6.真実の、タンヌ。
この辺のアイデアはBRAIN WASHING。日本語だと洗脳。強い電気ショックを与えて記憶をなくしたり、その上で新しい記憶を植えつけたりしようとしたそうな。これは実話。
マッドサイエンティストが哀れな犠牲者を……みたいな感じ。笑える中で怖いな、考えなきゃと思えるようだといいんですが。
さあ、今回も頑張れ、純子。
サンチュの呼びかけにも純子は答えなかった。ただ脂汗を流して唸るだけ。
「お姉ちゃん、もうダメかも。……シニンさん、やってみてください」
「ああ、全力を尽くすよ」
シニンの合図でモイルが何か動かした。苛立つような雑音と共に動き始める機械。よく見れば、モイルがハンドルのような物を廻しているのだが。
だが、音が高まるにつれて、薄暗がりの中を火花が飛ぶようになる。そしてその道具の近くにいたサンチュの髪の毛もフワフワと浮き始めた。
「もう少し、離れて。でないと、巻き添えになるから」
「うわあ、お姉ちゃん。ごめんね、ごめんね!」
もう泣き出しているサンチュ。
「よし、もうそろそろかな。モイル、いくぞ」
「ほい、あんた」
そのかけ声と共に、闇の中で強烈な音と火花が散った。そして純子の哀れな絶叫が闇に消えた。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん!」
悲鳴と共に、サンチュが駆け寄る。ベッドで半身を起こしている純子にしがみつく。
「大丈夫? お姉ちゃん、返事して!」
だがうつろな目をしている純子の頭の中ではもう一つの声がし始めていた。
『あふ、あー、よく寝た』
(あ、あんた、誰よ?)純子が呼びかける。
『あたし? あたし、タンヌだよー!』
純子の頭の中、ミニサイズの少女の像が浮かび上がった。長い赤みがかかった金髪、青い瞳。そして服からこぼれそうなデカ乳。
(この身体の持ち主だわ)純子の考えどおりのようだった。
『あれ? あたしの身体、動かない……あんたが邪魔してんの? あんた、誰よ』
「あ、あたし、純子」純子が呟く。
「お姉ちゃん、気がついた? ジュンコでもいいから、目を覚まして!」
サンチュの叫びは純子の耳に入らない。
『ジュンコ? 誰よ、それ。あたしの身体、返してよ。あたしから出てってよね』
タンヌは頬を膨らませて不満顔。
「出て行けるものなら出て行きたいわよ。入りたくて入ったワケじゃないわ」
ジュンコは口に出して言い放った。
「いや、お前らが壁をぶち破って入ってきたんだろ」
「そうよ。お姉ちゃんが入るって決めたのよ」
モイラとサンチュが割り込んできても会話にならない。
『腹立つわねー。あたしの身体なのにあたしの思いどおりにならないっていうのが一番むかつくわ。口を返しなさいよ。おしゃべりさせなさい!』
「べらべらしゃべってんじゃないわよ! 頭の中が破裂しちゃうわよ!」
「お姉ちゃん!……こんなこと、言う人じゃないのに。やっぱりジュンコなのかしら」
「お前のこと、心配してんだぞ。おい、ほんとに気が違ったのか」
純子の視線は二人には合っていない。
『どうしても返さないっていうんなら、実力行使するわよ!』
「やれるもんなら、やってみやがれ!」
「なにをっ!」
激高して純子に掴みかかろうとするモイラをサンチュが押さえる。その間に純子は奇妙な動作を開始した。左手が純子の顔に掴みかかり、それを右手が押さえつける。表情にも統一性がなく、左目はくるくる回る。
そのあまりの異様さにモイラとサンチュは呆然と見守る。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん! ああ、もういっそのこと、この手で殺してあげようかしら」
「やるんなら喉頸だ。頸動脈を掻き切るのがそんなに苦しまなくていいぞ。耳から錐をつっこむという手もある。毒ならなんでも用意できるぞ。何がいい?」
モイラが真剣な顔でサンチュに問い掛ける。
「真面目に殺すな」
いつの間にか、正気に戻った純子が呟いた。
「で、頭痛は消えた代わりに、お前さんの頭の中には、そのタンヌがいるわけだ」
シニンの言葉に純子は頷く。
「相変わらず、しゃべってる。小声にはしてもらったけど。それと身体の動作はあたしが優先することで同意してくれた。渋々だったけど、二人が違うことを命じると身体の方が混乱して収拾つかなくなることはわかってくれたみたい」
「うーん、あの電気の影響で目を覚ましたってことなのか。いや、もともと潜んでいた人格が顕在化したという見方もあるな。おもしろい。時間さえあれば、お前さんをもっと研究すればいろいろわかりそうだ。これだけ二つの人格がいて別々に行動を起こすというのは……」
シニンがぶつぶつ呟き始めた。
「あんた、いい研究材料を得たって顔してるよ」
「何を言うか。貴重な資料なんだ。もう少し電気の量を増やしてみるとか――」
「勘弁してくれ。次はない。今度こそ死んじまう。タンヌもいやだって言ってる」
純子がベッドから降りながら言った。その動きをサンチュが助けている。と、純子は例の電気の装置に気がついた。
(学校で見たことあるような)しげしげ見つめる。
付いている電線は所々糸がほつれている。その中は……紙? ところどころ焦げている。
(うわ、これ、絶縁不良で燃えたってこと? あぶねー。あたし、よく生きてるな)
己の強運に純子は少し感謝した。
「ゴムとかプラスティックで被覆したら? その方が危なくないよ」
「プラ……なんじゃ、それは。ゴムは貴重だし、熱に弱い。もっと燃えるぞ」
シニンの返事に純子は詰まった。もともとそんなに科学には強くない。反論なんて無理。
『あたしも勉強なんて、全然だめだからー』
頭の中でタンヌが言った。
「じゃが、お前さん、ジュンコの方だが、どうも普通の人ではなさそうだ。中途半端だが妙な知識も持っているようだし。うん。もっと研究したい。なんならずっとここにいろ。食い扶持ぐらい面倒みてもいい」
シニンの言葉に純子は驚いた。
「モルモット……ってことですか?」
「まあ、言葉は良くないが、そうだな。だがもうちょっとは丁寧に扱うぞ。貴重種並には」
「あんまり、うれしくないなあ」
『食べていけて、この状態から解放されるんだったら、タンヌは賛成ー』
(のんきなタンヌ)純子はため息をついた。
「あ、あの……、ボクはどうなるんですか?」
サンチュがおそるおそる伺いを立てた。
「あんたは別に研究対象じゃないし、いらないじゃん」モイルの言葉にサンチュの目には涙。
「うーん、自分の食い扶持は自分で稼ぐって言うんなら、ここにいてもいいがなあ」
「酷いです。お姉ちゃん、なんか言ってよ」
サンチュは純子に抱きついた。
「さっき、あたしのこと、殺す相談してなかったっけ?」
「あ、あれはその場の勢いってことです。冗談なの。ほんとよ。お姉ちゃん、そんな目で見ないで!」
そんなちょっとしたバカ騒ぎも、無粋な邪魔が唐突に入った。どこかで誰かがバケツを叩くような、そんな音が響いてくる。それを聞いたシニンとモイラの表情に、緊張の色が走った。
原始的ですが、近接警報装置にアラームがなっているようです。お客様の登場でしょうか。って招かれざる客のようですけどね。
では。