48.成功の、代償。
土曜日曜はいろいろあって、返って執筆が進みませんねえ。
今日も時間ギリギリで書いている感じです。
ああ、急げ。オイラ。
というわけで、今日も頑張れよ。純子。
純子の必死の願いがつうじたのだろうか、ヘカテミスの両手が動き始めた。
純子が見つめる中、両手はゆっくりと印を結ぶ。
しかし、何も起きない。何の変化も感じられない。
『ど、ど、どういうことよ。ジュンコ。ヘカテミスのウソ? それとも失敗?』
(待ってよ、タンヌ。まだヘカちゃん、動かしてる)
純子の言うとおり、ヘカテミスの指の動きはまだ続いていた。
いや、何度も繰り返していたのかもしれない。
それとも微妙な違いをさぐっているのだろうか。
なんであれ、その知識を持たない純子やタンヌにはさっぱりわからない。
ただ、一刻も早く、それが成功して欲しいと願うだけ。
純子の視野は何度もかすんだ。
それを必死の思いで振り払う。しかしすぐに頭の中がぼやけていく。
(ヘカちゃんもこんな頭で、……昔、一度しか見たことの無い……印を作っているんだ。頑張れ……)
そして、どれくらい時間がたったのだろうか。
純子の視野の中に変化が現れた。その点をじっと見つめる。
赤い点。その点がどんどんと増えてつながっていく。
(何、あれ?……タンヌ、わかる?)
『わかんない。何かの地図? それとも印なのかなあ。駄目、全然わかんない。あー、もう、あたしのおバカさん。もうちょっと勉強するんだった!』
(勉強して……何とかなるって……ことでもないと思うけど……)
『あたしったら、ジュンコやみんなの足を引っ張るばっかりで、何の役にも立ってない。これで年喰ったらお馬鹿な母親になるだけよ。デハウみたいに、他人の迷惑かえりみないような』
ぐずっているタンヌの頭をそっと純子は撫でる。想像上の手だけど。
(そんなこと……ない……よ。確かに……タンヌは調子に乗るし……ミソクソに言うし、うるさいけどさ……)
『いいとこないじゃん』
(どれだけタンヌに……励まされたか、わか……んないよ。……最初は……どうなることか……思ってたけど、今は……タンヌと……出会えてよかった……思う)
もうタンヌはぐずるどころか、大泣きになっていた。
『ジュンコ! あたしも、あたしも、ジュンコが来てくれてよかったと思ってるよ! ああ、ジュンコ。もう、これで最期なのかなあ。最期の挨拶だよお』
(ちくしょう……縁起でもない……でも、本当に終わりかな……)
そう思った純子の目に何か、変化が飛び込んできた。
あの赤い点。それが点滅していた。
まるで何かの模様のように赤い点や線が絡み合っている。
よく見ると、下のほうほど濃い赤、輝く赤になっていて、上の方には薄い紅や黄色の点もあった。
いくつかの赤い点や線が点滅していた。そしてあるものはその色が薄くなり、あるものは黄色に変わっていく。
純子が見つめている最中にも、どんどん変化は続いていた。
黄色は緑色に、赤は黄色に変わっていった。
『綺麗。だけど、いったい何を意味してるんだろう。この図』
(図……図? もしかして、図面? この街……じゃないよね。……ここの立体図面か!)
一番上から縦にまっすぐの太い直線は赤。離れてあるのは細い緑色。
そして上のほうから緑の領域が広がっていく。その下にあるのは黄色の部分。
赤はどんどんと下へ攻められている。
(もし信号機と同じなら……赤は危険で緑は大丈夫ってことだよね……そうか、あの太い赤はエレベータで止まってるんだ。緑の細線は降りてきた非常階段。やっぱり、これはここの図面で、状況を示してるんだ。そうか!)
「やった……やったよ。ヘカちゃん。成功したよ」
何とか、純子は声に出した。
「赤が小さくなってるってこと……これで……みんな、助かるんだよね」
純子は手を伸ばして、ヘカテミスの手を掴んだ。その手は何の反応も示さない。
「ヘカちゃん、ヘカちゃん!」
純子の声にヘカテミスはわずかに声を出した。
「これ……で、みな……助かる……」
それが純子の記憶にある最後だった。純子はふかい闇の中に滑り落ちて行った。
柔らかな唇の感触。それが純子の口を押し開け、舌と一緒に生暖かい液体を流し込んでいた。
塩っ辛い、ヌルヌルした感触。でもそれが慣れた仕草で純子の口の中を弄っていた。
一瞬吐き出そうとした純子。しかし、その感触に覚えがあった。
『しっかりして、ジュンコ! 気がついてよ』
タンヌが叫んでいた。もう何度も繰り返していたのだろう。その声がかすれ気味だ。
(タンヌ……)
『ジュンコ! 助かったのよ。目を開けて!』
そして目を開けた純子の前では、一生懸命にサンチュが口移しで水を流し込んでいた。
純子の顔も水でベタベタになっていた。その水が口に入るとしょっぱい。目に入ると痛く感じる。
目を瞬きさせる純子に気がついて、サンチュは叫んだ。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん! 気がついたのね!」
周りからは歓声が上がった。女官たちの中にモイルの姿も見える。
純子の口元に水筒が差し出された。奪うようにその水筒を持つと、一気に飲み干す。その間にも純子の顔に水がかけられる。
「サンチュ……」
純子が一息ついでそう言うと、サンチュはしがみついてきた。
「お姉ちゃん。心配したのよ。もう、駄目かと思ったの。ほんとよ……」
「まったく、悪運の強い女だぜ」
憎まれ口を叩くモイル。でもその顔には笑顔が浮かんでいる。
「どうして、モイルたちが、いるの?」
「ああ、シニンもいるぜ」
モイルはシニンを指差しながら、話し始めた。
「別れた後、ここの最上階まで行ったんだ。そしたらそこにみんな逃げ込んでた。シニンも一緒だったよ。だけどそこも暑くなってきて、もう逃げ場所もないし、駄目かと諦めかけたんだ。
そしたら、それ以上には暑くならなくなった。いや、涼しくなってきたんだ。そして明かりも点灯したんだ。こりゃ、お前らが成功させたんだなって気がついて、それから急いで降りてきたら、ここで倒れているお前達を見つけたわけだ」
一気にそう言うと、モイルも水を飲んだ。
言われて純子は気がついた。あの暑さが無くなっていた。
もう温かいというレベルになっていたのだ。そして周りには前のときのように明るい光で満ち溢れている。
「サンチュは、サンチュはいつ来たの?」
「ヘカテミス様が降りてから、女官が降りて行ったの。そしたら、暑くて入れないって。ボクも下に行ったけど、入り口からはほんとに熱い風が吹いてきて、そんな中に三人は行ったのかと思って驚いたんだけど、もうそれ以上は入れないし、みんなあそこで待ってたの。
そしたら、急に明かりが点いたから、我慢して入っていったら声が聞こえてきて、モイルさんたちと出会ったの」
「そう……か。うん。ヘカちゃんが何かを動かしてくれたんだよ。それできっと機能が回復したんだ。これは全部ヘカちゃんの殊勲だよ」
そう言って、純子は気がついた。ヘカテミスの姿が見えない。椅子の上にもいない。
「ヘカちゃんは、ヘカちゃんはどうしたの?」
「ここだ」
シニンの声がした。人垣がさっと別れる。シニンの前にはヘカテミスが横たわっていた。その横にはウレアハルも不安そうな顔で座っている。
ヘカテミスの顔色は青白く、目を閉じたまま。その手足は時折痙攣のような身震いをしている。
「シニン。ウレアハル……ヘカちゃんはどうなの? 大丈夫なの?」
純子は起き上がった。
「わからん。お前さん以上に水を与えているのだが、目覚めないのだ。もしかすると……手遅れなのかもしれん」
純子は足元が崩れるような気がした。
うわあ。ヘカテミス、大丈夫かなあ?
なんちてね。次のステップに行くためにはちょいと犠牲が必要……。
おいおい。やばいこと言うんじゃありませんてば。
では。




