40.やってきた、もの。
何が来るのかって。それは……ひ、み、つ。
のわけないでしょうが。
とはいえ、純子。気をつけろ。
気をつけて、頑張れな。
「ふ、愚かな……」
女王の声がクリティアの笑いをさえぎった。
「お前なんぞに国が治められるものか。人が従うものか。お前には徳も理念もないではないか」
「どちらが愚かなのですか。女王様。民が従うのは恐怖と利益だ。恐怖で追い立て、利益で引き寄せる。人とはそれだけのもの。それが分からずに女王などと名乗るとは」
「黙れ、黙れー!」
イアフメスが立ち上がった。
「衛士ども、あやつを殺せ! 人質なぞ関係ないわ。もろとも殺せ!」
衛士が手に持った剣を構えた。
「お待ちください、お待ちになってー!」
純子が衛士たちの前に飛び出した。
「お願いです。妹を、サンチュを殺さないでください」
必死になって食い止めようとする純子を女王がさえぎった。
「やめろ。人質一人の命を惜しんで、国を危機にさらうことは王たるものの選ぶことではない。冷酷非情の顔を持つのも、国を治めるために必要なこと。やむを得ぬ。人質もろとも殺せ」
「お待ちください。いえ、少し、ほんの少し時間をください。お願いします。お願いします」
ウレアハルが純子の横に進み出た。追捕師も横に立つ。モイルは衛士たちを上からにらみつけている。
「神官からもお願いいたします。少々お時間をくださいませ」
女王は首をかしげた。
「それは女神からのお告げかな?」
「いえ、私の個人的なお願いでございます」
「……わかった。ただし、少しだけだ。衛士、気を抜くな。不審な動きがあれば、問答無用で切れ」
「お姉ちゃん……」
剣を突きつけられたまま、サンチュが言った。
「サンチュ。もうちょっと我慢して。お姉ちゃんが助けるから」
「はは。もう少しましなウソなら信じられるかもしれないのに。この女を助けたければ、金と馬車を用意しろ。直ぐにだ。ぐずぐずするな!」
だが、純子は剣断に話しかける。
「ねえ。クリティア。サンチュを開放して。あなたの命乞いもお願いするから。こんなことしたって、なんにもならない。あなたのやり方ではいつか反逆を喰らうだけ。どうしてこんなことするの? 人は金と武器では動かないわ」
「うるさい。お前のような田舎娘では何も分かるまい。理念や理想ではいつか足元からひっくり返されるだけだ。オレの父親のようにな」
「あなたの父親……?」
「そうだ。オレの父親は昔、やはり剣断として王宮にいた。そして女王派でも兄派でもなかった。両者の融和が理想と言っていたのだ。オレも父親の考えは素晴らしい、いつかみなが理解して共存の道が開かれると夢見ていたのだ。しかし、結果は違っていた」
「兄は殺され、妹が勝った……」
「そうだ。父親は両派からにらまれ、憎まれ、暗殺された。オレは死体にすがって泣いたよ。なんて無理解な連中ばかりこの国にはいるのだとな。そして誓った。いつか、オレの手でこの国を立て直す。どんな手段を使ってでも理想の国にしてみせる。歯向かう連中は皆殺しにしてでも、とな」
「あなたの悲しみは分かる。でもお父様のしたかったこととは違うんじゃなくて?」
純子は何とか話を引き伸ばそうとした。ウレアハルの手が純子の右手を掴んでいた。ウレアハルの指が純子に伝えてくる。
「ヘカテミスが動いている」と。
そしてサンチュの後ろのカーテンがもぞもぞと動いていた。銀色のサンダルがちらちら見えている。そして小さな手がサンチュの縄を解き始めていた。
「もう時間はないぞ」
ヘカテミスの動きに気がつかない女王が冷たく宣告した。
「もう少しです。後もうちょっと話をさせてください」
『ああ、もう、イアフメスは気づいてないんだから。後少しでサンチュが助かるのに』
(仕方ないよ。でもヘカちゃん、頑張ってるんだから、あたしが話をなんとか引き伸ばす)
「ねえ、クリティア。これ以上お父様の名前を汚すようなことはしないで……」
「うるさい、うるさい! 負ける事が何よりの侮辱。勝てばそんな侮辱など消し飛んでしまうもの。負けるのであれば、死んだほうがまし。そう思わぬか」
純子は間を空けた。そして笑顔を剣断に向けた。
「だったら、だったら……死になさいよ」
口調が変わった純子に剣断はいぶかった。
「な、何を……貴様、何を企んでいる?」
「こういうことよっ!」
サンチュがいきなり自由になった脚で剣断にけりを食らわせた。不意を撃たれて、クリティアは床に転がる。その隙にサンチュとヘカテミスが純子のもとに駆け込んできた。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん!」
「やったわね、サンチュ! 有難う、ヘカちゃん!」
純子の腕の中に飛び込んできたヘカテミスはそのふくよかな胸に顔を埋めた。
「いやー、あたいがやってもよかったんだけどね」
モイルの声にタンヌが反応した。
『無理、デカ女のあんたにゃ絶対無理だから』
「お姉さまを手助けできるのなら、ヘカテミス、うれしいですっ!」
グリグリ押し付けてくる顔の刺激に、純子の背筋を微電流が走る。
「ひ、ひえ……。ヘカちゃん、ほどほどにね。お姉ちゃん、ゾクゾクするから」
大仕事をやってのけたヘカテミスにいやな顔もできず、純子は弱りきっていた。
「ひっ捕らえるよ。捕まえて、牢屋にぶち込め!」
追捕師の声がしていた。純子が顔を上げると、ヘリシェファの号令で衛士たちが剣断を追い詰めていた。
「逃げられんぞ。諦めよ。ワシがそなたの代理として裁きを下してやる」
「ふん。甘っちろいお前に剣断など勤まるものか。お前に裁かれるぐらいなら、こっちから死んでやる」
「悪あがきはよせっ!」
追捕師が勝ち誇ったようにそう言ったときだった。
ふわりとした感覚が純子を襲った。何か宙を舞うような馴染みのある奇妙な感覚。
(あれ、これって……)
何かが遠くからやってきた、それもものすごい速度で。そしてそれが来たとたんに、足元がゆすぶられ、立っていることもできなくなる。ヘカテミスを抱いたまましゃがみこんだ純子の前で衛士たちもばたばたと倒れこむ。カーテンが大きく揺れ、壁の飾りが落っこちる。ウレアハルは追捕師と手を取り合い、女王は椅子にしがみついた。
女官たちの悲鳴が響いた。
『な、なによ。これ、い、い、いったい、なんなの?』
「地震よ、地震。しかも、でっかいの! みんな、伏せて。頭を隠して!」
なにかが頭の上からバラバラと落ちてきていた。もしかすると、王宮が壊れて、みんな生き埋めになるのかもしれない、などと純子は考えていた。
石壁が崩れ、床に亀裂が走る。
(日本じゃあるまいし、こんなところで、地震で死ぬなんて、いやだよー!)
純子はサンチュとヘカテミスを自分の身体の下に押し込んで、そう心に叫んでいた。
もしかすると、心の傷がうずくような方が見えたら、ごめんなさい。
それだけの表現力はないと思ってますけど。
とはいえ、日本列島は地震活動期に入ったようです。地震は止められませんが、落ちてくるものはとめておく。つっかえ棒しておくなど、減災の用意は日ごろからしましょうね。
では。




