7.押し寄せてくる、水。
書いていて、なんだか純子をいぢめる会のような気がしてきました。考えてみれば、ボケ神様に逢ったときから不幸の星の下にいる? そんな感じですね。でも慣れてくれば、楽しいかもしれませんよ。純子。さあ、今回の覚悟はいいですか?
さあ、ばんがれ、純子! 今日も行け!
モイルは音のする方へ走っていった。シニンは置いてあった杖を拾うと、ゆっくりと歩く。純子とサンチュも後をついていった。そしてついた先、そこは壁一面に本当にバケツが並んでいた。そのうちのいくつかが音を立てている。
「なんですか? これは」
「この家の周りには、落とし穴が用意してあってな。獲物が落っこちるとこうやって知らせてくれるようになっている」
シニンの説明。
「え……ということは、ボクたちも落とし穴にはまったかも知れないと言うこと?」
サンチュが驚きの声を上げた。
「ああ、ラッキーだったな……ではなくて、軽かったからだろう。森の動物たちに落ちてもらっても可哀想なので、重さで落ちるように考えてある。そう、重武装の衛士なら落ちるぐらいの仕掛けにしてあるのさ」
目の前で又一個、バケツが音を立てた。
「つまり、衛士たちがここへ迫っているということ!?」
純子も悲鳴を上げる。
「そういうことさ。そろそろ見えるんじゃないかな」
モイルはそう言うと、天窓のような所から外を覗いた。筒のようなものを目に当てながら。
「あ、望遠鏡」
純子の呟きをシニンが受け取った。
「望遠鏡か、いい名前だな。そっちにしよう。今までは覗き筒って呼んでいたんだがな」
モイルが純子に望遠鏡を渡してくれた。純子も覗き込む。視野には緑の森ばかり。
「異様な動きをする草を見てみな。あいつらが見えるから」
その言葉どおりだった。しばらくすると、ちらちらと動く影に男達が見える。衛士だ。見覚えのあるヘルメット。ごつい鎧まで着込んで、慎重に進んでいる。
「たくさんいるみたい。どうしよう。囲まれてるよ」
純子は望遠鏡をモイルに返しながら言った。語尾が少し震えたようだ。
「シニンを甘く見ないでよね。あたい達もあいつら、嫌いだから」
えっという顔で純子はサンチュと見合った。
「モイル、やっちまおうか」
「あいよ、あんた!」
天窓の隙間からも、飛び交っていく光と音が聞こえた。そして、派手な破裂音が続く。閃光が煌めく。
「ははは、あいつら、慌てふためいてるよ」望遠鏡をのぞき込むモイルが大声で笑った。サンチュは純子にしがみついている。音と光に仰天しているのだ。
「ただの花火じゃん」純子は至って冷静だった。
「お前、凄いな。これも知っているのか? 硫黄と木炭は簡単に手に入っても、硝石はここではなかなか――」
「あんた、そんなことはどうでもいいよ」
説明に入ろうとするシニンをモイルが止める。
「こんなの、子供だって驚かないと思うけど」
(花火なんか子供の遊び道具だから、驚くどころか楽しんじゃうかも)
『あたしゃあ、驚いちゃうねえ。ジュンコ、もしかして凄い人?』
タンヌが呆れたように言った。
「あんた。あんたよりジュンコの方が賢いの?」
「う、うるさい。そんなはずはないぞ。あれはどうだ? モイル、やれ!」
落ち着きを失った様子でシニンが指示を出した。それを受けて、モイルが何かを動かす。どこかで何か動く音。床に低い振動が伝わる。さすがに純子も何事かと天窓をのぞき込んだ。
地面が動いていた。大岩が地中から顔を出し、どんどん盛り上がる。それが何カ所かで起きている。逆に地面が下がるところも出来ていた。
その間を衛士どもがよろめき、彷徨っていた。岩にしがみつくもの、穴に落っこちるもの。だが大勢は逃げ始めているようだ。
「ほーらほら、魔物がいる土地をなめるじゃないぜ」モイルが勝利の高笑い。
「すごーい。シニン、見直しちゃった」純子の褒め言葉に黒眼鏡の下の表情がにやける。
「これ、もの凄いです。でももうそろそろ、いいんじゃないですか」
サンチュの言葉に、シニンの表情が曇った。
「これ、一度動かしたら、止まらんのだ」
岩の動く音に、更に何か加わった。流れるような音。それがだんだんと強くなってくる。
「お、お姉ちゃん、これは何?」
「いや、あたしに聞かれても。シニン、モイル、今度は何が起きるの?」
「水が来る」
シニンの言葉どおりだった。
最初は弱々しい水の流れが、どんどん速く深くなってきていた。それが衛士たちの足元を洗い、さらには押し流していく。溺れるほどの水深はないが、一度倒れると簡単には起き上がれない。重武装が仇になっているようだ。
「信じられない。これは本当にすごい!」
純子の感嘆の声に、シニンも得意顔。
「こんなすごいことできるんなら、最初から使って欲しかったですわ」
サンチュの言葉に、今後は表情を曇らせる。
「あー、いや、これはな、まだ開発途上で欠点があってな……」
「欠点?」
『うええ、なんかいやな予感がする』純子の頭の中でタンヌがぼやく。
「あんた!」モイルの大声。
「これはいったい、なんだい!?」
その大声のとおり、床の上を水が流れ出していた。
足首程度の水深だが、渦巻きながら流れ込んでくる。外の水が家の中にまで押し寄せてきているのだ。
「これが欠点。川の水を引き込んで流す仕組みになっているんだが、うまく水流を制御できんのだ。流してみてわかるというか、やってみにゃわからんというか……」
「そんなこと、どうでもええ!」
モイルが怒り狂っている。
「家の中にまで水が入ってきたら、生活でけんやないか! どうすんの!」
「うーん、それなんだがなあ……」
シニンには何か案があるようだ。全員がシニンを見つめた。純子の中のタンヌまでが興味津々の顔。
「どのみち、衛士どもがやってきたということはここは駄目だ。今は一時的に追い払う事ができても、新手がすぐにやってくる。いつまでも防げるものじゃない。ここは逃げるほうがいいと思うんだが、モイル、どうだ?」
「まあ、あんたがそう言うんなら、それでいいさ」
そう言うとモイルは奥へ消えた。それを見て、シニンは二人に向かいあう。
「さて、あんたたちはどうする? 一緒に行くか、残るか?」
「あんたたちって言ったわよね? それはあたしにサンチュも含むって解釈していいの?」
純子はシニンに聞く。その背後でサンチュは純子にしがみついている。
「お姉ちゃん……」
『やだかんね。サンチュを置いていくんなら、あたしも残るから』
(ってあんただけ残るのは無理なんだけどな。わかったから黙ってて)純子はタンヌに言い聞かせる。
だが、純子達の心配をよそに、シニンはあっさりと頷いた。
「ああ、置いていくのは無理だろう。だがこれからも危ないぞ。覚悟だけはしておいてくれよ」
この三連休でストック作るつもりが全然進みませんでした。自転車操業です。必死こいて書き進めます。下書きはあるので、詰まることはありませんが、やっぱり実際に書いているといろいろおきます。たとえば、予定より既に一話増えています。この先、大丈夫かな?