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54.女王の、翻意。

 もう少し、後もう少しだよ。

苦しかった旅ももう少しの頑張りだからね。

純子、後もうちょっと頑張ろうね。

「それにクリティアも騙されたというわけだ」

 シニンが面白そうに言った。

「いや。兄というから男ばかり捜していたのは事実だ。それにそのサンチュ。男としては美形だ。その容貌にもすっかり騙された」

 クリティアは悔しそうに言った。

「男だとわかっていれば、もう少し接し方を変えたのに。いい恋人になれたかも知れん」

(は? 恋……)

「ええ、クリティアって、もしかしてそういう趣味?」

 思わず純子は叫んだ。クリティアは冷たい瞳で純子を見つめる。

「我が愛人、セランを殺したお前をなんとしても死刑にしたかったのだがな」

『う、うそぉ……。でもまあ、そういうこともありかな?』

(ありなんかよ。うわあ、この世界、何でもありかよ! って、あたしの世界でも似たようなものだけど)

 混乱する純子の思考を凍らせたのは、女王の声だった。


「では、そのサンチュが兄者ということなのだな。そのサンチュを殺さねばならぬのだな」

 純子はイアフメスを見つめた。女王はサンチュを見つめている。

「ちょ、ちょっと待ってよ。どうしてそうなるのよ?」

「女神の御宣託は、我らが生まれた時の女神のお告げはまだ取り消されておらぬのじゃ」

(え、えっと、えっと、なんだっけ? それ)

『イアフメスの父ちゃんが伺いを立てたって話よ。双子の兄を殺せと出たってやつ!』


(そうだった)

 純子はやっと思い出した。王宮で貫主から聞いた話だ。

(それがあったからサンチュは殺されかかったんだ。でもイアフメスはまだ殺すつもりなんだ!)

 理解するや否や、純子は女王の前に飛び出した。

「そんなの、駄目よ! せっかくいままで生きてきたのに、どうして殺そうなんて言うの!?」

「わかったのじゃ。なぜ不穏な噂が消えぬのか。民の心は落ち着かぬのか。それは女神のお告げどおりということなのじゃ。兄者が生きておる以上、不安が消えることはない。殺さねばならぬ。国が落ち着き、民が安心するためには女神の御宣託どおりにするしかない。兄者には死んでいただくしかないのじゃ!」

「し、しかし、女王様。お慈悲を頂くわけには――」

「うるさい! 追捕師、この女を押さえつけろ!」

 女王の命令どおりに、ヘリシェファが純子を羽交い絞めにした。

「へ、ヘリシェファ? なにするの」

「すまない。巨乳ちゃん。でもこれも仕事じゃから」

(こんな時に、急に仕事熱心にならないでよ!)

 しかし、純子がどう足掻いても、追捕師の腕から逃れる事ができない。

『どうしよう、ジュンコ。イアフメスは殺すつもりだよ。何とかして止めさせないとサンチュが殺されちゃう』

(わかってるわよ。でも、でも手段が無いよ)

 その間にもイアフメスは剣を抜いた。

「我が兄者よ。せめてもの慈悲に我が手によって葬ろうぞ」

 そう言うと、女王はサンチュの前に進み出た。その動きを誰も止めよとしない。

「シニン! モイル! えーい、クリティアでもいい。誰でもいいから女王を止めてよ!」

 純子の叫びに誰も反応しない。いや、見守っているというべきか。

「サンチュ、逃げて、サンチュ! 母さんと一緒に逃げてよ!」

「ううん。お姉ちゃん。ボク、逃げないわ」

 サンチュはそう言うと純子に微笑んだ。純子は固まった。


(今、なんて……。サンチュは今、なんて言った?)

『ボクは逃げないって』

 純子は悲鳴を上げた。

「なぜよ! サンチュ、逃げなさい。お姉ちゃんの言うとおりにしてよ!」

「ううん。ゴメンね。お姉ちゃん」

 サンチュはそう言うと、デハウの前に進み出た。そして膝を折る。

「女王様」

 サンチュの呼びかけにイアフメスの足は止まった。

「ボクを殺せというのが女神様の御宣託であるなら、ボクは喜んで死を受け入れます。ですから、母さんとお姉ちゃんは助けてください。この後、二人で墓守の家で暮らせるように取り計らってください。お願いします」

「……なぜじゃ。なぜ生きようとせぬ。逃げようとせぬ。なぜ、簡単に死を受け入れる?」

「ボク一人が死んでみなが幸せになるのなら、それでいいのかなって。母さんやお姉ちゃんがいなかったら、ボクはとうの昔に死んでいたはずなんです。それがみんなのおかげで今まで生きてこられたのです。それだけで十分幸せです。そして最後にみんなのために死ねるなんて、本当に幸せだと思います。女王様、ひと思いにやってください」

「せめてもの情け。苦しまぬようにしようぞ……」

 イアフメスはサンチュの前に立った。サンチュは頭を垂れて、その瞬間を待っている。

「駄目よ、サンチュ。そんなの、駄目だよー!」

 純子は叫ぶと、眼を閉じた。


 だがいつまで経ってもサンチュの、悶絶の悲鳴も絶命の吐息も聞こえてはこなかった。

純子は恐る恐る眼を開いて様子を見る。

 サンチュの前で女王は剣を構えたまま止まっていた。

その剣は大きく震え、そしてその瞳からは大粒の涙が零れ落ちている。

「兄者よ。ああ、愛しき兄者よ!」

 イアフメスは剣を落とした。床にあたる音を聞いて、サンチュは顔を上げる。

その首根っこに女王はしがみついた。

「ああ、兄者よ。我がいかに兄者のことを想っておったのか、百万言を尽くしても言い尽くせぬ。

 母様が無くなり、父様が逝去してからというもの、我は孤独であった。心を許せる者が誰もおらぬじゃ。女王と言うものになってからは、共に遊ぶ仲間も、弱音を吐く相手も、愚痴をこぼす友もどこにもおらぬ。いつも思っておったのじゃ。兄者がいてくれたら、そばにいれくれれば、どんなに心が楽であろうかと。

 兄者を探して追ったのは、不穏な噂を追い払うためではあった。が、もし本当に生きておるのであれば、草の根掻き分けてでも探し出し、そばにいて欲しいと懇願するためじゃ。

 兄者、兄者。頼む。どうかそばにいてくれ。我のそばで共に国を見守ろうではないか。いや、なんなら女王の座を譲っても良い。その時は我がそばにおろう。相談相手になろう。

 兄者よ。愛しの兄者よ。よくぞ生きておられた。その兄者をどうして殺すことなどできようか」

 サンチュの両手もイアフメスの身体に回された。

「……女王様」

 サンチュの目からも涙が零れ落ちていた。純子ももらい泣き。頭の中ではタンヌが大泣きしていた。

「で、でも女王様。女神様の御宣託は如何なさるのですか?」

「あんなもの、くそ喰らえじゃ!」

『女王様、表現がお下品』

 タンヌの泣きながらの突っ込み。

「幾たびか御宣託は頂いたものの、あまり当たらぬ。中には酔っ払いの戯言かと思えるものさえあった。罰が当たるというのなら、当たればよいわ。兄者の方がよほど大切じゃ」

(い、いや。それはそのとおりなんだけど、神官の前でそれを言っちゃあお終いよ)

 純子が心配したとおりに、今まで黙っていたヘカテミスが前へ進み出た。

「御宣託が外れたのは申し訳ないというしかないのだが、女神に対する暴言は看過できぬな。いや、これから神殿の最奥へ行くということは、女神の元へ参じること。そこでどのような罰が下されるかは、女神のみがご存知のことなのだが」

 ヘカテミスの言葉に純子は考え込んだ。

(女神って……実在するわけなの?)


 うう、またハングアップしちまったい。

途中セーブを繰り返していたから被害は少なかったけど。

でもこういうのがあるとやだね。


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