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49.ヘカテミスの、予言。

 ああ、なんとか間に合った。この時期、何かと飲む機会が多くて、執筆時間が足りませんよお。

 などと、泣き言をくりつつ、

がんばれ、純子。最近はあんたの知識がためされてるぞ。

「ダメよ、そんなの!」

 思わず純子は叫んだ。

「ヘカちゃんはみんなを助けるために頑張ったんだから、ここで見殺しだなんて」

「そんなつもりはないが、どう対処してよいのか、わからんのだ」

 モイルの声で、純子はシニンを見た。

「シニン、シニン! 何でも知ってるじゃない。これ、熱中症よ。対処法はない?」

「すまんが、ネッチュウショウというのも初耳だよ。知識がないのだ」

「どうか教えてください。どうすればよいのか。たった一人の肉親です。一時は疎ましげに思った姪っ子ではありますが、今では愛おしく思えてなりません。どうか、どうかお助けを」

『ジュンコ。ジュンコが知っているのなら、教えてあげてよ。ほら、みんなジュンコを見てるよ』

 タンヌに言われて、純子は気がついた。自分が指示してあげなきゃいけないことに。

(えっと、えっと、バカ純子。早く気がつけ。熱中症にはどうするんだっけ。暑いんだから冷やす。そうだ、とにかく冷やすんだった)

「冷たい物、なんでもいいから身体を冷やす物をかき集めてください」

 その言葉で女官達が走り去った。そして、さまざまな物がやってくる。

その中には溶けかかった氷まであった。訊けば冷蔵庫のような物まであるらしい。

ただ、停電になっていた間、やはり冷凍はダメになっていたようだ。

それでもそれらのものがヘカテミスの身体にそっと当てられた。

「あと、あと、水分はなんだっけ。えーと、スポーツドリンク――あるわけねえじゃん!」

 つい、自分に突っ込む純子。

『それはあたしの台詞じゃんか。すぽおつどりんくって一体なによ』

(いいの。無いなら、何とか作らなきゃ)

 とりあえず女官たちになんでも持ってきてもらう。水、甘いもの、塩、そしてすっぱめのもの。適当に混ぜて、適当に味見。

(うげええ、やっぱり不味いや)

 スポーツドリンクと言うものが、いかに飲みやすく作ってあるものか、純子は痛感した。

(そうだ、これにお酒を混ぜてみたらどうかな?)

『ジュンコ、もしかして楽しんでない?』

(ない、ない。そんなこと、全然無いよ。ヘカちゃんが大変なんだもの)

 それでも純子は楽しそうにお神酒を混ぜ込んだ。そして出来上がったものを一口。

(ぐへええ。不味。でもまあ、いいか。ヘカちゃんが飲むんだし)

 激不味の液体を口に含んで、ヘカテミスの口に移す。

ヘカテミスは反射的にその液体を飲み込んでいるようだった。

そして、純子が再び口を近づけた、その時。

「ぶへええええ! くそ不味いぞ、これは!」

 いきなり、ヘカテミスが飛び起きた。


 驚きのあまり、つい飲み込んでしまった純子も吐き気を感じていた。それほど不味い。

「誰だ、こんなものを飲ませようと言うのは! お前か、それともお前か!」

 女官たちが純子を指差す。

「タンヌ、お前と言うやつは!」

『あたしじゃないよお。純子だよお』

「ご、ごめん。ヘカちゃん。熱中症だと思ったから何か飲みやすいものをって」

「飲みやすくなんかないぞ! こんな不味いもの、誰が飲むか! そもそも熱中症ならアルコールは厳禁だろうが! それにせっかくのお神酒がこれでは台無しではないか! このバカモノが!」

 散々毒づくと、ヘカテミスはやっと取り巻く視線に気がついたようだった。

そしてちょっとはにかんだような笑顔を浮かべた。

「心配かけたようだな。もう大丈夫だと思うぞ。うん。今度は本当のお神酒を飲ませてくれ」

 女官たちは歓声を上げた。早速、お神酒が献上される。

そのお酒は暑さで温まってはいたものの、それをヘカテミスはおいしそうに飲み干した。

「うむ。酒と言うものはやはり、こうでなければならぬ」

『やったじゃん。さすが、ジュンコだね』

(あまりさすがじゃないと思うけど)

 そう恥じる純子をヘカテミスがじっと見つめていた。

「なに? ヘカちゃん。変なもの飲ませて悪かったとは思ってるわよ」

「あの味を思い出させるな。忘れようとしておるのに。いや、お前がもしかして……まさかな。まさかとは思うが、一応訊いておくぞ。聖痕を知っておるか?」

 ヘカテミスの言葉に純子は考え込んだ。(セイコン? セイコンっていったいなんだろう?)

「精根尽き果てたっていう、精根?」

 純子の答えを聞いて、ヘカテミスは頭を振った。

「もうよい。やはり、私の考え違いだ。気にするな。忘れてくれ」

 純子の問いたげな目を無視して、ヘカテミスはそう言った。


 神殿は順調にその機能を回復しつつあるように見えた。

従来の生活エリアはほぼ平常の気温に戻り、女官たちは以前のように戻すべく、動き回っていた。

シニンは研究に戻り、モイルはその手伝いを始めた。

ウレアハルは女官たちに指示を出し、同時にヘリシェファをかいがいしく世話している。

ヘリシェファの方もまんざらではないようだ。

イアフメスですら、神殿の中を見回っている。それにサンチュとデハウは付き添っていた。

サンチュは母親に対するわだかまりを捨てたのだろうか、すっかり笑顔で対応していた。

 しかし、ヘカテミスはあの椅子に腰掛けたまま、じっと空中をにらんでいた。

その視線の先には、あの図面。ほとんどが緑色になっているものの、一部には赤色が残っていた。

これが神殿の図であるのならば、最下層の巨大な赤色。

その周りにもいくつかの赤色がこうこうと輝いている。

 その赤色をにらみつけながら、ヘカテミスは無言で酒を煽っているのだ。

女官たちに聞いても、あんなヘカテミスは見たこともないという返事が返ってきた。

『ヘカちゃん、どうしちゃったんだろう。まだなにか気になるのかな』

(たぶん、あの赤色だとは思うけど、なんなのか、言ってくれないことにはわからないよね。うん。聞いてみようか。わかんないことでも、聞くだけでも役に立てるかもしれないし)

『ジュンコはあたしより物知りだからねえ。きっと何か気がつくよ』

 タンヌの言葉に気を良くして、純子はヘカテミスに付いていた女官と交代した。

そっと酒器を取ると、ヘカテミスの器に注ぐ。手の違いに気がついたのか、ヘカテミスは純子を見た。

「タンヌ……か」

「ヘカちゃん、飲みすぎると身体に悪いわよ」

 そう言いながらもたっぷりと注ぎ込む。

「ね、ヘカちゃん。何か悩み事があるんなら言ってよ。答えは出ないかもしれないけど、聞くことはできるから。話すことで答えが見つかるかも知れないよ」

 そういう純子を横目で見ながら、ヘカテミスは無言で酒を飲む。

「これって、この神殿の地図でしょ?」

 会話の接ぎ穂に純子は空中の図を指差した。ヘカテミスは無言のまま。

「あれが出入り口。こっちが非常口。だからこの部屋があのあたりになるよね。でもそこから下は行ったことないからあの真っ赤なのはなんだかわかんないんだけどね」

 純子の指差す赤いブロックをヘカテミスはにらんでいる。

「ヘカちゃんが気にしてるのはあの部分なのよね。でもどうして気になるの?」

「あの……赤を何とかしないことには、また大きく揺れることになりかねないからだ」

 ヘカテミスの声に、純子はぎょっとした。

『また、あのジシンが来るっていうの?』

「ほんとに、あの地震がくるの?」

「ああ、しかも次のはもっと大きく、この神殿はおろか、街も全て吹き飛ばしてしまうかもしれん。それを止める手立てが見つからぬのだ!」


 熱中症はちゃんと冷やすこと。水分を補給すること。でも水だけでは低ナトリウム症を起こすこともあるので、スポーツドリンクなどがいいです。ヘカテミスみたいになったら救急車を呼びましょうね。もちろん、アルコールは厳禁ですよ。加水分解にせっかくの水が使われてしまいますからね。

では。


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