51.力と知識の、根源。
さて、なんだか話がすごくなってきたような?
もしかして、現代文明の風刺か? いやいや、そんな高尚なことは、きっと純子は考えてませんよ。
でも、今日も頑張れよ、純子。応援してるぞ。
「我はそのような交渉など何もしておらぬ。貴様が勝手にした交渉などには左右されぬわ」
ヘカテミスがそう言い放った。ようやく追捕師やウレアハル、イアフメスがやってくる。
部屋の中にクリティアがいることに気がつくと、ヘリシェファは腰の剣を抜いた。
「お姉ちゃん!」
純子にしがみついてくるのはサンチュ。しばらくしてふうふう言いながらデハウも戸口に立った。
「申し訳ない、神官殿。クリティアの言うところの交渉相手は私でな。神官殿が何もご存じないのは当然のことなのだよ」
シニンはそう言うと、
「ここは戦いの場にはしないつもりだ。だから剣は収めてくれ」
「シニンの言う事が聞こえないのかい。聞けないんだったら、あたいが相手になるよ」
モイルの声にヘリシェファは剣を収めた。しかし、いつでも抜けるような姿勢は保ったまま。
モイルもシニンの近くで、警戒を解く様子は無い。
その二人に比べて、シニンはまるで普段どおりのように話し始めた。
「いきなりクリティアがこの部屋に来たときは、私も驚いたよ。もちろん、眼の見えない私には誰かが来たということしかわからなかったがね。モイルが、セランの敵と叫んだときにようやく気がついた有様さ」
モイルの表情は固いまま。その視線はクリティアを睨みつけている。
「今でもあたいはこいつを殺したくて仕方ないんだけどね」
「まあ、待て。モイル。こんな奴でも使えることもあるかもしれん」
「ふん。注意してないと、逆にやられちまうかもよ。シニン」
「その時はそのときだな。さて、話を元に戻そう。
この部屋に入ってきたクリティアはこう持ちかけてきたのだよ。お互いの情報を交換しよう、あの大揺れのこともこの神殿のことも話し合おうではないかと。私は賛成した。知りたいことばかりだったからな」
「こんなのの言うことを信じたの? シニン」
純子の問いかけにシニンは頷いた。
「ああ。もちろん全て信じたわけじゃない。が私の持っている話をつき合わせてみて、一致したことは事実とみなしたよ。全てウソってわけじゃなかったな」
「こんなのとは失礼だな。タンヌ」
ニヤニヤ笑いのクリティアから名前を呼ばれて、純子は身震いした。
「そして私はいくつかの結論を得た。推定もあるがね。でも正しいかどうかはこれから判断すればよい。とにかく、私は知識が欲しい。知りたいんだ、なにもかも」
『シニンって知識欲の塊なんだー』
タンヌの声には驚嘆の念があった。
(どんな欲でもほどほどがいいんだよ)純子は答えた。
「そして二人の間で一致した意見は、神殿の地下に入っていきたいということだ」
クリティアの言葉にヘカテミスの表情が凍った。
『神殿の地下? ……そこってなんかおいしい物でもあるの?』
(知らないけどさあ、あいつが言うことなんてろくなこと無いよ、きっと)
そう思う純子の横で、ヘカテミスが言う。
「ならぬ。何人たりともはいってはならぬ場所。禁断の場所であるぞ」
「ああ、きっとそう言うと思ってた。ここで見た資料にもそう書いてあった。人の入れぬ場所であるとな」
「知っておるのなら、なぜ入りたがる!?」
ヘカテミスの叫びに、シニンは落ち着いて答える。
「あの暑さ。もうこれで死ぬのかと思ったよ。無念だった。まだろくに知識を得てもいないのにと」
その気持ちは純子にもわかった。確かに死を覚悟した瞬間もあったのだから。
「だがそこから帰ってくると、いっそう知識が欲しくなった。そして、あの熱はどこからきたのだろうと考えたのだよ。地上からここまでの間にそんな熱源はない。そして下の階ほど暑かったことから、あの熱源はさらに地下奥深くにあるに違いないと思った。
そしてさらに思った。今回はそこの幼い神官によって、あの熱は止まったそうじゃないか」
純子は頷いた。
「ならば、もしその子がいなかったらどうなっていただろう。あの熱がさらに高くなったらどうなっていただろうかと」
「それは……」
ヘカテミスは言いよどんだ。
「ここのみんなは死んじゃうってこと?」
純子の言葉にシニンは首を振った。
「それより後だよ。この神殿がもっともっと熱くなったらいったいどうなる?」
『熱すぎたら燃えるとか溶けるとかするんだよねー』
タンヌの言葉に純子は青ざめた。それこそがヘカテミスの言っていた取り返しのつかない事態なのか?
「あの熱を止める事ができた。つまり人の手で支配できるということだ。しかし、それが一人だけではまずい。誰でもできるようにならなければ、駄目なのだよ。その子が倒れたときには、誰にも止められないではどうしようもないだろう?」
ヘカテミスは黙っている。
「だからこの神殿の地下に行きたい。私の盲いた目では何も見えぬだろう。
だが感じたい。あの熱源には力が、知識があるに違いない。その根源をこの肌で感じ取りたいのだ。そしてそれを使いこなす方法をみなで分かち合いたいと思う。どうかな、神官殿、間違っているだろうか」
みんなの目がヘカテミスに集中した。ウレアハルでさえ黙って見ている。
「確かに私一人というのは失敗であったと思う。しかし、力と知識は悪用されればそれこそ破滅を招く。人の欲望というのはそこまで際限の無いものだからだ。正しい知識と、正しい力の使い方が保障されるやり方があるのか?」
「ないな」
シニンがあっさりと断言したことに純子は驚いた。
「人によって正義がずれる。変わる。正しい力、正しい知識の使い方とは言っても、人によって正しいの意味するところが異なるのだ。何通りも正しいでは、全て正しくないと言っているのと同じことだ。ならば、そんな保障はないということだ」
「ならば、やはりこの秘密は明かすことはできぬ。滅びの道に進むだけではないか」
「もはや、滅びの道に入っているというべきだ。なぜなら、ここに神殿があるからだ。この神殿がなければよい。この力と知識が全て失われているのであれば、幸せな日々があるのかもしれん。しかし、ここに力がある以上、この力を統べる技を覚えねばならぬのだよ」
しぶしぶヘカテミスは頷いた。
「……やむを得ぬ。が限られた人数としたい」
「当然だ。そしてその中には私とクリティアを入れてくれ。それがクリティアとの交渉の結論なのだから」
ヘカテミスはまた頷いた。そしてその眼が純子を見る。
純子は一歩前へ出た。頭の中でタンヌが青ざめる。
「あたしも連れてってよね」
『ジュ、ジュンコ! なんてこと言うのよ! もう、禁断の場所よ、入れないのよ。死んじゃうわよー!』
パニクるタンヌをスルーして純子は言う。
「シニンは眼が見えない。ヘカちゃんはまだ子供。ならあたしがついてって、あんたを見張るしかないじゃない」
そしてクリティアを指差す。刺された本人は薄笑い。
「それで満足するのなら、どれだけでもついてきてくれ」
「ええ。ついていってあげるわよ。いつかお返しはするつもりなんだから」
泣き喚くタンヌと対象的にヘカテミスは安堵の笑みを浮かべた。
「だがその前に片付けておかなければならない問題がある。それを先に済ませておきたい」
全員の目がシニンに集まった。何を言うのだろうと。
「イアフメス=ネファルトス女王様。あなた様の兄上のことです」
視線が女王にあつまった。しかし、悲鳴を上げたのは、サンチュの隣にいたデハウだった。
次回から最終章に入ります。第Ⅷ章はなんと、「天使」です。
誰か覚えているかな? ボケ神様と天使って。(笑




