27.お風呂で、考え事。
はじめてのんびりした回になりそうです。
よかったね、純子。
でも、危機は足元に忍び寄っているかも。
油断するなよ、純子。
女官が声をかけてきたとき、純子は高揚した気分だった。
(お風呂だ、待望のお風呂だ)
『ジュンコはそんなにお風呂好きだったんだ』
(いいじゃん、お風呂。だーい好きだよ。気持ちいいもん)
そして通路を走りきり、扉の向こうで見たお風呂。それは広く、もうもうと湯気の立ち込めた一面の湯船。
「で、でけー」
もどかしげに衣服を脱ぐと、湯船に突入――のはずだった。がジャンプして飛び込んだとたん、両足に衝撃。
「い、痛――、なにこれ。浅いよ!」
立ってみれば、水深は膝までもない。
(これじゃあ温水の子供用プールじゃない)
「あ、あの、あたしが欲しいのは肩まで浸かることのできるお風呂なんですけど……」
後からやってきた女官にそう言う純子。でもこの神殿のお風呂はこれなんだそうな。
(まあ子供でも入れるし、これなら水死事故なんてなさそうだし)
しかたなく身体を浸ける。まるで仰向けに寝るような感じ。
(うう、ちょっと違うけど……でもこれもお風呂かあ)
それでもお風呂だった。温かなお湯は純子の身体と心をゆっくりとほぐしていった。
(こんなゆったりした時間は初めてのような気がする。そうだ、ちょっと整理してみよう)
ヘカテミスが湯船の中をそれこそプールのように泳いでいるのを見ながら、純子は考えた。
(ここはやっぱりおかしい。電気やお風呂……お湯がある。もしかすると、もっといろいろあるのかもしれない。さらに変なのは、みんな動かし方しか知らないみたい。どうやって動いているのとか、理由が全部「女神様」なんだもん。そんなの、理由じゃないし。このお湯だって……)
「ねえ、ヘカちゃん。このお湯、どこからくるの?」
ヘカテミスはきょとんとした顔。そばの女官に聞いている。
「わかんない。どっか下のほうからくるんだって」
(やっぱりね……。自分達で作ってるわけでも、そういう機械を作ったわけでもないんだ。自分達で発明するってことではシニンがやってたことぐらい、つまり蒸気の力が精一杯の文明で、電気だの照明だのあるのがおかしいんだ)
純子はお風呂の上の照明を見つめた。全体が光っている。
(蛍光灯じゃなくて、LSD……ちゃう、LEDだっけ。そんな感じよね。蛍光灯は換えたりしなきゃいけないから、やっぱLEDか)
これは訊かなかった。返事があるとは思えなかったから。
(でも街は松明に剣と槍と馬だったもんなあ。そんな人たちから見れば、ここは魔法使いの館……そうか、だから神様の領域、神殿なんだ。あれ?)
純子は神官に尋ねてみた。
「ごめんなさい。ここが神殿というのはわかったんですけど、風笛というのは何でしょうか?」
純子の質問に女官は丁寧に教えてくれた。
「ここに降りてくる前に祠でお祈りをしたと思います。あの祠が一般にお参りする場所なのですが、風が強くて、時には笛を奏でるような音がするのです。女神様が奏でる笛の音といわれているのです。それを聞く事があれば、幸運に恵まれるという言い伝えがあって、風笛といわれております」
「わかりました」
(聞けばロマンティクじゃん。あたしも笛の音聞いてみたいな)
『ジュンコの場合は悪運かもよ』
タンヌの言葉はスルーして、再び純子は考え込んだ。
(街って言えば、母さん見つからなかったよね。あの牢屋にいるのかと思ってたんだけど)
『おお、忘れてた! 後で追捕師に聞いてみようよ』
「仕方ないわよ。生きるか死ぬかの瀬戸際だったんだから」純子は呟いた。
植物の種のようなものを入れた袋が石鹸代わりだった。一生懸命にもむとあわ立ってくる。それを肌にこすりつけるとツルツルする。
「あたしもやるー」
ヘカテミスが純子にくっついてきた。その小さな両手いっぱいに泡をつけて純子にこすり付けている。
「あ、あはは、くすぐったいよ。ヘカちゃん」
純子の声に気を良くしたのか、ヘカテミスはさらに純子の身体を触りまくる。
わき腹、わきの下。足の裏はおろか、胸や太腿の付け根にまで。
「ちょ、ちょっと止め。それ以上はだめ! こら、ヘカちゃん、助けて!」
慌てて純子はお湯の中に逃げ込んだ。
『んもう、気持ちよかったのになー』タンヌは不満顔。
(あれ以上やられたら変な気分になっちゃうわよ)
そういいながら、純子は自分の身体――タンヌの身体を見つめた。大きな胸の膨らみ。その赤い尖端。お湯をはじく肌。スベスベの太腿。
(少なくともいい身体は確かよね。綺麗な肌だし。うらやましいなあ)
褒められたタンヌはテレ顔。
『それほどでもないわよー。ま、日ごろの行いよねー』
(はいはい)顔までお湯に浸けた純子がまた考え始めた。
(道で襲ってきた連中、そしてセランと同じような姿だったということは、目的は同じって考えていいのかな。やっぱり剣断の差し金かあ。でも目的はあたしじゃないって言ってたっけ。じゃなんだろう? セランのときに一緒にいたの、その前の食事の毒とか一緒に食べそうなのって、それから家のときにあたしと一緒にいた……サンチュ?)
思わず足が滑って、お湯の中に頭までもぐりこんだ。慌てて水面に顔を出す。それぐらい、自分の出した推測に純子は驚いていた。
「そんなはずない。だってサンチュが……狙われる理由がない。どうしてサンチュなんだろ?」
口に出してみても答えはわからない。
「サンチュが襲われるの? タンヌと違って胸ないよ」
ヘカテミスの言葉に思わず笑みが出る。
「ううん、違うと思う。あたしが勝手に考えただけ。間違ってるよ、きっと」
そう口にした後で、ふと純子は気がついた。
(ねえ、タンヌ。サンチュの父親って知ってるの?)
『知ーらない。あたしが覚えているのはサンチュのオムツを替えてたことぐらい』
ふと純子の頭にイメージが浮かんだ。泣いてるサンチュをおんぶしたり、オムツを替えたりして一生懸命のタンヌの姿。そのイメージに思わず笑いがこみ上げる。
「何、タンヌ。何を笑ってるの?」
『ジュンコ、あたしのことで笑ってるんでしょー』
ヘカテミスとタンヌが同時に言ってきた。
「なんでもない、なんでもありませんよー」
(サンチュの過去を知っているのはタンヌの母さんぐらい。だからここから街に帰ったら、なんとしても母さんを探し出して、サンチュのことを聞かなきゃ。サンチュ自身はきっと何も知らないだろうから。もし何か知っていたら、あんな天真爛漫に振舞えるもんじゃないし)
ようやく純子は何を目標にするのかを自分で見つける事ができたようだ。
(でも、その前にこの女神様という奴がくるのかなあ。明日は筆頭神官様とご面会なわけだし、また変な奴だといやだなあ。クリティアよりさわやかでいい男だといいけど……男? 違う、違う。叔母様って言ったよね。女だ。うー)
純子は、いやな予感を持ったことを思い出していた。
(女神様じゃなくて、神官に会うのがいやな予感なのかも……)
それが外れてくれることを純子は願った。
次回は女の戦い?
ヘカテミスVS筆頭神官の巻。なんちゃって。
では。




