37.女王イアフメス=ネファルトス。
さあ、純子。デハウも見つかった以上は、謎解きに入っておくれ。そろそろ収束を始めないと、まとまらないぞ。
頑張れ、純子。
助けてくれという母親に、タンヌはじっと考え込んだ。
『うーん、商売始めたときに上前撥ねられたぐらいにがめついしなあ。正直者って言っていいのかどうかわかんないよねえ』
(おいおい、自分の母親だろ。もうちょっとフォローしてあげなよ)
純子はタンヌを諭すと、デハウに言った。
「母さん、正直に言ってよ。母さんが剣断殿に言ったことからすべて始まっているみたいよ。あたしの目が奪われたのもそのせいだとしたら、母さんが目を取っていたようなものよ。目の代償としてあたしも知りたい。母さんは剣断殿と何を話したの?」
純子の言葉にデハウは顔を赤くした。真っ赤になって汗をかいている豚。純子はふとそんなことを思った。
『うまいこと言うねえ、ジュンコは』
(タンヌも気をつけないと将来、ああなるってことよ)
『ぶー!』膨れ面のタンヌは何となく既に似ていると思った純子であった。
「あたしは、あたしは……」
デハウは観念したようだった。やっとその重い口を開く。
「女王様の兄上について、何かしら申し上げたいことがあると剣断殿に言いました……」
王宮の人々が凍り付いたような感じを純子は受けた。あの追捕師でさえ、表情を凍らせている。
『なに、それ。一体何のこと?』
(あたしにもわからない。母さんは何を話すつもり?)
「言え」
女王は短く命じた。
「しかし、女王様!」
貫主が慌てて制しようとする。それを女王は遮った。
「かまわぬ! いつも噂ばかりで振り回されるだけ。ここでその因縁を断ち切らねば未来はない! お前は一体我が兄について何を知っておるというのか!」
女王は怒りに満ちて真っ赤な顔になり立ち上がっている。その姿を見て、デハウはますます小さくなった。
「いったい、一体何のことなんですか? 女王様の兄上とは」
純子の言葉に一同には何となく安堵感が広がった。
「それについては私めからお話ししましょう」貫主が口を開いた。
「女王イアフメス=ネファルトス様には兄上様がおりました。はい、昔の話でございます。兄上様は赤ん坊の時にお亡くなりになりました。
それにもかかわらず、兄上様は生きておられるという噂が絶えないのです。兄上様の御遺体、もしくはお墓が見つかっていないという事が原因でしょう。お墓が見つかれば、墓を暴いてでも中のご遺体を確認するのですが。
この女もその兄のことと偽って、剣断に近づいたのではないでしょうか」
「しかし、そんなことは剣断も百も承知の話。それ以上のことをこの女は知っているのではないか。言え! 言わぬか!」
「知りません!」
デハウが悲鳴を上げた。
「仮に知っていたとしても言えません。言えば殺されます。いえ、殺されたほうがいいのです。あたしは娘達と平和に暮らしたいだけ。その平和を壊すようなことは言えません。
あたしがバカでした。飢えに苦しんで、ちょっとほのめかせば何かいただけるのではないかと安易に考えたのです。その代償がこの苦しみでした。お願いです。このまま何も訊かずに家に帰してください。以前と同じように娘達と生活させてください。
どんなに苦しくてももうここには来ません。絶対にご迷惑かけません。あたしが死んだらそのことはお墓の中へ持っていきます。誰にも話しません。ですから、どうか、お許しください」
デハウは泣き始めていた。しかし、その話の内容は何かしら知っていると言っているのも同然だった。
「もう少し、もう少し教えてください。女王様」
純子がイアフメス=ネファルトス女王を見つめて言った。
「その兄上を見かけた方でもいるのでしょうか?」
イアフメス=ネファルトスは首を横に振る。
「ではどうして、その噂は消えないのでしょうか?」
「この国が病んでおるからじゃ」
女王は呟いた。
『病気なの? あたしたち全員が病気なの?』
(うーん、そういう意味じゃないと思うけどな)
女王の指示で再び貫主が話し始めた。白いひげの老人は昔を思い出しながら、話し始める。
「イアフメス=ネファルトス女王がお生まれになる前。御両親がまだ御健在であった頃の話です。国中の祝福を受けて、お二人がご結婚なされてしばらくした頃、王妃様が御懐妊された事がわかったのです。お二人はそれはそれはお喜びになりました。もちろん国中が祝福に沸きました。
立派な男の子がお生まれになるのか、可愛らしい王女様なのか、国中の関心となったのです」
(いい話じゃない。何が問題なんだろ)
『ジュンコは知らないからそう思うのよ。あたし、なんとなく覚えてる。この話』
(へえ、じゃあどっちが生まれたの?)
『どっちもよ。話、聞いててよ』
純子は貫主の話に耳を傾けた。
「お生まれになったのは、同時に兄と妹の二人。つまり双子であったのです」
(ふーん、双子かあ。男女両方でよかったね)
純子の呟きにはタンヌが仰天した顔をした。
『な、なんてこと言うのよ。双子よ、双子。意味、わかってるの? ジュンコ』
「双子って、二人生まれたっていうだけのことじゃない。それがどうかしたの?」
つい口に出してしまった純子に、非難の視線が集中した。デハウまでもが驚いた顔で純子を見つめている。
「ああ、タンヌ。あんたにはしっかりと言いきかせたはずだよ。双子だけは生んじゃいけないって。畜生腹になっちまうよって。忘れてしまったのかい? いけないよ。絶対に生んじゃいけないよ」
(どういうことよ。どうして双子が畜生の腹なんて言われなきゃならないよ!?)
まったく理解できない純子に、女王が仕方ないと言う響きで言った。
「まったく、田舎者は母親の言うことさえ理解できていなかったということか。なぜ、双子が忌み嫌われているのか、丁寧に教えてやってくれ」
「はい、女王様。人の子供は主に一人です。それが普通なのです。双子というのはおかしいのです。
動物は多産です。双子は人が動物と同じになってしまうと言う異常の知らせなのです。
そして、多産は母体にも危険です。母親の命を奪ってしまう子供など、不要なのです。これでもまだ双子が忌み嫌われる理由がお分かりになりませんでしょうか」
「そ、そんな。安全に出産することは……」
そこまで言いかけて純子は気がついた。この世界の出産など、純子は何一つ知らないことに。どのくらい医学知識があるのか、よい薬があるのか、安全な出産方法というものが確立されているのか、まったくわからないのだ。
(昔は難産の末母親も死んじゃうとか、産後の肥立ちがよくなくてと言う話はあったよね。ここはそんな世界なんだ。それがこの世界の常識なんだ)
純子はなんとなく自分のお腹をさすった。
「で、でも、双子はお生まれになったのですよね。なら生まれた以上は育てられたということなんですよね」
純子の言葉に女王がそっけなく言った。
「双子は無事生まれた。だが、その代償に母上はお亡くなりになってしまわれたのだ」
純子は声も出なかった。
なんとなく思うのですが、異界転生ものでこんなとこまで踏み込んでいるのはないんじゃないかな。いいかどうかはわかりませんが。
もちろん、現在では「畜生腹」「獣腹」などという言葉は死語の筈です。
こっちの世界では、ですけど。
それだけ出産と言うのは、大変なことだったのです。今でも大変だとは思いますけど。




