46.灼熱の、世界。
うわー、書いてても暑いわ。夏じゃなくて良かった。
とはいえ、ダイエットには最適だぞ。純子。
ん? ボディはタンヌか。
まあいい、今夜も頑張れよ、純子。
思わず純子は2,3歩後退さった。それぐらい強い熱気。
純子の額からはみるみる汗が噴出してくる。
『こ、こんな中に居たら、死んじゃうよ……』
タンヌの表現が誇張だと思えないぐらい。が、そんな純子の横をモイルは突き進もうとする。
「も、モイル! 無茶よ。引き返して……」
「バカ野郎! 引き返すなんて時間があるものか。この暑さだ。早く助けないと、手遅れになっちまう」
その真剣な表情に、純子は気がついた。
「シニンのこと、助けに行きたいのね」
「ああ、あいつは王宮に居た頃からの腐れ縁さ。若いころはちゃんと目も見えていたんだよ。その頃から物知りでさ。あたいにいろいろ教えてくれたのさ。年上だったけど、若い人みたいに好奇心いっぱいの目をしてた。そんな目で見つめられて、教えられると、ホント胸がドキドキしたよ。
ところが、不幸な事故があって、あの人の目がいっちまったんだ。最初は直るって言ってた。けど、逆にどんどん見えなくなっちまったのさ。苛立ってたよ。そんなシニンは見た事が無いぐらい。目が見えなくなったら、どうやって研究すればいいんだって、当り散らしてた。
だから、言ってやったよ」
モイルは純子の松明を取り上げると、あたりを探った。
戸口の向こうは真っ暗だった。松明のわずかな明かりではほとんど何も見えない。
『なんて言ったんだろう。バカヤローとか?』
(いや、モイルならもっと直接的というか、うーん)
モイルの答えは確かにストレートだった。
「あたいがあんたの目の代わりしてやるって言ってやった。驚いてたよ。ろくに勉強もしてない、文字も不満足なあたいに勤まるのかってね。だったら、教えろ。あんたの目の代わりになるように、しっかり勉強させろってね。それを聞いたあいつは笑ってたよ。久しぶりに見た笑顔だったな」
『これって、これって、もしかして、……』
「感動的なお話ですわ。モイルさん」
ヘカテミスの瞳はウルウルになっている。
(のろけだよ。完璧な。ヘカちゃん、気がつかないのかな)
そんな純子の思いを知るはずもなく、モイルは壁を叩いた。
「だから、あいつをほっとくなんてことはできない。悪運の強い奴だから、絶対にどこかで生き残ってる。だから探さなきゃダメなんだ。わかったか!」
モイルにすごまれて、純子は慌てて頷いた。
「わかった、わかったわ。でもモイルはここに来たことあるの? シニンがどこにいるのか、わかるの?」
「わからん。皆目見当がつかん。あたいはどこに行けばいいのか、教えてくれ」
純子はへなへなっと崩れ落ちた。
「へ、ヘカちゃん。お願い。あなたが一番詳しいはず。まず、ここはどこか、探りましょう。シニンもそうだけど、それからみんなを探しましょう」
出たところは通路のようだった。しかし、逆に特徴が無い。どこの通路なのかわからない。
熱い空気を吸いながら、三人は進んだ。熱風を吸い込むことで体力が奪われていくようだった。
「長くは持ちそうに無いな」
モイルでさえ、そう呟いている。
「そこ! 誰か倒れてます」
ヘカテミスの声で純子は駆け寄った。女官のようだ。抱え起こして様子を探る。呼吸は弱いながらもあるようだ。
「生きてる。だけど弱ってるよ」
モイルが腰にぶら下げている水筒から水を含ませた。女官は弱弱しく目を開く。
そして、その視線が三人をさまよった後に、ヘカテミスにとまった。
「ヘ……ヘカテミスさま……」
「わかりますか、私が。いったい何が起こったんですか?」
女官はもう一口水を飲むと、話し始めた。
「突然ものすごい揺れが来たんです。何もかもがひっくり返し、横倒しになり、あたし達も全員投げ出されました。すぐに明かりが消えて、なにもできなくなったんです。それまで動いていたものも、動かなくなってしまい、どうしていいのかわからないことばかりでした。
そしてしばらくすると、どんどん暑くなってきたのです」
『ジュンコ。ジシンがあると暑くなるものなの?』
(ち、違うわよ。気温と地震は関係ない――って言いたいけど、そんなに詳しいわけじゃないよ。でも、地震の後、温泉が出たとか止まったっていう話はあるみたいよ)
『ふうん。つまり、あのジシンでこの神殿に温泉が出たってこと?』
(まさかっ! とは思うけど、わかんない。暑すぎるような気がするけど)
女官の話は続いた。
「下の方がより暑い事がわかって、みんな上へと逃げました。でも真っ暗な中で迷子になったり、行く手を塞がれたりして、みんなバラバラになってしまって。そして、暑さと渇きでとうとう気を失ってしまったのです」
「そうですか。大変でしたね」
ヘカテミスの言葉に女官は頷く。
「で、でも、ヘカテミス様が助けに来てくれたのですね。これでみな助かります」
「そうだといいのですが……」
ヘカテミスは考え込んだ。
「ヘカテミス。神官どの」
モイルの低い声が沈黙を破った。
「すまん。考え事は後にしてくれないか。一刻も早くシニンを探しに行きたい」
「ごめんなさい。わかります。でも、――やっぱり、下へ行かないとダメなんです」
「し、下?」
純子は驚きの声を上げた。
「下はここより暑くて、みんな上へ逃げたって言ってるじゃないか」
モイルの怒気を含んだ声。
「はい。みんなを見つけるためには上へ行かなければなりません。でも、この暑さを何とかするためには、謁見の間に行かねばならないのです」
「どういうこと?」
純子の質問にヘカテミスが答える。
「お母様に言われたことをやっと今思い出したのです。何か、とんでもない事が起きたら、こうしなさいって印を見せてくださったのです」
「ど、どうして、そんな大切なことを忘れちゃってたの?」
純子の言葉にヘカテミスは涙を浮かべた。
「そ、それは、……あの事故の前日のことだったのです。きっと、お母様にはなにか予感があったのかもしれません。でも、私には苦しい思い出だったのです。思い出したくない記憶だったのです。そして、いつしか忘れてしまっていたのです」
嗚咽をあげるヘカテミスの方を純子は抱いた。
「ごめん。ヘカちゃん。ヘカちゃんの気持ちも知らないで……」
「いいえ。悪いのは私なのですから。かまいません。でも思い出した以上は、それをやらないと」
「ここではダメなのか」
モイルの言葉にはヘカテミスは首を振る。
「あの謁見の間でないとダメなのです。それから筆頭神官の徴が必要なのですが、それはウレアハルがくださいました」
ヘカテミスは頭の上のティアラを示した。
「だけど、あたいはシニンを探しに行く。それは誰にも止められんぞ」
「はい。わかっています。私一人で降りて行きます」
ヘカテミスはお辞儀をすると立ち去ろうとした。
「待って! ヘカちゃん」
純子の声にヘカテミスは止まった。
「ねえ、モイル。あたしはヘカちゃんと行く。モイルはシニンは他の人を助けてあげて。それでいい?」
「ああ。わかった。あたいはこの人と行く。案内してもらうよ」
モイルは女官を助けあげると歩き始めた。純子とヘカテミスは反対方向へ行く。
「そうだ、タンヌ」
モイルが呼びかけた。
「いいか。約束だったよな。お前の命はあたいがもらう。セランの替りだ。だからまた会うまではくたばるじゃないぞ。いいな」
純子は頷いた。モイルの持つ松明が遠ざかると、あたりは闇に包まれていく。
『まったく素直じゃないよね。無事を祈るとか言えばいいのに』
(でも、きっとあれがモイルの本音だよ)
純子はヘカテミスの手を掴んだ。
神殿というより、迷宮ですね。ここ。
ミノタウロスの迷宮だとすれば、どこかに牛頭人身の怪物がいるのですが、さて、本当は何が潜んでいるのでしょうか。
では。




