32.サンチュを、追いかけて。
サンチュが奪われちまったよお。
全力で追いかけろ、純子。とはいっても邪魔は入るし、どこにいるのか、ほーやれほい、の世界だけど。
とにかく、頑張れ、純子。
ヘカテミスは小さく笑った。
「まあ、止めても止まるとは思ってないがな。とはいえ、このまま乗り込めば苦難は必死。よし、あれを使うか」
「あれ?」
純子の不審な顔を横に、ヘカテミスは近くの女官を呼んだ。その女官が小走りに立ち去る。入れ替わるように現れたのは追捕師。息が荒い。
「いやー、ウレアハル様は激しいでござる。何とか逃げてきたんじゃが……」
『やるだけやってきたみたい……』
(タンヌ。表現が素直すぎるわよ)
その追捕師をヘカテミスが呼んだ。
「追捕師殿、頼みがある」
「神官様のお頼みとあらば、この追捕師、どこへでも馳せ参じましょうぞ」
「タンヌの妹、サンチュが強奪された。追いかけて連れ戻すつもりだが、たぶん、敵の待ち伏せがあるはず」
「いや、かまいませぬ。ここを出るのであれば、ヘリシェファ、喜んで」
『ウレアハルから逃げられるのなら、どこへでも行きますということじゃん』
(タンヌ、そのとおりだと思うけど、顔には出さないでね)
純子は追捕師の手を取った。
「ヘリシェファ、どうしても妹を助けたいの。お願いします」
「おお、巨乳ちゃんの願いなら、どんなことでも引き受けましょう。それに助けるのが、あの素敵なお尻の妹なら、なおのこと!」
純子の手を握り締めて、力説するヘリシェファ。対照的にタンヌはため息。
『この男、こればっかりやん』
追捕師の馬が女官の手で引っ張られてきた。その馬に共に乗る純子。そしてヘカテミスも乗り込む。
「三人は重くない?」
「いやいや、そんな軟な鍛え方はしておらぬ。いざ、参ろうぞ」
そのときだった。洞穴の入り口からウレアハルが顔を出した。
「追捕師様、ヘリシェファ様ー。私もご一緒しますー!」
「急いで参る。やれ、出よ!」
まるで逃げるようにヘリシェファの馬を駆け出した。いや、本当に逃げ出した。
「あれでいいの? ヘカちゃん」
「よい。筆頭神官殿は後から女官たちと馬車でやってくるであろう。その間、私らが先導していけばよいのだから」
純子の腕の中、抱かれるような形で乗っているヘカテミスが言った。山道は以外に険しかった。来る時には夜間で周りが見えなかった。だからこれほど、山道が細く、険しいのだとは純子は思っていなかった。小石を蹴飛ばしながら馬は駆ける。純子の長い金髪がまるで鬣のように後方になびく。
と前方遥か遠くに石碑が見えてきた。登っていくときに、ヘカテミスの両親を偲んでお参りをした石碑だ。
「追捕師、速度を落とせ」ヘカテミスの声で追捕師が手綱を緩める。
「ヘカちゃん、お参りしていくの?」
今はそんな場合じゃないのに、と純子はイラついた口調で訊く。ヘカテミスはちらりと純子を見た。
「違う。敵の襲撃があるとするなら、ここ。一番襲いやすいからだ!」
ヘカテミスの声が終わらないうちに、崖の上から歓声が沸き起こった。見上げれば、そこには衛士たちが立ち並び、待ち構えていた。そして、驚き立ち止まっている追捕師の馬めがけて矢を放ってきた。
『く、串刺しになるっ!』
タンヌが悲鳴を上げたとき、純子の腕の中でヘカテミスは印を結んだ。そこから放たれた力は、近づく矢をはじき返す。おかげで馬上の三人は無傷で済みそうだった。
しかし、弓矢では勝てないと悟った衛士たちは崖を駆け下り、剣や槍で襲い掛かってくる。ヘリシェファも剣を抜くと応戦する。ヘカテミスの力は光の玉を作り出すと、衛士どもを弾き飛ばした。
だが、多勢に無勢。しかも、三人は戦うには馬には重すぎたようだ。動きの鈍い馬が狙われた。切りつけられ、倒れる馬。三人はすぐに立ち上がるが、その周りを敵が取り囲む。
「くそ、相手が多すぎる!」
純子が叫ぶ。拾った剣を持って構えてはいるが、ど素人が剣士として使い物になるはずもない。背中を合わせた追捕師も大きく喘いでいる。二人の間で印を結ぶヘカテミスの攻撃が一番有効だが、それも疲れが見えてきている。
「タンヌ、頑張れ。もうすぐ来る」
ヘカテミスが叫んだ。
「来るって何が来るの? 白馬の王子様!?」
純子が叫び返したとき、相手がひるんだのがわかった。
そこへ勢いよく大型馬車が割り込んできた。三人の前で止まると、武器を持った女官達が飛び降りる。衛士どもを叩きつけ、突き倒し、そして転がしていく。
『つ、強ええっ』
タンヌが目を丸くして言った。
「やっておしまいなさい! 女神様のお力を見せてさしあげなさい! そして、私の追捕師様を虐めるものには仕返しをしてあげなさい。ほほほほほほほほ!」
高笑いは馬車の上のウレアハル。その笑いに臆したのか、敵は逃げ出した。やっておしまいなさい、と言うウレアハルだが、ヘカテミスは止める。
「深追いはよせ。相手にするのはあいつらではない」
三人は馬車に乗り込んだ。すぐに動き出す馬車。ウレアハルは追捕師の横にすがり付いている。追捕師も助けてもらった恩義からか、あまりつれなくもできない。神妙な顔でウレアハルに抱きつかれていた。
「ねえ、ヘカちゃん。街へいくの?」
純子の質問に膝の上のヘカテミスは頷いた。
「剣断は、たぶん、ふぁぁ、王宮へ逃げ込んだと思う。だから王宮へ、うぅ、行く」
純子は不安にかられた。王宮へ逃げ込んだクリティアを捕まえる事ができるだろうか。その前に衛士たちが待ち構える王宮へ入ることは可能だろうか。サンチュはうまく見つかるだろうか。
(絶対に助けるって言ったけど、本当にできるだろうか?)
『なーに、ジュンコ、急に弱気になっているのよ。やるしかないじゃん。やるしか』
タンヌの声援に純子は頷いた。
(うん。タンヌもいるし、ヘリシェファだって頼りになるし。なんていってもこのヘカちゃんが、……ヘカちゃん?)
「ちょ、ちょっと、ヘカテミス!」
思わず純子は声を張り上げた。ぐったりと純子にもたれているヘカテミスはこっくりと居眠りを始めていた。純子の叫び声に薄目を開けるが、すぐに眠ってしまう。
(あ……)純子は思い出していた。王宮での戦いの後、ヘカテミスが意識をなくしたことを。
(力を使い切ったって言ってたよね。今回もそうなんだ。あれだけ力を使ったんだから)
でも前と違うのはなかなか目を覚まさないこと。ヘカテミスはぐっすりと眠りこけている。
『へ、ヘカちゃんが使えないなら、戦力が大幅に低下だよお!』
タンヌの叫びを聞きながら、ヘカテミスをこちらで抱こうという女官の誘いを純子は断った。胸の膨らみにヘカテミスの顔を埋めてあげる。
(こんなことしか、してあげられないけど、ヘカちゃん、早く目を覚まして元気になって。無事にいけばいいけど、きっとあなたの力が必要になるときがくるから)
そんな純子の思いを載せて、馬車はどんどん王宮に近づいていた。
純子の白馬の騎士はどこにいるんでしょうかねえ。
ウレアハルの恋愛はどうなるんでしょうか。
ヘリシェファは逃げ切れるのか。(笑
なんか、滅茶苦茶の予感もありますが、次話へ。
おお、30話越したんだ。すげー(爆笑




