58.純子の、決意。
いよいよ最終話。じゃなくて、残すところエピローグのみ。
なので、ちょっと長いかも。お許しを。
で、純子。頑張れ。お前だけが頼りだぞ。
「だけど、タンヌ。最後の確認をしないとね。
聖痕を持っているかどうか、確認させて欲しいの」
「セイコン?」
『前にもヘカちゃん、そんなこと訊いたわよね』
(うーん。精根尽き果てたとか言ってたような気がする)
『そんなボケかましてると、ヘカちゃん怒るわよ』
(ってセイコンがなんなのか、全然わかんないわよ)
純子の戸惑いに、ヘカテミスは諦め顔。
「いい? タンヌ。聖痕っていうのは神様が体に残した跡のこと。要するに傷のことなんだけど、タンヌはこっちにきてからの怪我は……。たくさんありそうね」
「あーるある」
純子は自慢げに答えた。
「まずこの右目」と眼帯に覆われた右目を指差す。
「こっち来て、いきなりクリティアにやられた。それから左手の小指は追捕師に踏まれた」
おお、そんなこともあったという顔のヘリシェファ。
「他にあったかなあ……。神様は聖痕はなんだって言ってたの?」
「三つだって。それだけ聞き出すだけでも手間食ったのよ。あのモウロク爺。自分ひとりじゃ何もできないから、あたしがときどき空へ帰っていろいろ世話してあげてるんだけど、そのくせ口ばっかり達者で。
あたしがなかなか見つかりませんて報告すると、サボってるだの、遊んでるだの、もっとまじめにやれ、一生懸命に探せば見つかるとかってわめき散らすの。
手がかりだけでも教えてくださいってお願いしても、全然教えてくれないのよ。しょうがないから、ご飯作ってあげませんからって脅かしたら、やっと、三つの聖痕があるからそれを探せって、教えてくれたの」
ヘカテミスは一気にまくし立てた。
『うー、ヘカちゃんというか、天使はよっぽど腹に据えかねていたみたいね』
(あの神様ならそれはわかるけど――いや、問題はもう一つ傷があるってことよね)
『それがないと、純子はニセモノ?』
(やめてよ、そんなの)
必死に考えて、やっと純子は口の中に指を入れた。
「あった。ヘカちゃん。衛士に殴られて、歯が折れてた」
「目。手。歯。三つそろいましたね。おめでとうございますー」
ヘカテミスは拍手。
「じゃ、これで大手を振って、怪物退治に行けますね」
「ちょ、ちょっと待って!」
純子は青ざめた。
「行くの? あそこへ。あの怪物たちのところへ戻るわけ?」
血相を変えて食いつく純子に、ヘカテミスの方が驚いた顔。
「あれー? 私、さっきからそう言ってませんでした? 不調の女神を切り替えなきゃいけない。その間、怪物から逃げてないといけない。そのために神様が女の子を呼び出したって」
『うん。言ってた』
「タンヌは黙ってて! 無理! 絶対無理だから。さっきだって捕まりかけたのよ。捕まっちゃったら女神をどうこうできないじゃない。そんなのあたしには無理。駄目だから」
「駄目なんですかあ?」
ヘカテミスは心底絶望したような声を上げた。
「そりゃあたしだって、タンヌ――ジュンコの方ですか。できそうな娘には見えませんでしたよ。でも、神様が選んだ人なんですから、きっとできるし、やってくれるもんだって信じていたんですけど。
えー、やってくれないんですかあ?」
「言ったでしょう。無理だから。命がいくつあっても足りません」
「ちぇ。時間が無駄になっちゃったなあ」
「悪いけど、神様のところへ戻って、今度はちゃんとできる人を選んでくださいって言ってきて」
ヘカテミスは口をとんがらせた。
「そんなこと言ったって、全然聞いてくれませんよ。仕方ない。この世界は諦めるとしますか」
「そうそう。諦めて――今、なんて言ったの? あたしを諦めるんじゃないの?」
「この世界を諦めるって言ったんですけど」
「何で、この世界になっちゃうのよ!?」
ヘカテミス、いや天使の説明は澱みなく出てきた。
「この神殿の奥深くには力の根源があります。その力で、この明かりやあの異様な熱ができるんです。その力を動かし、操っているのが女神の力。その女神が不調になれば、その力は思わぬ方向に出てしまいます。あの地震のように」
「あの地震は女神様が起こしたっていうんですか?」
サンチュが口を挟んだ。ヘカテミスは頷く。
「このままにしておけば、女神はまたあのような地震を起こすかもしれないんです。あるいはあの蒸気を街の近くに噴出させる、そんなことをするかもしれません。いえ、もっと悪いことを考えれば、この神殿、この山、街ごと全部吹き飛ばすぐらいの力があるんです」
ヘカテミスは青ざめたままの純子を見つめた。
「その惨事を防ぐ事ができるのは、あたしと客人の純子が協力しなくてはならないんです。どうしますか。それでもやらないんですか?」
「ちょ、ちょっと待ってよ。少しは考えさせてよ」
純子はへたへたっと床に座り込んだ。両手で顔を覆う。
(できるのかな。どうしてあたしなんだろ。あたしに、この世界を救うなんてこと、できっこないのに)
『うーん、バカなあたしでもひとつのことは言える。ジュンコ、あんたはできる!』
タンヌが言い切った。
(なんでよ、タンヌ。どうしてそんな無責任なこと言うのよ)
『無責任は得意技だけどね。そうじゃなくて、ジュンコは神様に選ばれて来たんでしょ? ならできるはずよ』
あっけらかんとした、単純明快な論理だった。純子があっけにとられるほど。
「タンヌ! あたいも行くぜ」
モイルの声がした。純子が顔を上げる。
「あたいはシニンを助けなきゃいけないしな。それにこの世界を救う事ができたら、シニンも喜ぶぜ。
それにお前はあたしの手にかかって死ぬんだから、あんな怪物なんかに殺らせはしないぞ」
「ボクも行くわ」
サンチュも言った。
「お兄様だけには行かせませぬ。女王としてこの世界を護るのは私の務め。当然行きますとも」
女王を護るために追捕師もついていくと言う。ならばとウレアハルさえ同行を願い出る。オロオロしているのはデハウだけだ。
『ジュンコ。どうするのよ。収拾つかないわよ』
(タンヌはいいの?)
『いいも何もないじゃん。ジュンコの行くところ、タンヌは付いていくしかないんだし。
でもね、ジュンコ。事が終わったら、神様にお願いしてジュンコの世界、見てみたなー。もしかして、おいしいものとか綺麗な服とかいっぱいない? 食べてみたい。見てみたいー!』
思わず純子は噴き出した。笑い転げる純子を見て、みんな目を丸くしている。
「ああ、もう。タンヌったら。いいわ。お願いしてみる。そしてその時はあたしの貯金でご馳走ね。
スカイツリーでもTDLでも、マグドナルドでもワンウェイでもどこでもいいわよ」
そして、純子は周りを見回した。
「みんなの気持ちはわかったわ。でもみんなは駄目。
イアフメス女王様。そしてサンチュ。二人はこの国の未来に必要な人。だから連れてはいけません。すぐに街に下りて、みんなに警戒を与えてくださいな。万が一のために。
追捕師とウレアハルも一緒についていって下さい。母さんも連れて行ってね。できる限りの事はしてみるけど、力及ばずってこともあるかもしれないから。そのためにできるだけ避難をしててください」
純子は抗議の声をさえぎると、モイルに言う。
「モイル。あの怪物に対して、なにか武器とかない? シニンの変な発明品とか」
「変なは余分だけど、あるぜ。半日くれ。蒸気自動車で取ってくる」
「お願いね」
モイルは大急ぎで立ち去った。
「お姉ちゃん」
サンチュが抱きつく。純子も抱きしめた。
「一緒に帰りたかったけど、ごめんね。でも、あたし、この世界を、あんた達を護りたい」
「うん。わかってる。お姉ちゃん。でも、帰ってきてね。絶対だよ」
そして最後になるかもしれない柔らかな口づけを交わした。やがてそれぞれが立ち去り、純子とヘカテミスだけが残る。
「さあ、ヘカちゃん。モイルが戻ってきたら、ぶちかましてやろうかね」
「お前がいれば、なんでもできるような気がしてくるな。やるしかないし、やらなきゃならないからな!」
二人は軽く手のひらを合わせた。
さ、後はエピローグでおしまいです。
お付き合い、有難うございました。




