていましたが、
アドバイスもいただき、
折角なので連載にしました。
きゅんきゅん要素大好きな方に送る、
少女漫画のような恋愛をお届けしたい…
…です。
よろしくお願いします。