Ⅵ.仰天動地 38.兄と妹。
もともとは貴種流離譚を書きたいなと。尊いお方が何らかの理由で世をさすらい、そして戻る。そうなると経験値が上がっていて、いままで倒せなかったボスが倒せるように……話が違うぞ。
で、王族の禁忌の双子。その片割れが行方不明という設定です。
さあ、純子。今夜も頑張れ。
「王妃様におかれては、双子の御出産というのはやはり負担であったのでしょう」
貫主の淡々とした物言いがなぜかふさわしいと純子には感じられた。
「お子様は立派にお生まれになりました。しかし王妃様は出血が止まりませんでした。青ざめ、やせ衰えていく王妃をみて、王様は嘆きました。
やはり、双子は禁忌であったのかと。しかし、そんな王様に王妃様は最後の願いを伝えたのです。どうか、この双子を立派に育ててください、と。そして、王妃様はお亡くなりになりました」
純子は王妃の気持ちを推し量った。自分がその立場でもやはりそう言っただろうと。自分の命と引き替えにこの世に誕生した二つの生命を何としても護って欲しいと。
「しかし、その言葉が父上を苦しめ、死に追いやり、この国を二分しようとは母上も思ってなかったのではないか」
イアフメス=ネファルトス女王が苦々しげに言った。
「はい、女王様」
簡単に貫主は相づちを打つと、話を続けた。
「王妃様の遺言でございます。王様は双子を育てようとお思いになられました。しかし、臣下の中からも民の中からも異論がでてきたのです。
双子は不幸の前触れ。王妃様が亡くなったのはその現れであると。どちらかを殺すまではこの不幸が続くのではないかというのです」
「そ、そんなことって!」
思わず純子は口を出した。母親の命と引き換えにこの世に残った命。その命の片方を無残にも殺すとは……! 母親からみれば死に切れないではないか。
しかし、純子の思いとは裏腹に、貫主は首を振る。
「もともと、双子は忌み嫌われてきたのです。いかに王妃様の遺言であろうとも、一夜にしてその心情が変わるものではありません。
しかも、最も危惧していたこと、一番恐ろしい事が待っていたのです。どちらを殺すか、それで王宮も民衆も対立を始めてしまったのです」
女王は黙って床を見つめている。
「兄と妹で、みなが争う……」
純子のつぶやきに貫主は頷いた。
「国中が疑心暗鬼と化したのです。片方は後の国王となり、片方は死の世界へと旅立つ。どちらにつくのかで天と地ほどの差があります。
そしてウソやでたらめが飛び交い、讒言が広まり、裏切りが横行しました。親子がいがみ合い、兄弟が喧嘩を始めました。双子をめぐって、国中が争う状況となってしまったのです」
貫主が息を整える。その間、誰も何も話さない。
「それでも国王は躊躇されておりました。どちらも可愛いわが子。王妃様の遺言がなくても、殺せるはずなどありません。それに遺言があるのですから。
とうとう国王は女神様にすがりついたのです。どのようにすれば、国が治まるのかと」
「女神様……。キュベレー様に」
「はい。神官様に女神様のお告げを訊かれました。そして――
兄者を殺せとの御宣託があったのです」
純子にももう予想はついていた。双子のどちらかが死んで、目の前の女王が生きているのなら、死んだのは兄だ。それは当然の話。
「お兄さんは殺された、と」
「はい。御宣託があったその日のうちに兄は乳母から取り上げられ、衛士の手でどこかで殺され、埋められたはずです。
これでこの国の争いは無くなり、元の平和な国に戻るはずでした」
「……でした?」
純子の疑問符に貫主は頷いた。
『心なんてのはね、わかんないんだよねー』
「一度壊れた関係は簡単には戻らないのでしょう。諍いは収まるどころか、ますます広がっていきました。
それと共に根も葉もない噂も。実は兄は生きていて、王宮の転覆を企んでいて、皆殺しを狙っているだの、自分を殺そうとしたもの達全てに呪いをかけているだの、死んだ兄が祟り神となって復讐をするだのというものです。
しかし無知な民は怯え、夜は出歩かなくなりました。誰かが自分を裏切るのではないか、陥れるのではないかと不安だらけなのです。いつ、兄が現れてこの世をひっくり返すのか、そのときに殺されないためにはどうしたらよいのかと」
「必死になってやってきた。良いという事はなんでもやってきたつもりじゃ!」
女王が叫んだ。
「女神にもおすがりした。善政をつくすにはどのようにすればよいかと。お告げはすべて実行したつもりじゃ。
しかし、どうにもならん! 心に巣くった不安は取れぬのじゃ。どうやれば、元どおりの一つの国、一つの民になれるのじゃ。この国は、この国の民は病んでおる。希望が見えぬのじゃ」
イアフメスの握られた拳が震えていた。
「し、しかし、待ってください!」
純子の叫びに注目が集まる。
「お兄さんを殺したという衛士がいますよね。その者達に聞けば、確認ができます」
「もちろんしようとした。が既にその者らは死んでおった。殺されたようじゃった」
女王の言葉に純子は黙った。
「兄の墓も見つからぬ。遺骸も発見できぬのじゃ。もちろん幾度と無くこの街中の墓場を探した。何か手がかりがないかとな。だが衛士どもは何一つ見つける事ができぬのじゃ。
噂だけはたくさんある。川に投げ捨てられたのだの、風笛の神殿の大池に投げ込まれただの。その都度藪も探した。池もさらった。
だが見つからぬ。きっと獣にでも食われたか、とも言われておる。その獣に乗り移って、人を喰らいに来ると言うのだがな」
女王は薄く笑った。
「いろんな者がきた。こんな証拠を手に入れました、とな。懸賞金欲しさのまがい物よ。全部が全部。何一つ、真実には程遠いものばかりであった。
こやつも!」
女王はデハウを指差した。デハウは思わず身を固める。
「剣断に何を吹き込んだのかは知らぬ。がデタラメであろう。だが、一体何を言った。あの剣断が本気になるような、何を話したのか、言え! 言わねば、殺す! お前の望みどおりにな!」
純子がデハウに駆け寄ったのは、タンヌの意だったのかもしれない。
「母さん、母さん。言ってよ。みんながそのことで苦しんでいるのよ。少しでもその苦しみから逃れられるのなら、言ったほうがいいわ。どうして言えないの? 言ったら何があるの?」
「言ったら、言ったら……もっと苦しむことになるの。せっかく少しは良くなったかもしれないのに、それさえも無くなってしまうのよ。そんなこと、言えるはず無いじゃないの」
デハウは泣きながら言った。
『どういうことよ。一体母さんは何を言おうとしてるのよ』
(……まさか、まさかと思うけど、でももしかして……)
純子は思わずデハウの襟首を両手で掴んだ。目を大きく見開いて、デハウは純子を見つめる。
「母さんは、知っているのね! そのお兄さんの行方を!」
純子の言葉で場が固まったときだった。警備の衛士が何か叫んで剣を抜いた。そしてその剣はデハウ目がけて振り下ろされてきた。
いや、なんか結構シリアスドラマに。
笑える話のはずだったんですが、ついつい……。
笑いに戻しましょう。次からは笑えますように。




