53.デハウの、事情。
ああ、今回はデハウさんの独壇場だぞ。
純子。今回は許してやってくれ。
次の出番に備えて、力をためておくんだ。
そういう理由で出番は少ないが、とりあえず、頑張れ、純子。
静まり返った部屋の中で、サンチュのすすり泣きだけが響いていた。
見かねたモイルが、サンチュの破れた服で作った即席の胸当てを結んでやる。
「有難うございます……」
『どこまでもサンチュは礼儀正しいよねえ。あたしの躾のなせる業だよね』
(生まれがいいからなんじゃないの。でもそんな人とあたし、キスしてたんだ……)
純子がまだそのことを気にしている間に、デハウが話し始めていた。
「私の知っている限りのことをお話しいたします。
あれはタンヌがまだ小さな頃。ある雨の夜のことでした。そんな雨の夜は訪ねてくるお客もめったにおりません。そこで早々にタンヌと二人、休んでおりました。そして、深夜のこと。突然の訪問者がやってまいりました」
『夜のお客ってアッチの話だからね。あたしもたまにあったから』
(いちいち解説しなくていいから)
純子はデハウの話に集中した。
「戸口の外におりましたのは衛士でした。その衛士は驚くほどのお金を私に押し付けたのです。そして直ちに墓穴を掘れと言われました。
夜中のことでございます。私は小さな娘もいるし、今夜は雨なので、明日の朝ではどうか、と申したところ、王宮の命である、今すぐに掘れとの返事でございました。私は仕方なく着替えると明かりと穴掘りの道具を持って表に出ました。
衛士はおかしなことに普通のお墓とは離れた、ただの荒地に掘るように言われました。そしてそこに馬車から降ろした小さなお棺を置いたのです。立派なお棺でした。それまで見たこともないぐらいに。これはきっと王宮の誰か偉い人が亡くなったのだと思いました。でも、そんな偉い人で小さなお棺というのは腑に落ちないと感じたのです」
「その中に、兄者が入れられておったのだな」
イアフメスの言葉にデハウは頷くと言葉を続けた。
「雨は小雨でしたが、止むこともなく、たちまち穴はどろどろになり何度も転んだ覚えがあります。衛士はお棺を下ろすと馬車の中から私を見張っておりました。
そしてどのくらい経ったでしょうか。言いつけどおり、背丈を越すような穴を掘り終えて、這い出したときでございます。赤ん坊の泣き声が聞こえたのです」
誰一人、口をきくものはいなかった。みんながデハウの話に聞き入っている。
「最初は空耳と思ったのです。真夜中の墓地では不思議な事が起きるものです。真っ暗の中での赤ん坊の泣き声はきっとそれに違いないと。しかし、何度も耳にするうちに、その泣き声がそばにあるお棺の中からすることに気がついたのです。
私はぞっとしました。赤ん坊の幽霊が泣いているのではと思ったのです。しかし、耳を近づければ確かにお棺の中からです。これはもしや生き返りでもしたのか――そう思った私は、お棺を開けてしまったのです」
「明かりの中に照らし出されたのは、高級そうな衣装に身を包んだ元気そうな赤ん坊だったのです。そんな、死んだなんてことはありません。病気や怪我といった様子も一切見られませんでした。どうしてこんな子がお棺に入れられているのか、まったくわからなかったのです。
そして次の瞬間、自分が恐ろしいことをしようとしていたことに気がついたのです。もし、赤ん坊が泣かなかったら、私はこの子を生きたまま自分の掘った穴に入れていたであろうと」
その気持ちを思い出したのか、デハウの声は震えた。
「そしてその子を助けたんだね」
シニンの言葉にデハウは頷く。
「はい。私を見て、その子は泣き止むと笑ったのです。自分を殺そうとした私に笑いかけてくる、その笑顔を見た瞬間、殺すことはできないと決心しました。何とかして、助けたい。生かしたいと思ったのです。しかし、邪魔者が馬車の中にいます。あの衛士をどうやって騙すか、考えながら馬車に近づき、中を覗き込みました。衛士はすっかり寝入っていました。
そこで私は墓堀の道具の一つを手に取りました。固い岩が出てきたときに、突き崩すためのとがった棒がございます。私はそれを手に取りました。そしていきなり馬車の中に入ると、衛士をそれで突き刺したのでございます」
『か、母さんは殺し……』
タンヌは絶句していた。サンチュも目を丸くして、デハウを見つめている。
そんな娘の視線に気がついたのか、デハウはうつむきながら続けた。
「あまりに突然の出来事、衛士は何の抵抗もしませんでした。ただ、驚きの眼差しを向けただけでした。着込んでいた鎧が邪魔で私は何度も何度も突き刺しました。馬車の中は真っ赤になったのです。やがて衛士は動かなくなりました。
自分のやっている事が恐ろしいとは思いました。がそれ以上に、誰にもわからないようにしなければ
いけないという思いが強かったのです」
「それは……どうして?」
純子の問いにデハウは首を振った。
「わからない。タンヌ。どうしてそう思ったのかわからない。衛士を殺したことよりも、赤ん坊を生かしてしまったことできっと何かとんでもない事になると思ってた」
デハウは顔を上げて、シニンを見つめる。
「言ってしまえば女の勘ということでしょう。とにかく、衛士が墓地にきたことも赤ん坊が生きていることもなにもかも無かったことにしなければいけないと思いました。
幸い、馬車の中の血は外には出ていませんでした。私は道具とお棺、もちろん赤ん坊が入ったままです。それを馬車に詰め込んで家に戻りました。そして赤ん坊を取り出すと、身から全て剥ぎ取って、あり合せの布に包み込んで、タンヌの横に寝かしつけたのです。
そして馬車でお棺と衛士の死体を川べりの崖の上まで運ぶと、馬車ごと突き落としたました。このまま何もかも流れてしまえばいい。万が一、衛士の死体が見つかったとしても、事故で馬車と共に川へ落ちたと思われるように。歩いて家に帰った頃にはもう夜も明け始めておりました。
この件はおかしなことばかりでした。そして私は一切の証拠を消さなくてはならないと思いつめていました。そうでなければ、どこかに間違いがあってそれが見つかりでもすれば、きっと私の命は無い。タンヌも、そしてせっかく助けた赤ん坊も殺されると思っていたのです」
「その推測は、たぶん間違いないな」
今まで黙って聞いていたクリティアが口を開いた。
全員の目がクリティアを見た。
「オレが衛士に命じるとすれば、こうだ。
赤ん坊を殺せ。もし、殺せないのなら墓守の女に殺させろ。生き埋めでもいい。だがまだ生きているうちに掘り返されたりでもしたらまずい。それに高級なお棺や内装物に目がくらんで墓荒らしを企むやも知れぬ。この件を知っているものはできるだけ少ないほうが良い。事が終わったら、墓守の女もその家族も一切消せ、とな」
クリティアの言葉を聞いて、デハウは青ざめていた。そして純子の頭の中のタンヌも同様。
『じゃ、じゃあ、何よ。母さんがその、殺し……とんでもないことをしていなかったら、あたしも母さんもその衛士に殺されてたってこと?!』
(そうだねえ、タンヌ。よーくお母さんに感謝するんだねえ)
『するわよ。もう二度と母さんのお客さんを取ったりしないわよ』
あ、あんたは……と言いかけた純子は、話が再開したことで口をつぐんだ。
「デハウさんは結局、一人を殺したことで、自分とタンヌと赤ん坊を助けたわけだ」
シニンの発言にデハウは首を振った。
「それでも、それでも殺したことは確かでございます。あの衛士の、私をにらむ瞳は忘れようにも忘れられません。
しかし、なにもかも、そう血のついた服や赤ん坊の衣装は一切燃やしてしまいました。値の張りそうな物もお棺にはありましたが、それにも手はつけませんでした。ここで欲を出しては、全てが間違う、そう思いました。
そしてもう一つ、赤ん坊は男の子だったのですが、女の子として育てることにしたのです」
「それはまたどういう理由じゃ?」
女王の問いにデハウはうっすらと笑みを浮かべた。
「女の子であれば、きっとくるであろう捜索の目を誤魔化す事ができると思いました。そして何より、サンチュと名づけたその子に着せる服はタンヌのお古、女の子の物しかなかったのです」
『ああ、うちは何より貧乏なのよね……』
タンヌは大きなため息をついた。
読みにくかったかもしれません。告白話ですから。
でも、これでデハウ側からの事実がわかりましたでしょうか。
貴種流離譚。
これが書きたかったというのが、このお話への本音。
では。




