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28.嘆きの、ヘカテミス。

 誰しも何かしら、いろいろとあってそれを片付けたり、無視したりして生きていくのだけれど、それを書き綴っていくというのも、しんどかったりしてね。おもしろくもあるんだけど。

 というわけで、今夜も頑張れ、純子!

 久しぶりにベッドというところで起きた朝は快適だった。一瞬、元の世界に戻ったのかなと思った純子だったのだが、横で寝ているヘカテミスを見て、現実に引き戻される。

『ふぁああ、ジュンコ。おはよ。現実は甘くないよね』

(うん、だけど何とかやっていけるかもって思うようになってきた)

 純子が寝ながら考えた作戦。それは女神の力を借りることが出来ないか、というものだった。

(だって、あの剣断ですら抵抗できないほどの力があるんだから、なんとか女神の力をこっちのものにすれば、千人力……いえ、百万馬力ってやつよ。そのためには筆頭神官にうまく交渉しないとね)

 そう思いながら朝食を取る。塩気の多い固い肉。ちょっと酸っぱい野菜に、酸っぱ目の飲み物。

「うまい、これはうまいぞ」

 追捕師は声を上げてぱくついている。相変わらず、女官達の人気は高いようだ。彼の前のお皿には次々と料理が入れられていく。

「全部、酸っぱいよね。酸っぱいの嫌いじゃないからいいけど……」

「たぶん、保存が利くようにしてあるんだろう」シニンは純子の疑問に答えてくれる。

 食べ終えた純子はヘカテミスの様子に気がついた。木皿の上には手が付けられていない料理が残されている。

「どうしたの、ヘカちゃん。食べないの?」

 顔を上げるヘカテミスの元気がない。

「叔母――筆頭神官に会わなければならないと思うとどうしても……」

 立ち上がったヘカテミスは純子の手を引っ張って、通路に出る。そして純子にしがみついてきた。

「タンヌ、お願いだから、あたしと一緒に……どこかへ逃げて」

「はあ?」

(駆け落ちでもあるまいに)一瞬、何の冗談かと思った純子。しかし、ヘカテミスの目は涙でいっぱいになっていた。


 純子はしゃがみ込むと、ヘカテミスをそっと抱きしめた。ヘカテミスは顔を純子の肩に埋めて、嗚咽を漏らしている。

「ね、ヘカちゃん。教えて。どうしてそんなこと、思うの?」

 純子の質問にヘカテミスは顔を上げた。

「首席神官……叔母様はあたしにひどくあたるんです。あたしは一生懸命に女神様のお言葉を聞いてお伝えしているのに、叔母様は信じてくれないんです。ウソをついてるとか、デタラメとかばかりおっしゃるし……。それにあたしが悪い子なのは、お母様のせいだっておっしゃってるって女官が聞いたって……。お母様を悪く言うなんて、あたし、我慢できないんです」

『自分の姉でしょ、それを悪く言うなんて』

 タンヌが呆気にとられた顔。

「あたし、本当はお母様の後を継いで、神官にならなくちゃいけないんです。だけど、お母様は早くにお亡くなりになったから、叔母様がくることになって……。だから叔母様にもご迷惑がかからないように頑張っているつもりなのに。褒められるどころか、酷いことしか言われないし。

 こんなだったら、神官になんてならなくてもいい。タンヌみたいにどこかで自由に、伸び伸びと生きたい!」

「ヘカちゃん……」

『確かに好きなように楽に生きてるけどね。でも、それなりに苦労もしてるし、買いかぶってるよ』

 タンヌが呟いた。

『でもなんか、ヘカちゃんてジュンコの過去に似てるね』

(うん、あたしもそう思ってた)

「ヘカちゃん……」

「ヘカテミス様! お待ちください」

 たくさんの声が響いてきた。純子とヘカテミスが顔を向けると、そこには女官達がいた。


 ヘカテミスの前に跪く女官達。半円を描いたかのような人の群れが出来る。

「ヘカテミス様。どうか神官をお止めになるなどとは二度と申さないでください」

 女官の一人が声を上げた。

「私たちは知っております。ご両親を無くされたヘカテミス様が、夜な夜な一人で泣いておられた事。それでも女神様のお告げや、王宮の使いへの対応など、威厳を保たれて勤められた事。女神様のお告げを受け取るために、御神酒を無理なさって飲み続けたことも」

「幼い身体に鞭打っておられるのは、この国、この神殿を護るためのものであること。そして、それができるのは、先代の神官様の血を継いでおられる、ヘカテミス様だけなのです」

「ヘカテミス様こそ、筆頭神官になられるお方。どうか、お止めになるなどと言われること無きようお願い申し上げます」

 女官達は口々に言った。ある者は涙も流している。

「我らがこうしてお仕えしているのは、ヘカテミス様がいつか筆頭神官になられ、女王様とともにこの国を立派に支えられることを期待しているからに他なりませぬ。それならばこそ、我らのがんばり甲斐があるというものです」

「どうか、どうか我らの意をお汲みくださいませ」

 ヘカテミスも涙を流していた。がそれは微笑みの涙。そして純子の方を振り返った。

「タンヌ、さっきの言葉は無しにしてください。あたしもこの女官たちを見捨てられません」

 女官たちの歓声が上がった。

(あたしにもこんな人たちがいたらよかったのにな)そう思いながら純子は頷いた。とちょっと気になる。

「ね、ヘカちゃん。ちょっと教えてくれる?」

「はい、何でしょうか?」

「どうしてあたしなんかに相談したの? ここにはあなたに馴染みの女官さんもいるでしょうに」

「女神様はおっしゃったのです。王宮で捕まっている少女を助けて連れてこいと。その娘は何か力を持っていると。だから生きなければならぬ、生かさなければならぬ、と。

 女神様がこれほどおっしゃるのですから、きっと何か手助けをして下さるのではないかと思って」

 純子は心の中でヘカテミスの言葉を反芻した。

(……わからん)

『うーん、ジュンコが何か持ってるのかねえ?』

(あたしなのか? サンチュが鍵だと思ったのに、女神はあたしだというのか? そりゃ確かにここの人ではないんだけど、だからといって何ができる? 全然わからんわあ)

 純子は肩をすくめた。

『無駄なことは考えないほうがいいよ。それより朝ご飯、まだ途中だよ!』

(まったく、タンヌは食い気いっぱいだね)

 テーブルに戻った純子が見たもの。それはこの騒ぎにもかかわらず、黙々と朝食を食べ続けている追捕師の姿だった。


「うん、よく食べた。ほんとうに旨かったよ」

 ヘリシェファは食器を片付ける女官に笑いかけた。女官も微笑みで返事をする。

「いやあ、ここは美人が多いですなあ。はははは」

「ねえ、ヘリシェファ。教えて。あの王宮の牢屋のことなんだけど」

「うん? お前達が入っていたところか?」

「あそこ、あたしたち以外に誰かいた? あたし達の母さんのこととか知らない?」

 純子の質問にサンチュも、シニンも耳を立てた。

「いや、最近牢屋に誰か入ったという話は聞いていない。お前達の母親が消えたとか言うのは数日前のことだろう? そんな頃にはあそこには誰もいなかったはずじゃ。お前達の母親の話というのも聞いたことは無いぞ」

 追捕師の答えにガッカリはしながらも純子は頷いた。一応、予想どおりではあったから。

「いったいどこへ行っちゃったんだろうなあ。母さんに会って聞きたいこと、いっぱいあるのに」

 そう嘆く純子にヘリシェファが励ましてくれる。

「いや、そう焦るな。どこでどんな縁があるかわからぬ。我慢も必要かも知れぬ。だが辛抱していれば、きっと願いがかなうときがくるはずじゃて」


 追捕師の言葉が己に降りかかってくるのは、いつの日か。

いよいよ、姪っ子と叔母の対決迫る。

こういうのが、人間ドラマか?(笑

では。

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